有識者が語る、情報銀行のあり方とデータ利活用ビジネスの展望

メインビジュアル : 有識者が語る、情報銀行のあり方とデータ利活用ビジネスの展望

私たちのパーソナルデータ(注1)が企業のサービス提供に利用され、私たちの行動が左右される「データ駆動型社会」が到来しようとしています。私たち生活者は主体的にデータを利用していくよう賢くならなくてはいけません。パーソナルデータを管理する生活者中心の「情報銀行」(注2)を普及させるには、情報銀行に対する信頼が担保され、各プレーヤーがメリットを受ける仕組みが必要です。
今回、「今後のデータ利活用ビジネスの展望」をテーマに、東京大学大学院の橋田教授、マネーフォワードの瀧取締役をお招きし、富士通総研(FRI)のコンサルタントを交えて語りました。

魅力的な一次利用サービスとはどのようなものか?

―― 今後、一次利用サービス(注3)と呼ばれるパーソナルデータを用いた生活者個人へのサービスが肝になるのは明らかです。その次のステップとして、それらデータをビッグデータとして活用し販売していくことも考えられています。世の中には金融、ヘルスケア、電力、教育、モビリティ等の様々なデータがありますが、日本で魅力的な一次利用サービスを立ち上げるにはどうすればいいでしょうか?

図 : 一次利用サービスと二次利用サービスの位置づけ

一次利用サービスと二次利用サービスの位置づけ

橋田 PLR(Personal Life Repository:個人生活録)で最初に実証実験したテーマは介護でしたが、最近始めたのは教育です。2020年から変わる予定の大学入試制度では、eポートフォリオ(注4)が導入されます。文部科学省の方針は、受験生本人が部活動やボランティアなど課外活動のデータを大学出願の際に提出し、大学はそのデータや入試の成績を総合的に評価して合否を決めるというものです。
データのポータビリティの必要性という面では、医療・介護は分かりやすいですが、教育は若い人が大人になってもマイデータを実践してくれるので波及効果が大きいと考えています。

写真 : 東京大学大学院 情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター教授 橋田 浩一 氏

東京大学大学院 情報理工学系研究科
ソーシャルICT研究センター教授
橋田 浩一 氏

―― 医療・介護と教育での活用は重要ですね。個人の手元にデータを取り戻す時、商習慣や規制など乗り越えるべき障壁はありますか?

橋田 医療機関、介護施設はデータを出したがらず、学校の現場では先生方の情報リテラシーが高くない場合もあります。制度上も、自治体管轄の病院や学校が管理するデータを簡単に外部とオンラインでつなげないという問題があります。それを打破するために、大学入試制度改革や医療制度改革など、国の施策が個人にデータを集約する方向に向かっていると感じています。

―― 瀧さんはマネーフォワードですでにサービスを提供され、一次利用サービスに重点を置いているようですが、事業者としてどこのマネタイズ(注5)を意識されていますか?

 事業をしていて思うのは、複雑なことをしなくてもユーザーは価値を感じるということです。極端なことを言えば、四則演算で平均値を見せるだけでも大きな反響を得られることがあります。銀行データを取りまとめて、残高と入出金の合計値が見えるという、当たり前のことであっても、丁寧なコンテキストとグラフで見せるだけで、ユーザーが月500円のプレミアムサービスに入るケースがあります。その場合のユーザー体験というのは、「きちんとお金を管理できる自分を月500円で買う」というフィットネスのイメージです。さらに、2050年の自分をイメージしたり、高齢や認知症になった時のお金が奪われないような保全も考えています。マネタイズにこだわるということは、ユーザー体験を作るということです。

写真 : 株式会社マネーフォワード 取締役 Fintech研究所長 瀧 俊雄 氏

株式会社マネーフォワード 取締役
Fintech研究所長
瀧 俊雄 氏

―― 石垣さんがお考えになる「地域コミュニティ型PDS(Personal Data Service/Store)」におけるマネタイズについてご意見いただけますか?

