新型コロナウイルスと闘う、医療・自治体の現場③ 長崎県、クルーズ船クラスターに英語版「健康観察チャット」で緊急対応

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新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るう中、2020年4月下旬、長崎市に停泊中のイタリア大手コスタクルーズ社の大型クルーズ客船3隻のうち、1隻で新型コロナウイルスのクラスターが発生。乗員623人中149人(2020年5月10日時点)が感染するという緊急事態となりました。乗員は日本人通訳1人のほかは外国籍。中国、インドネシア、フィリピン等約30カ国に及びます。

すでに多くの感染者がいる船内で、チャットボットを活用し乗員の健康観察を緻密に行い、更なる感染拡大を防いだ富士通の新型コロナウイルス感染症対策チームの取り組みを紹介します。

目次


国際的な緊急事態として、長崎大学 山藤医師より対応要請

4月22日10時、長崎大学熱帯医学研究所 山藤栄一郎医師より緊迫した様子で、富士通の「新型コロナウイルス感染症対策チーム」に連絡が入りました。山藤医師は、感染症対策の専門家であり、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部クラスター対策班の一員でもあり、長崎市の現場で感染症対策の陣頭指揮を執る人物です。

山藤医師から緊張した面持ちで、「長崎に停泊中のクルーズ船でクラスターが発生した。至急、感染症の健康観察の仕組みを用意して欲しい。停泊している船は3隻あり、全体では2,000人近い人がいる。そのうちの1隻では既に623人のうち、20人程度が感染している。もし残りの2隻にも感染者がいた場合、第二のダイヤモンド・プリンセス号のように感染拡大のリスクがある」

「船は修繕中であり、乗客はおらず船員ばかり。ほぼ全員外国人である。船内の医師は、船医が1名のみで、船員の健康状況が分からない。そのため外国語対応した健康観察チャットの仕組みが必要である。いつまでに用意できますか?」と切迫した問い合わせでした。

イタリア政府から日本政府に緊急支援要請が入ったほか、県の要請に基づき、国は専門家(国立感染研究所、厚労省クラスター対策班等)を長崎へ緊急派遣。対応を間違えると国際的な問題となる緊急事態の中、日本の威信をかけた感染症対策の取り組みが始まりました。

写真 : クラスターが発生したイタリアの大型クルーズ客船「コスタ・アトランチカ」

クラスターが発生したイタリアの大型クルーズ客船「コスタ・アトランチカ」

依頼から9時間後、クルーズ船専用「健康観察チャット」を構築

緊急要請を受けた富士通の新型コロナウイルス感染症対策チームは、急を要する状況であるため、断片的な情報の中から想像で仕様を定め開発に着手しました。システムのベースは既に宮城県他、国内の自治体・保健所90カ所で導入している「健康観察チャット」サービス。この仕組みは、富士通が提供するクラウドベースのサービス基盤「CHORDSHIP(コードシップ)」 を活用し構築しています。

乗員に外国籍が多いという状況を踏まえ、全て英語表記に改修。接触者IDを船員IDに、所在地を船内の船室番号に置き換えシステムをセットしました。

山藤医師から電話を受けた約9時間後の4月22日19時には、英語版のクルーズ船専用「健康観察チャット」の環境を長崎県に提供。山藤医師は、早速関係者にシステムによる感染状況の把握と感染防止の対策をとる調整に入りました。

図 : 英語版「健康観察チャット」の入力画面イメージ。濃厚接触者の方が、スマートフォンから日々の健康状態を報告し、医師が一覧形式で管理するため、乗員と医師双方にとって聞き取りの負荷軽減できます。

英語版「健康観察チャット」の入力画面イメージ。濃厚接触者の方が、スマートフォンから日々の健康状態を報告し、医師が一覧形式で管理するため、乗員と医師双方にとって聞き取りの負荷軽減できます。

現場は行政管轄下ではなく、民間外国船籍の”船内”であること。600名を超える乗員を下船させても管理する場所がなく、感染対象(レッドゾーン)の船との往来も容易にできない、という制約の中で、富士通は「健康観察チャット」の導入と改善のサポート対応をすることになりました。

また、船内にいた船医1名と看護スタッフで、623人の健康観察と医療判断を全て実施していたため大変な負担がかかっており、船医が感染した場合には、船内の医師がゼロになるというリスクも抱えていました。

4月23日、48人の感染者が診断され、1名が長崎市内に救急搬送されたというニュースで、長崎県内は騒然となりました。4月24日、更に43人の感染が確認され、合計91人となりました。その後、4月27日、28日には3人が救急搬送され、事態は切迫した状態が続きました。

クラスター発生船内623人の健康状態を、20回のマイナーチェンジで対応

富士通は、一旦提供したシステムの機能を、徐々に分かってきた船内の様子や船内の対策状況、船外からのサポート状況に合わせて毎日拡充していきました。更に、船医1名が、623人の健康状態を迅速かつ正確に把握する必要があるため、乗員自身のスマートフォンで自分の健康状態や検温状況を入力できるシステムを提供しました。

