コロナに挑む、スパコン「富岳」の6次元接続技術はいかにして生まれたのか(後編)

【未来を創るチカラ Vol.15】プラットフォーム開発本部システム開発統括部 PRI. アーキテクト 安島 雄一郎

メインビジュアル : コロナに挑む、スパコン「富岳」の6次元接続技術はいかにして生まれたのか(後編)

前編からの続き)
「京」の設計資産を受け継ぎ、さらに進化したスーパーコンピュータ「富岳(ふがく)」は、2020年5月から新型コロナウイルス感染症対策研究のために先行運用が始まりました。大きな問題が解けることと、特定の人だけに限らず色々な人が使えることの両立を目指し、実現した「京」、そして「富岳」。6次元接続という技術を発明して、この二代のスーパーコンピュータを世に送り出した開発者は、その時どのように高い壁を乗り越え、いま何を思うのか。「富岳」に期待される実力は?前編に引き続き、安島雄一郎に聞きます。

目次


「6次元接続技術」に決まるなんて、思っていなかった

安島 当時の私は30代前半の若手で、ただ自分のベストを尽くしていただけでした。6次元接続技術をつくり出せたのは、環境や上司、同僚に恵まれて、「京」開発プロジェクトが成功したことが最大の要因だと思います。プロジェクトの当初では最終的に6次元接続技術になるとは全く予想していなかったです。概念設計の最後で富士通が開発するに相応しい仕様に引き上げてもらえたことも、幸運だったと思います。

課題や解決策を見落としたくない。だから視点を多くする

安島 概念設計では沢山の偉い人の前に引き出され、色々な意見や要望をぶつけられて迷走して、相当苦しかったこともありましたが、技術で受け切って逃げなかった点は良かったと思っています。技術的に絶対不可能だと思えたことも持ち帰ってみて、いやもしかしたらなんとかできるかなと思って頭をひねる…そういうことを繰り返していましたね。そこで潰れなかったのがよかったなという感じです。

アイディアを出す瞬間は1人だけれど、アイディアが生まれるのは、なんとかしなきゃいけない課題があるから。でも課題って自分で見つけるのはすごく難しいですよね。だからなるべく視点を多くして、課題や解決策を見落としたくないと思っていました。そのために多くの人、特に自分からはあまり話をしない人の話を聞くことを大事にしていました。黙って考え込んで様子を見ているような人に話を聞くと、自分の担当じゃない所まで察知していたり、結構気づかない視点を持っていたりすることが多いので。

「技術的責任」なら頑張れる。言葉が背中を押してくれた

安島 チームとしては自主性を大事にしていました。事業部の開発本部で追永統括部長からは、よく「それは趣味の問題だ」と言われました。一番大事な部分は押さえて、これだけ満たしてくれたら、あとはお前の趣味で決めていい。でも「技術的責任は取れ」と言うんです。製品とか売り上げの責任じゃない。そういうビジネスとしての責任は俺が取るけれど、技術としておかしなことはするな、と。それなら開発の人間としては、頑張れば大丈夫じゃないですか。

担当者の裁量に任せられれば、品質も上がるし、自分の担当に隣接している所に対しても、自分のやっていることがちゃんと整合しているか気にすると思うんですよね。「責任」という言葉に「技術的」ってつけると、ああやりやすくなるんだな、事業部で皆が一緒の目標を持ってものづくりをしている人は、なるほどこういう風にやるのかと学びました。信じてもらって、技術的に間違ったことはしていないと思ってもらえたおかげで、もういいやと手を離したりせず最後までいけたのかなと思っています。

「京」からバトンを受けた、「富岳」の実力は?

安島 「富岳」は、2014年から基本設計が始まって2019年に完成。2020年5月に搬入が完了しました。「京」の設計資産を活かして開発していますが、大きな違いは、メモリとプロセッサが別の部品だったのが、異種統合パッケージ技術によって1つの部品に一体化したこと。電気で繋いでいたものが、光で繋ぐようになったこと。故障に対して強く、耐えるだけでなく回復もする「フォルトリカバリー」という機能を入れました。より高密度に、全体の大きさも4分の1になっています。私は最初の一押しをしたけれど、雪だるまのように、そこからは後の人達が育ててくれました。

