• ホーム
  • 医療
  • 創薬研究の第一人者が語るスパコン「富岳」の圧倒的な性能

創薬研究の第一人者が語るスパコン「富岳」の圧倒的な性能

メインビジュアル : 創薬研究の第一人者が語るスパコン「富岳」の圧倒的な性能

目次


新型コロナウイルス対策を目的とした「富岳」の利用

世界規模での感染が続いている新型コロナウイルス感染症。その有効な対策を打ち出すため、国立研究開発法人理化学研究所(理研)は2020年4月、文部科学省と連携して、富士通と共同開発したスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」の利用を開始しました。

「富岳」の計算パワーを有効な新薬の開発や対策の研究開発に活用し、技術的サポートを実施しようという試みです。2020年4月には、4つの研究開発に対する優先的な利用が決定しました。実際にどのように活用されているのか、今回は、新型コロナウイルス治療薬候補同定のプロジェクトにおいて、「富岳」によるシミュレーションを実施した、京都大学の奥野恭史教授にお話を伺いました。

写真 : 京都大学大学院学研究科 人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野 教授 奥野 恭史 氏

京都大学大学院医学研究科
人間健康科学系専攻 ビッグデータ医科学分野 教授
奥野 恭史 氏

切迫した医療現場に早く貢献したい

ーー 新型コロナウイルスの治療薬の件で「富岳」を活用する話がきた時、率直にどうお感じになりましたか。

「富岳」は当初2021年度から運用予定でしたので、実利用にはもう少し時間があると思っていました。しかし、世界中で感染が拡大する状況の中、身近で起きている医療現場の切迫した緊張感は伝わってきていました。「どういう形でもいいから貢献したい」という思いが強く、チャレンジする気持ちで引き受けました。

「富岳」の前世代機である「京(けい)」を以前から利用していたものの、両者の仕様は全く異なっています。当初は「どこまで使えるのだろうか」とすごく困惑しました。準備が十分ではなかったものの、事態は一刻を争うため、それこそ不眠不休を覚悟して取り組みました。

分子レベルのシミュレーションに「富岳」を活用

ーー 「富岳」を使って具体的にはどのような研究をされているのでしょうか。

新型コロナウイルスには、増殖を促す働きをするタンパク質が幾つか存在します。私達は、そのタンパク質に結合して、ウイルスが増殖しないようにする薬剤の候補を探しています。今回は、4種類のタンパク質に着眼し、それらと約2000種類の既存医薬品がどう作用するか、分子の動きを「富岳」でシミュレーションし、治療薬として効果が期待できそうなものを見つけ出そうとしています。

図 : 「富岳」による新型コロナウイルスの治療薬候補同定(提供:理化学研究所)

「富岳」による新型コロナウイルスの治療薬候補同定(提供:理化学研究所)

「京」の場合、現実的には数種類でしたが、「富岳」ではレベルが3桁も上がって約2000種類の薬剤を短期間で評価できるという、想像をはるかに超えた計算パワーをリアルに感じ、圧倒されました。

現在、プログラムのチューンアップを行いながら、先ほど説明した「4×2000」の組み合わせで、分子レベルのシミュレーションを進めています。現時点でタンパク質1種類に対して8割ぐらいの計算を完了し、計算結果の処理を前倒しで進めていますが、実際にはこのあと実験で確認する必要もあります。

実際に使ってみた「富岳」の使用感は?

ーー 実際、「富岳」を使ってみてどのような印象を持たれていますか?

パソコンを普通の乗用車に例えると、スーパーコンピュータはF1マシンと言われます。通常、違うパソコンを与えられたら、自分仕様にカスタマイズして慣れていきますが、今回の「富岳」利用については、当初は2021年からだと思っていましたので、急にたった1週間ぐらいの準備期間で「F1マシンに乗りなさい」と言われているような状況でした。

それでも「富岳」は、汎用性を重視して開発されただけあって、様々なソフトウェアが動き、非常に使いやすいため、これだけの短期間で動かすことができたと思います。実際の作業は、自宅のパソコンで行っています。リモートで使えるような利便性は「京」でも作っていただいていたので、大変助かっています。

処理性能が「京」の100倍になると見えてくるものが変わる

ーー これまでにも「京」を利用して創薬研究に取り組まれてきました。「富岳」の処理性能は「京」の約100倍と言われていますが、その違いを感じますか?