図 : 「健康観察チャット」の管理画面イメージ。乗員の方がスマートフォンから入力した情報をリアルタイムに収集し、クラスター対策に活用。

「健康観察チャット」の管理画面イメージ。乗員の方がスマートフォンから入力した情報をリアルタイムに収集し、クラスター対策に活用。

感染拡大防止と重症化判断基準を随時反映

閉じられた船内では、「感染拡大防止」と「重症化した場合の対応」が両面の対応が重要になります。山藤医師の見解から、基礎疾患や喫煙歴、肥満等があると重症化しやすいという、新型コロナウイルスの特徴を踏まえ、直接会うことができない船員の身体特徴や年代、持病等をデータからのみ判断。重症化リスクを早期に発見するための判断基準項目を追加しました。また、選択肢を分かりやすく少なくしないと入力離脱に繋がるため、入力状況のログを見ながら改修しました。

毎日2回データをスクリーニング、多種多様な切り口での判断を可能に

入力された情報は、山藤医師が毎日チェックを行い、スクリーニングする情報として船側に1日2回データ処理をした上で提供。早期にコミュニケーションが図れるように、体温変化があった人や自覚症状に変化があった人等、多種多様な切り口で判断ができるようにデータを抽出し、示せるようにしました。更に、山藤医師が素早くデータを抽出できるように管理画面の機能も要望にあわせて改修していきました。

スマートフォンの機種も時間設定もバラバラ

乗員は30ケ国以上の多国籍で構成されていたため、乗員のスマートフォンやOSも分からない状態でした。そこで、ブラウザベースで操作できる環境を提供。しかし各乗員のスマートフォンが出身国の時間に設定されていたため、日本時間午前9時前後での入力依頼をしたはずが、集まったデータは日付や時間もバラバラ。そこで、日本時間に強制変換する機能を追加し、決められた時間に確実に情報が集まるようにしました。

このような現場の運用から出てくる要望に対応し、1週間で20回のマイナーチェンジ(機能強化)を繰り返しました。

写真 : 山藤医師とオンライン会議で現場の課題を一つひとつ聞きとり、システムに反映。20回の機能強化を繰り返した。

山藤医師とオンライン会議で現場の課題を一つひとつ聞きとり、システムに反映。20回の機能強化を繰り返した。

不安な船員とのコミュニケーションをチャットボットで効果的に

長引く船内での待機により、メンタル面の不安や体調不良を訴える乗員も出てきました。体調不良者が出ると、船医がますます多忙になるため、「健康観察チャット」に寄せられるフリーコメント欄から、乗員の要望を抽出し、船会社側に伝えるというケアも心がけました。

例えば、「ケータリングの食事がアジアフードばかり。私はルーマニア人なので、欧州の食事が食べたい」という要望も寄せられて、船員の心の声を聞く手段としてスマートフォンからのチャット入力手段は効果的でした。

船員の緻密な健康状態の把握により、更なる感染拡大を防ぐ

4月25日、623人中148人の感染が確認されましたが、日本側のサポートが本格化した4月26日から5月10日までの間には、感染者は1名に留まりました。重症化した患者は「健康観察チャット」で収集した情報を元にあらかじめ長崎県内の病院と密な連携を行い、7名の搬送が行われました。

また、緻密な健康状態が把握できていたことにより、5月5日より陰性が確認された船員から順次帰国が許されました。5月10日時点で、残る乗員は約400人になっています。

これは、長崎県庁、厚生労働省クラスター対策班、国立感染症研究所、DMAT、自衛隊等で構成する日本側の特別チームのサポートと船側(船医・乗員)が心を一つにして成しえた感染症対策プロジェクトです。

富士通の新型コロナウイルス感染症対策チームも、山藤医師とのオンライン会議で現場の課題を一つひとつ聞きとり、対策最前線の熱意に触れながら日本人としての威信をかけモチベーションを高く持ち対応にあたり続けました。そして、直接会うことのない乗員の方々、長崎県庁の対策本部の方々とも、データを通して繋がり、チーム一丸となって、本プロジェクトに取り組むことができたのです。長崎クルーズ船対応はまだ続きますが、乗員の方々の1日も早い健康状態での帰国を心から願っています。

感染症対策の専門家 長崎大学 山藤栄一郎医師からのコメント

写真 : 長崎大学熱帯医学研究所 山藤 栄一郎 医師

長崎大学熱帯医学研究所
山藤 栄一郎 医師

―― 長崎県クルーズ船の船員健康観察の緊急対応において、今回の仕組みの役割をお聞かせ下さい。

600名を超える船員を一斉に下船させて健康管理、という方法が選択できなかったため、船内で健康管理せざるを得ませんでした。船内はレッドゾーンとして扱われ、クルーズ船内での支援活動が制限される中、船外からの健康管理をお手伝いするために各船員が毎日健康状態をアプリに入力したものを一覧にして、船医に1日2回報告しています。情報は、船医が診療をする上でスクリーニングに使用されています。同時に、感染者の重症化リスクを船外の支援拠点でも把握することで、入院が必要になった時の受け入れ側(病院)の準備にも役立てています。

―― 一緒に対応させていただいた、富士通の対策チームメンバーへ一言お願いします。

富士通の新型コロナウイルス感染症対策チームとは、毎日情報交換をして、現場で必要だと思われる改善点に対して反映してもらっています。お互い直接会って仕事をしている訳ではないですが、すぐそこで一緒に働いているような感覚になるほど、連携できていると感じます。利害関係なしに、ここまで現場の意見を反映して迅速に対応、改善して下さることは大変ありがたく、感謝しております。