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どう変わる?ニューノーマル時代の働き方(前編)

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エリザベス女王をも動かした、テレワークの加速化

2020年6月11日。新型コロナウイルス感染者数約31万人と世界でも最も深刻なコロナ禍に見舞われたイギリスから、新型コロナウイルス感染拡大後の社会における「ニューノーマル」を象徴するようなニュースが伝えられました。

御年94歳になるイギリスのエリザベス女王が、ビデオ会議システム「Zoom(ズーム)」を使って介護従事者達と懇談する様子を、イギリス王室が公式インスタグラムで公開したのです。伝統をしっかりと受け継ぎつつ、一方で、100歳が視野に入る年齢になってなお一線で働き、初めてZoomで公務もこなしてしまう。新しいことに軽やかに挑戦する女王の姿に感銘を受けた人達から、イギリス王室のインスタグラムには驚きや称賛のコメントが寄せられているとのことです。

ただ、いくらエリザベス女王が新しいものをこだわりなく取り入れる方だとはいえ、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大という予想外の事態に直面しなければ、テレワーク導入はここまで早く実現しなかったでしょう。

同じことは、日本の企業やビジネスパーソンにも当てはまります。「働き方改革元年」と言われた2019年から1年あまりの時間が経過していた今年初めの時点では、多くの企業が依然、新しい働き方を手探りで模索している段階でした。首都圏で働く人々は、相変わらず満員電車でオフィスに出勤していたのではないでしょうか。

ところが、新型コロナウイルスの襲来により、その風景は一変します。「密を避ける」「ソーシャルディスタンス」という新型コロナウイルスの対策により、オフィスワーカーの多くは新しい働き方を構成する重要な要素の1つであるテレワークを一度は経験することになります。言い換えると、私達は新型コロナウイルスによって、ニューノーマルのスタートラインに立ったのです。

働き方改革の追い風となる「ニューノーマル」とは?

さてここで、ニューノーマルという言葉の意味をおさらいしてみます。この言葉を広めたのは、パシフィック・インベストメント・マネジメント(PIMCO)代表で、後にオバマ米大統領のグローバル開発諮問会議議長も務めたモハメド・エラリアン氏だと言われています。同氏は、2008年のリーマンショックを経験した世界を、「高い成長を誇ったかつての世界を再び取り戻すことはない。低成長が常態化するニューノーマルの時代になる」と主張。その後、経済が減速化した中国でも「新常態」という言葉を使い始めます。ここまでは経済を軸にした言葉で、「経済成長を前提にしない社会のあり方」という意味合いでした。

それが2020年、人と人との距離感、働き方、家族のあり方等、社会のあらゆる方面の物事を変えてしまった新型コロナウイルスの世界的感染拡大により、ニューノーマルという言葉には、「新型コロナウイルス以前とは異なる日常や社会のあり方」という意味が加わることになります。

世界中で働き方をテレワークにシフト、Twitterは恒久的に在宅勤務へ

ビジネスの世界でも既に、新型コロナウイルス後の社会における新しい働き方や、その実現に向けた組織における取り組みが始まっています。そしてそこでは、ニューノーマルの世界において、企業と人の双方を幸せにするための働き方のポイントや課題が早くも浮き彫りになりつつあるのです。

世界に先駆けて新型コロナウイルスの流行が始まった中国では、都市の封鎖や都市内部の移動が2020年1月下旬から政府によって厳しく制限されました。その結果、テレワークの導入も、世界に先駆けて実施することになりました。

どのぐらいの勢いで進んだのかを示すデータもあります。中国では、テレワークを実施している人口が2018年時点で1年間に490万人に過ぎませんでした。それが、ある中国企業が提供するテレワークのアプリケーションをダウンロードしたユーザの件数が、今年1月下旬〜4月上旬の2カ月半あまりで1200万件以上に上ったというのです。これは中国全体の通年の件数ではなく、1社の約2カ月の実績で、新型コロナウイルスが出現する以前の同期間に比べ5倍増したとのことです。さらにこのアプリを使って開かれたリモート会議の時間はトータルで約4.9億時間に上り、新型コロナウイルス以前の26倍に増えています。(注1)

