AIは専門家にしかできない鑑定を自動化できるのか?

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石油開発において、新たに掘削していく井戸を見つけるには地層の年代特定が必須です。その鍵となるのが、採取した石灰質ナンノ化石の鑑定です。この鑑定には豊富な経験と膨大な専門知識を要し、国内にいる専門家はわずか3人です。そこで産官学連携の専門家チームが、ディープラーニングによる自動鑑定の実現に向けたプロジェクトに挑戦。化石の鑑定全自動化という最終目標に向け、プロジェクトがスタートしました。そして試行錯誤の末、アシスタントとしては十分実用化できるレベルまでの精度を確認、貴重な一歩を踏み出しました。その軌跡をご紹介します。
【Fujitsu Insight 2019レポート】

膨大なコストと時間がかかる石油開発

本セッションには、国際石油開発帝石(INPEX)の遠竹行次氏、石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の南條貴志氏、富士通のAIエンジニア 山田吾郎が登壇。まず、遠竹氏から今回のプロジェクトの概要が語られました。

地層年代特定の鍵となる石灰質ナンノ化石の鑑定、専門家は国内にわずか3人

写真 : 国際石油開発帝石株式会社 技術本部 評価技術ユニット 地質グループ 遠竹 行次 氏

国際石油開発帝石株式会社
技術本部 評価技術ユニット 地質グループ
遠竹 行次 氏

近年の石油開発は、非常に深く難しいエリアで行うことが多く、掘削現場を維持するのに1日で数千万円かかることがあります。石油・天然ガスの探鉱は、地下の岩石がたどった歴史を推定し、石油やガスの集積箇所を探る作業です。新たな井戸を掘削する際、地層の年代を特定する鍵となるのが、地下から採取した岩石試料である石灰質ナンノ化石の鑑定です。

図 : 石油探鉱におけるナンノ化石の利用

石油探鉱におけるナンノ化石の利用

しかし、その鑑定には高度な専門性と経験が求められ、世界でも限られた専門家しか分類できません。国内の専門家は、わずか3人です。国内で鑑定できない場合は、海外の専門サービス業者に頼らざるを得ない状況にありました。

1つの試料を鑑定してもらうのには5万円から10万円ほどかかります。1本の井戸を掘る際には数十から約百種類の試料を鑑定してもらう必要があり、費用も数百万円以上になることもあります。また、鑑定されるまで1~2カ月かかり、時間的・経済的な制約が発生してしまいます。

化石の画像解析に着目し、AIで自動化できるかを検証

そこで、鑑定作業では顕微鏡で画像を解析することに着目し、AIを適用した自動化で業務の省力化が図れるかを検証しました。具体的には、化石の画像鑑定にディープラーニングを適用して、業務の省力化・自動化が図れるかを検証しました。

石油採掘・開発を手掛けるINPEXと、民間のプロジェクト支援を担う公的機関のJOGMECが主体となり、秋田大学大学院 国際資源学研究科の千代延俊 准教授と、AIのプロフェッショナルとして富士通が参画し、産官学の連携チームでプロジェクトは進められました。

AIなどを活用した資源開発技術高度化が石油産業に貢献

次に、JOGMECの南條氏が今回のプロジェクトを支援した経緯を紹介しました。

産業や研究活性化の起爆剤として、プロジェクト成功に期待

写真 : 独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構 石油開発技術本部 技術部 探査技術課 理学博士 南條 貴志 氏

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構
石油開発技術本部 技術部 探査技術課
理学博士
南條 貴志 氏

今回のプロジェクトをJOGMECが後押ししようとした理由は、大きく2つあります。まず1つ目は、経済産業省とJOGMECが共同で推進する「資源開発2.0」実現に向け、デジタル技術開発方針に基づく民間企業の支援を実施しているからです。「資源開発2.0」は、AIなどを活用した資源開発技術の高度化を進めることで、日本企業の事業領域における課題解決の実現、日本企業の競争力を強化し得る技術分野の確立を目指すものです。

2つ目は、今回の画像解析技術が、近年の技術の進歩から十分に実用化が見込めると判断したからです。石灰質ナンノ化石の鑑定は石油産業に欠かせないものですが、AI導入による自動化が実現することこそ、石油産業への貢献につながると考えたからです。

民間企業のヒアリングを通して、AI実装のプロジェクトを実施している企業がまだ少ないことは分かっていました。今回のプロジェクトが1つの起爆剤となり、ある程度の成功体験を出すことで、石油の上流産業や大学などの研究に波及していけば良いと思いました。社会的な意義が大きいと考え、期待を持ってプロジェクトを始めました。

専門家にしかできない鑑定の自動化は実現可能なのか

長年培った経験と専門知識を駆使する鑑定作業をAIで自動化することは本当に可能なのでしょうか。富士通のAIエンジニアである山田が前例のないプロジェクトの課題について語りました。

AIエンジニアが直面した2つのハードルとは?