写真 : 「富岳」の技術を活用した商用コンピュータPRIMEHPC FX1000のCPUメモリユニット

「富岳」の技術を活用した商用コンピュータPRIMEHPC FX1000のCPUメモリユニット

「富岳」の1筐体(ケース)の理論ピーク性能を「京」と比較すると、演算性能は「京」の80筐体、メモリ帯域は64筐体、インターコネクト帯域は8筐体に匹敵します。一般的には半導体の微細化によって演算性能は上がっても、メモリ帯域やインターコネクト帯域のような入出力帯域はあまり上がらないものですが、「富岳」はメモリ帯域が大幅に向上している所がすごいと思います。メモリ帯域の向上には、異種統合パッケージ技術が貢献しています。また消費電力性能も世界最高水準に。アプリケーション実行性能は最大100倍以上を発揮できるものになっています。

新型コロナウイルス感染症対策のために。社会課題解決のために

安島 「富岳」が活用されることによって、日本の科学技術研究に貢献してほしいです。新型コロナウイルス感染症対策課題に対しては、治療薬の開発、感染によって起こるパンデミックのシミュレーション等、厳選された5つの分野の研究開発に「富岳」が優先的に利用されています。「京」は引退してしまいましたが、「富岳」が部分稼働でも間に合ったことは素晴らしいことで、多くの成果が上がってほしいと願っています。

<新型コロナ対策のために2020年4月から「富岳」の活用が始まった5つの研究>
①新型コロナウイルス治療薬候補同定(課題代表者;理化学研究所/京都大学 奥野恭史氏)②新型コロナウイルス表面のタンパク質動的構造予測(理化学研究所 杉田有治氏)③パンデミック現象および対策のシミュレーション解析(理化学研究所 伊藤伸泰氏)④新型コロナウイルス関連タンパク質に対するフラグメント分子軌道計算(立教大学 望月祐志氏)⑤室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策(理化学研究所/神戸大学 坪倉誠氏)

今後、「富岳」で特に取り組むべきとされている課題については、「9つの重点課題」が発表されています。創薬・医療をはじめ、災害・地球環境・エネルギーの持続可能性といった現代社会が抱える課題の解決、新発想のものづくり、宇宙と生命の謎の解明、それらを助けるAIやロボット研究等。大勢の人達に使ってもらえるというのは、非常にありがたいことだと思っています。

スーパーコンピュータの火が消えない限り、これからも

安島 「京」と「富岳」が作られたのは、ちょうど冷却技術等大きなデータセンターを運用する技術が蓄積されてきた時期で、トレンドが合っていたと思います。センターであれば色々な人が使うので、時間的にも平均化されるし、いつも稼働して効率がいい。20年くらい前だと、コンピュータは皆パーソナルになるというような感じもあったと思うのですが、今はまたクラウドで、データセンターにデータがあって手元のマシンではできないような計算をセンターでやるという流れが来ていますね。

これからも、私は富士通の計算機ハードウェア技術を継続、発展させたいですね。若手の研究者とか企業の開発者等が集まって、今後どういう計算が必要になるという勉強会のようなものをやっているのですが、そこからどんな計算機を作るべきか議論しています。将来のスーパーコンピュータや、「富岳」の次の機械に繋がればと。今の6次元接続技術「Tofuインターコネクト」の特許は、2028年に切れるので、その頃にまた何か新しいアーキテクチャに挑戦する機会があるといいなと思っています。

普段の準備が、きっと窮地の自分を助けてくれる

安島 私は自分が自主的にイノベーションを起こしたというよりは、求められてやったような感じがしているのですが、2006年、2007年を振り返って考えると、色々な引き出しを持っていなかったら、たぶん耐えられなかったと思います。「できません」「これしかないので、これで行きます」と言ってしまっていた。でも「技術的に不可能」とは言いたくない。そもそも自分の視野が狭いのか、それとも技術そのもので成り立っていないのか、世の中を知っていないと、自分で判断できません。だからまず、準備が大事だと思っています。

イノベーションを起こしたい、何か新しいことにチャレンジしたいという方にメッセージを言うとしたら…自分の担当している所だけでなく、周辺を含めて色々な技術について勉強する、最先端を把握する。色々な技術に触れ、論文を読み、一次情報にアクセスして、そしてそれを作った人、考えた人の背景を考える等して、技術の世界の奥深さを楽しんでほしいと思います。

プロフィール
安島 雄一郎

富士通株式会社
プラットフォーム開発本部システム開発統括部
PRI. アーキテクト(インターコネクトアーキテクチャ担当)

1997年東京大学工学部電気工学科、2002年同大学大学院工学系研究科情報工学専攻博士課程修了、博士(工学)。
同年株式会社富士通研究所入社、2007年富士通の事業部門へ異動。スーパーコンピュータ「京」「富岳」のインターコネクトを開発。
平成24年市村産業賞 貢献賞、平成26年全国発明表彰 恩賜発明賞、平成29年文部科学大臣表彰 科学技術賞を受賞、令和2年春の褒章で「紫綬褒章」を受章。