石垣 私は地域課題の解決のためにPDS的な仕組みが必要だと提唱していますが、「儲かりそうにない」「誰がお金を出すのか」という反応をいただくことも多いのが現状です。でも、こうした仕組みが社会インフラ化すれば、十分マネタイズは可能だと思っています。

第1はこの仕組みを利用した有償パーソナルの仲介手数料で、システムに蓄積されているパーソナルデータを使った有償サービスが可能になれば、5~10%程度の利用料を取れると思います。第2はパーソナルデータの管理を個別事業者が行うのではく、地域情報銀行に置いたまま使うという管理代行サービスです。こうしたモデルの方がデータ販売モデルよりも可能性が高いと考えており、実証していきたいと思っています。

写真 : 株式会社富士通研究所 特任研究員 石垣 一司

株式会社富士通研究所
特任研究員
石垣 一司

情報銀行に求められるものは?

―― 「自らの情報を生活者個人が管理するのは限界がある」とよく言われていますが、情報銀行に求められる要件について、ご意見いただけますか?

橋田 現在、各所で言われている情報銀行はお客様のデータを預かる方式ですが、技術的に考えると、それは不要と考えています。データはお客様自身が分散的に持っていて、お客様のアプリと情報銀行員が交信する機能があれば、情報銀行がやるべきことは全部できてしまいます。時には、一部のデータを本人の許諾のもとで情報銀行員が参照してアドバイスをすることはあるかもしれませんが、その都度本人同意でやればいいので、そっくり預かって保管する必要はありません。その方がリスクもコストも小さいし、マネタイズが成立しやすいはずです。企業秘密やパーソナルデータに限らず、一般公開できないデータは多いので、セキュリティの管理が重要です。

―― 利用者のリテラシーはそれに追いつきますか?

橋田 多くの個人は十分なリテラシーを持つ訳ではなく、本人にメリットがあるからツールを使うに過ぎないのだろうと思います。その時に安心・安全なシステムであるということと、自分の管理下でデータを自由に使えることと感じられることが重要です。

―― 石垣さんの仰る地域コミュニティ型PDSは、情報銀行に近いものなのでしょうか?

石垣 地域系情報銀行の場合、ITリテラシーが弱い高齢者を支援するために実在するコミュニティの力をどう組み込むかがポイントになると考えています。

事業者の役割を整理してみました(図2)。1番目は連携するデータホルダーからデータを取ってくる機能で、マネーフォワードさんのスクレイピングや銀行APIに対応する部分です。2番目がデータの保管やメンテナンスで、アーキテクチャ的には分散が良いですが、メンテナンスは誰かにやってもらってもいいと思います。3番目がデータの整形や可視化と、それが正しいデータであると証明する機能です。例えば、情報銀行で原本が住民票であるデータのこの部分は正しいから間違っていないと証明してあげるような事業役割も必要です。このためには、デジタルアイデンティティと本人を紐づける有人窓口的な機能も大事な要素になると思います。4番目が開示支援です。開示判断を事業者が代行する情報信託的な役割だけでなく、事業者が個人の判断に必要な情報を提示するなどの支援的な役割があります。支援には開示先の推薦やマッチング、開示条件の適性評価、開示先の信頼保証といった機能なども考えられます。

図 : (図2)地域コミュニティ型PDSにおける事業者の役割

(図2)地域コミュニティ型PDSにおける事業者の役割

情報銀行が信頼を得るためにはどうすればよいか?

―― 情報銀行が信頼を得ないと、そのサービスは浸透も拡大もしないと思います。どうすれば信頼を得られるでしょうか?

 これは2段階あると思っています。まずトラディショナルな信用については顔を出して誠実にコミュニケーションするしかありません。例えば、銀行さんにマネーフォワードのサーバだと分かるようにして、きちんとした株主に参画いただいて、社会的に安心イメージが強い人たちもユーザーだというhalo effectを狙ってテレビCMを打つというのがトラディショナルな信用の得方だと思います。一方で、新しい信用の得方は体験の積み重ねが重要です。「マネーフォワードがきちんと使える」とか、「これを使ったら前よりフィットネスできる」といった有用性を感じる体験の積み重ねは、弊社にとって一番のブランド価値であると思います。

―― 現在、情報信託の面で同意の取り方にも、個別同意、包括同意などがありますが、ご意見いただけますか?