新型コロナウイルスの感染者数、死者数とも世界で最も多くなってしまったアメリカはどうでしょう。経済協力開発機構(OECD)の統計では、2018年の時点で在宅勤務の導入率(部分導入含む)が既に8割超でしたが、新型コロナウイルスを契機に企業主導で在宅勤務の定着が進んでいます。

例えばTwitterは2020年5月、全従業員約5000人の恒久的な在宅勤務を認めました。また、IBMでは2020年4月、米国の2万5000人を対象に実施した調査で、在宅勤務を含むテレワークを基本的な働き方として希望する割合が54%に上っています(注2)。さらに、米ブルッキングス研究所子どもと家族センター(Brookings Institution Center on Children and Families)は今年4月6日に発表した「テレワークはパンデミック後も長期にわたって続く」と題する報告書で、米国人労働者の約半数が直近で在宅勤務しており、これは、2017〜18年にかけての倍以上だと指摘しています。(注3)

(注1)『上海熱線』2020年6月21日付

(注2)『日本経済新聞』2020年6月12日付

(注3)Brookings Institution Center on Children and Families「Telecommuting will likely continue long after the pandemic」Katherine Guyot and Isabel V. SawhillMonday, April 6, 2020

東京23区では55%以上がテレワーク経験

働き方の変化はもちろん日本でも起きています。例えば内閣府が2020年5月25日〜6月5日にかけて1万人を対象にオンラインで実施した調査では、テレワークを経験した割合は全国で34.6%、東京23区で55.5%に上っています(注4)。また日本生産性本部が20歳以上の雇用者1100人を対象に2020年5月11〜13日に行った調査では、回答者の6割が新型コロナウイルス前後に働き方に変化が起きたとする等、働き方の変化を示すデータを挙げ出せば枚挙に暇がないほどです。(注5)

ここまで、新型コロナウイルスの感染拡大後をきっかけとして、世界範囲でテレワークが拡大している事実について見てきました。ただ、「テレワーク」は企業と人の双方をたちまち幸せにしてくれる魔法の言葉ではありません。それどころか、形だけ導入したために、「仕事の効率が下がった」と、かえって迷宮に迷い込んでしまったかのような人も多くいます。そこで後編では、テレワーク導入で先進企業と目される6社が現場で直面した課題と、解決に向けた工夫を紹介します。その上で、「テレワークを進める上でこれだけ押さえておけば安心」な10のポイントを、先進企業の実例から抽出して説明します。

(注4)『日本経済新聞』2020年6月21日付

(注5)日本生産性本部「第1回 働く人の意識調査」2020年5月22日

著者情報
木村 知史

日経BP 総合研究所 上席研究員

1990年日経BP社入社。「日経メカニカル」編集記者として、主に先端の加工技術および生産管理システムの分野を取材・執筆。その後、CAD/CAMやSCM等製造業におけるコンピュータ技術の活用誌「日経デジタル・エンジニアリング」の創刊に参画。2008年Webサイト「Tech-On!(現日経xTECH)」編集長。2012年「日経ビジネス」編成長、2014年「日経ビジネスDigital(現日経ビジネス電子版)」編集長。2019年「日経ビジネス電子版」を企画・立ち上げ。2019年4月より現職。大手企業のコンテンツコンサルティングや「Beyond Health」等のメディアのコンテンツ企画を担当。

山田 泰司

ノンフィクションライター

1965年生まれ。1988年中国山西大学留学、89年北京大学留学。東洋大学中国哲学文学科中退。1992~2000年香港で邦字紙記者。2001年中国国有雑誌の編集者を皮切りに上海を拠点に活動。IT企業のエンジニアから出稼ぎ労働者まで、中国人の仕事と生き方を中心に取材を続けている。NHKラジオの中国レポートは今年で23年目。2010年からは、電子機器・半導体・ディスプレイ情報の会員制メディア「EMSOne」の編集長も兼任。単著に『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』(日経BP)、『不存在的3億人』(台湾聯経出版)。調査レポートに『中国スマート工場総覧』(日経BP、木村知史との共著)