計算能力が100倍の「富岳」では、見えてくるものが変わるのは間違いないですね。これまでにも、タンパク質と薬剤が結合して結晶化した状態は、スナップショットで確認できていました。しかし、それはある瞬間だけを切り取った状態です。実際には、私達が確認できていない、別の場所に結合している可能性もあります。

分子レベルのシミュレーションでは、タンパク質と薬剤が結合する過程を再現できます。この動的な作用については「京」でもある程度確認できましたが、「富岳」ではより詳細に見える可能性があります。

図 : コロナウイルスを増殖させるタンパク質。黄色の部分が、これまでの研究で薬剤の化合物が結合すると報告されている場所。その周りを飛んでいる羽のようなものが薬剤の化合物。薬剤の化合物が、タンパク質のある場所で留まると、そこで結合し、ウイルスの増殖を抑えることができる。

図 : これまで報告されていた場所と別の場所に化合物が留まっていると思われる様子。「富岳」はこのシミュレーションを4種類の薬剤の化合物で同時に行うことができる。

人間の体内には、約10万種類のタンパク質が存在すると言われています。それらがどういう動きをしているのか、動画で確認できるようになれば、そのデータを基に実験等で検証することで、新たに解明されることも増えてくると考えられます。

「点」から「線」へ

ーー 動画によってタンパク質と薬剤が結合する様子が確認できることは、今後どのようなメリットをもたらすとお考えですか?

「富岳」のスケールから見たら、「京」は「点」を観察するに過ぎなかったのかなと思います。「富岳」では「点」から「線」として繋いで確認できようになる可能性があります。

分子レベルのシミュレーションにおける計算時間のコマはフェムト秒(フェムトは10のマイナス15乗)で表されますが、数十ナノ秒(ナノは10のマイナス9乗)の現象を再現するだけでも数千万回の計算が必要となります。

「富岳」の計算能力によって、タンパク質と薬剤が結合する様子を「線」で再現できるようになり、これまで確認できなかった結合の頻度等を把握することが可能になってきているのです。長い時間結合している頻度が高ければ、薬剤の有効性を見つける手がかりになる可能性があり、注目しています。

世界で通用する日本の技術を未来へ繋ぐ

ーー 「富岳」は2020年6月にスーパーコンピュータの性能ランキングで世界一を獲得しました。

政府による事業仕分け等もあり、日本のスパコン開発に暗雲が立ち込めた時期もありました。しかし、現在ではITを活用して社会的な問題を解決するというのが世界中のトレンドになっています。

特に今回のようなコロナ禍では、その問題解決にITは欠かせないものになっています。その要とも言えるスパコンの開発プロジェクトが継続され、現在の「富岳」まで繋がったのは、非常に意義深いことだと思います。

私は大学の教育現場にいますが、若い人材に何を残してあげられるかを考えることがあります。一旦、技術を手放してしまった後に、それをまた世界と競争できるレベルに取り戻すのに一体何年かかるのか。それを考えると、性能を競い合う世界にいることは、それだけで意味を持つと思っています。

特にスパコンはITの基盤になるので、常に投資を継続していくことが重要だと思います。それを止めてしまうと、これからの未来を担う若い人材の活躍する場所がなくなってしまうとも感じています。

使い勝手の良さを重視した「富岳」に期待

ーー 「富岳」は“富士山”の異名で、富士山の高さが性能の高さを表し、また裾野の広がりがユーザの拡がりを意味していると言われています。そういうことは実感されますか。

実際に「京」と比べると格段に使いやすくなっていると思います。スパコンの利用は敷居が高く感じますが、「富岳」では実用性・汎用性が重視されています。非常に画期的だと思います。汎用性を持たせたコンセプトで開発し、そのまま製品化にも繋げていくことができる「富岳」は、スーパーコンピュータにおける新しい戦略だと感じますね。

これまでのスパコンでは、計算スピードを競うことを主眼に置かれていたと思います。そのため、私達の日常生活とはちょっと程遠い世界にある存在だったと思います。一方、「富岳」は私達の生活に密着できるように設計・開発されつつ、さらに技術力を高めることを目指しています。これは本当に面白いコンセプトで開発されたスパコンだと思います。「富岳」のさらなる進化に期待しています。

ーー 本日は、貴重なお話をありがとうございました。