石垣 情報信託の認定指針が包括同意型で議論されていますが、現在提案されている情報銀行の構想の多くは個別同意であるという現実があります。企業で実際にやろうとすると、包括同意にも限界があると思います。包括同意だとGDPR(EU一般データ保護規則)対応が難しいという問題もあります。また、個別同意に比べて事業者が大きな責任を負うことにもなりますので、事業リスク面からも課題があるように感じています。

データの二次利用サービスを成立させるためにはどうすればよいか?

―― GAFAのユーザー数は10億人単位と言われる一方、日本企業のユーザー数は数百万人単位です。二次利用サービスを成立させる重要な要素は何でしょうか?

 この分野は会社のマネタイズそのものなので、継続的に研究しています。例えば、総務省の家計調査にデータを提供するコンソーシアムにマネーフォワードの名前を出しています。また、銀行が営業活動に使う「マネーフォワードfor 〇〇銀行」というアプリも出しています。海外を見れば、二次利用のモデルには、アドテクや、家計簿のデータをヘッジファンドに売るという事業者もいますが、弊社では「最終的に、ユーザーに価値が還元される」ストーリーを作らないと、良かったと思われないので、慎重にやっています。

―― 二次利用でデータの価値を生めば儲かると思いましたが、簡単ではないのですね。

橋田 1人の日本人が様々な企業に自分のデータを売って1年間にもらえる額は平均で3万円もないでしょうから、日本全国で3兆円、その売買の仲介業5~6千億円と考えると、GDPの0.1%です。しかし、例えば医療データに関して製薬会社をターゲットにすると、単価が高いので可能性があるかもしれません。その際、本人にどう価値を提供するかが知恵の絞りどころです。

例えば、がんのゲノムデータ+診療データであれば、自分のがんゲノムデータと病院の診療データを合わせて製薬会社に売れれば、全ゲノム解析の費用と情報銀行の運用経費と本人の治療費に充てられるかもしれません。そうすると、製薬会社がデータを集めて分析する二次利用と本人のためにデータを使うことの両方で価値が生まれます。そういう色々なユースケースを丹念に見つけ出す必要があります。

―― 石垣さんは研究者として、二次利用サービスについてどのようにお考えですか?

石垣 私は二次利用の前に一次利用があるべきだと考えます。その方が圧倒的に市場価値も高いし、消費者の受容性も高いと思います。一方、世の中にはデータ化されていない貴重なデータがたくさんあって、例えば介護の現場でヘルパーが毎日やっていることの記録はデジタル化されていません。そういったデータのデジタル化と蓄積の方法が問題です。

その阻害要因は、介護事業者のICT投資が限定的であること、データを取ることが最前線のヘルパーにとって余計な仕事になってしまうことです。そのためには、例えばヘルパーが自分のキャリアや報酬を上げるためにシステムを利用しデータを集めるスキームに変えられれば、データは集まる可能性があると思います。その後、国全体として二次利用する仕組みの実現にチャレンジしていきたいと考えています。

パーソナルデータの利活用を加速させていくために必要なことは?

―― パーソナルデータを利活用させていく前提として、生活者にコントローラビリティがあり、データポータビリティが確保される必要があると思います。それを実現するために事業者の立場から、マネーフォワードとしてとしてやるべきことはありますか?

 一般的に、日本の企業が新規事業を立ち上げる際には、何度か企画会議を通すと思いますが、当初はマストハブなアイデアが、気がついたらナイストゥハブなアイデアになっていたりします。また、他社との差別化を強要されるケースも多いですが、同じ戦略をよりうまく実行するのも十分差別化だと思います。そして、最後はユーザーに立ち戻れるようにしたいと思っています。

―― 石垣さんは差別化についてはどのようにお考えですか?

石垣 差別化は既存市場でシェア争いする場合は有効な手段ですが、新しい市場を開拓する場合は自分を逆排除する可能性が高いので、差別化だけが真ではないと考えることも必要です。当面は業界全体でのオープンイノベーションによる共創も重要です。個人中心のデータ利活用環境の普及を目指している国際団体MyData Globalは、こうした世界の実現のためにはBLTS(B:ビジネス、L:リーガル、T:テクノロジー、S:ソサエタル)が必要だと言っています。ビジネス面、法律面、技術面だけでなく、最後は住民が自分で情報を使う意識改革が社会的に浸透することが必要であり、そのためにも身近な所から自分で情報を利活用して自分、家族、地域のために役立っていると実感できるようにすることが大事だと思っています。

―― 総務省で「情報信託機能の認定に係る指針ver1.0」を作り、ガイドラインもできました。民間ビジネスとして制度に則って頑張らなければいけない所、制度を手当てしなければいけない所もあると思うのですが、いかがでしょうか?

写真 :  [モデレータ]株式会社富士通総研 クロスインダストリーグループ プリンシパルコンサルタント 湯川 喬介

[モデレータ]株式会社富士通総研
クロスインダストリーグループ プリンシパルコンサルタント
湯川 喬介

橋田 ユーザー体験を増やすためにはまずデータポータビリティが必要です。それには企業が対応しないといけないのですが、日本は制度整備ができていません。本人にデータを渡して、本人がそれを活用して、収益が発生したらデータを提供した企業にもその一部が還元されるなど、新しいビジネスモデルが必要です。そのような仕組みが働いていれば、事業者は喜んで本人にデータを渡すでしょう。

―― 実現は何年先くらいでしょうか?

橋田 2、3年でやらないといけません。日本がこれから法整備というのはチャンスでもあるわけです。GDPRだけでは産業振興に直結しませんが、日本国内で企業が儲けるために本人にデータを渡す社会ができれば、日本はヨーロッパの上を行く仕組みで産業振興し、個人向けサービスのクオリティを高めて国民もハッピーになるので、ぜひ実現しましょう。

―― 本日は貴重なご意見をいただき、ありがとうございました。

(注1) パーソナルデータ:ここでは、オンライン上で管理されているか否かにかかわらず、自ら入力したデータやIoT機器等で観測されたデータも含め、生活者個人に紐づくデータすべてを指す。
(注2)情報銀行 :インターネット通販の購買履歴や健康情報などの個人データを預かり、本人の同意を得た上で企業などの第三者に提供するサービス。
(注3)一次利用サービス:ここでは、一次利用をパーソナルサービス、二次利用をビッグデータ活用、データ販売と定義する。
(注4)eポートフォリオ:生徒が探究活動や課外活動、資格・検定等の実績をインターネット上に蓄積する「学びのデータ」。生徒が蓄積したデータを教員が閲覧して学習指導に役立てたり、生徒自身が大学への出願に使ったりすることが想定されている。
(注5)マネタイズ:ネットの無料サービスから収益を得ること。

対談者

写真 : 対談者(敬称略 左から 石垣 一司:株式会社富士通研究所 特任研究員 橋田 浩一:東京大学大学院 情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター教授 瀧 俊雄:株式会社マネーフォワード 取締役 Fintech研究所長 湯川 喬介:株式会社富士通総研 クロスインダストリーグループ プリンシパルコンサルタント(モデレータ)

(敬称略 左から)
石垣 一司:株式会社富士通研究所 特任研究員
橋田 浩一:東京大学大学院 情報理工学系研究科 ソーシャルICT研究センター教授
瀧 俊雄:株式会社マネーフォワード 取締役 Fintech研究所長
湯川 喬介:株式会社富士通総研 クロスインダストリーグループ プリンシパルコンサルタント(モデレータ)

※この記事は、富士通総研(FRI)発行の情報誌「知創の杜 2019 Vol.1」P.14~22の掲載内容を要約したものです。

※所属、役職は、対談当時のものです。(対談日:2018年12月14日)


写真 : 知創の杜 フォーカス 「今後のデータ利活用ビジネスの展望」

知創の杜
フォーカス
「今後のデータ利活用ビジネスの展望」

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