写真 : 富士通株式会社 Data×AI事業本部 プロフェッショナルサービス事業部 AIサービス部 山田 吾郎

富士通株式会社
Data×AI事業本部
プロフェッショナルサービス事業部 AIサービス部
山田 吾郎

私たちAIエンジニアは、とにかく、データについてよく知っておく必要があります。データについて理解していないとAIを使った解析をうまく進めることができません。

今回のプロジェクトでは、大きく2つのハードルがありました。石灰質ナンノ化石は地域や年代によって1000種類以上あり、サンプル中にどの種類がどの程度含まれるかによって年代を特定します。今回のプロジェクトでは、INPEX社の業務での活用を見据えて、その中の21種類を解析することになりました。

ハードルの1つ目が、私たちにとって21種の鑑定が非常に難しかったということです。つまりデータについてよく知ることが難しかったということです。私たちが化石の鑑定方法を理解し、鑑定そのものを理解することは、適切な方式検討や迅速な試行錯誤において非常に重要です。プロジェクトのスムーズな進行のためには、私たち自身が鑑定能力を獲得することが課題でした。

2つ目は、技術的な課題です。一般の画像分類では、決まった種類の画像から特定していきます。今回は、特定したい21種類以外にも似通った化石が大量に紛れ込んでいたため、検出対象の化石と似て非なる検出対象外の化石をどう見つけるかという課題がありました。例えば、以下の図において、画像中から見つかった化石の領域が、種Aか種Bか、そのいずれでもないのかを分類する必要があり、見分けるのが困難でした。

図 : 検出対象の化石と似て非なる検出対象外の化石(画像はイメージです)

検出対象の化石と似て非なる検出対象外の化石(画像はイメージです)

異なる専門分野の共創が成し遂げたプロジェクトの成功

前例のないプロジェクトを推進するに当たり、どのように取り組んでいったのでしょうか。富士通の宇髙がモデレータとなり、伺いました。

データサイエンティストとしての着眼点に感服

―― 今回のプロジェクトを通して感じた率直な感想はいかがですか?

南條 化石を見たことがない人は、最初は何が何だか分からないというのが正直な所でしょう。ところが、山田さんは化石に興味を持ち始めて、一生懸命研究され、プロジェクト開始から1カ月後にお会いしたときには、だいぶ化石自体に詳しくなっていました。そういった歩み寄りはすごいなと感じました。プロジェクトのハードルを越えられるかなと思った瞬間でした。

遠竹 山田さんと千代延先生との間で取り交わされる議論が非常に私にとっては興味深かったですね。データサイエンティストとしての着眼点と、専門家の知識をそこにどう取り込めばいいのかと奮闘する姿を見て、デジタル化というのはこういう風に進んでいくのだろうと感じました。

―― AIの精度を向上させるためにどのような点に工夫したのでしょうか。

山田 開始当初の精度は非常に低いものでした。性質の違うAIモデルを複数作成したり、データの渡し方を工夫したり、試行錯誤を繰り返して、精度を高めていきました。

―― 千代延先生は秋田大学にいらして、海外出張などもあり、対面で会話することが難しかったと思います。どのようにコミュニケーションを取ったのでしょうか。

遠竹 山田さんからの提案で、早い段階から毎週オンラインミーティングを実施し、進捗状況を確認しながら、アジャイル的な手法で日々改善を繰り返して進めていくことができました。また、千代延先生が教師データ作成に非常に苦労されている時には、ラベル付けを効率的に実施できるツールを提案されたことで作業負荷が大幅に減りました。当初の予測精度は良くはありませんでしたが、様々な方式で深層学習モデルを構築していったことで、最終的に実用レベルに達しているといってもよいものができました。

南條 当初は、AIには難しい解析ではないかと感じていましたが、毎週モデルを更新していくうちに改良されてきたので、プロジェクトの終盤では安堵感の方が多かったと思います。

お互いが歩み寄り、異なる専門分野を理解することの重要性

―― 試行錯誤しながら続けてきたプロジェクトですが、どういう成果がありましたか。

遠竹 現場において数十分で結果が確認できるなど、実用レベルに近い状態まで到達できたと思います。ただ、改善の余地もあります。教師データをさらに増やすことで精度の向上も期待でき、適用範囲も広がると思います。今回は、白亜紀のごく一部を対象にしましたが、モデルを改良することなどで、もっと広い年代の地層に適応できます。日本だけではなく、世界中の試料を対象にできる可能性があるのではないでしょうか。これから技術実証や技術実装を計画し、少しでも現場の実装に近づけるようにやっていきたいと考えています。

―― このプロジェクトの成功は、デジタル技術を活用した生産性向上とコスト低減につながります。石油産業における事業モデルの刷新、すなわちDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進を加速するものではないでしょうか。これからDXに取り組もうという人に対して、アドバイスをお願いいたします。

遠竹 今回のプロジェクトを通して思ったのは、データ収集とモデル構築はいわば両輪だということです。データを集めながら、同時にモデルを構築していくことが、非常に良い効果をもたらします。今後、どんな分野でも必要になることだと思います。

南條 今回は、プロジェクトの参加者が歩み寄って、異なる専門分野を理解していくことが重要だと感じました。お互いを結びつけるもの、重なる領域ができたところが、うまくいった要因だと思います。

山田 現場の協力なしに、社会実装はあり得ないと思っています。DXを推進する人たちが現場を理解し、現場の人たちがDXを理解するという“つながり”も重要だと思います。

図 : 互いが歩み寄り、異なる専門分野を理解することが重要

互いが歩み寄り、異なる専門分野を理解することが重要

今回のプロジェクトでは、変革したいという現場のニーズ、その社会的な意義や効果、改革に必要なデータ、それを実現するAI技術の4つのポイントがうまく重なったことが成功の要因ではないでしょうか。組織間の壁を破り、それぞれのポジションを超えて相手の領域に歩み寄ることで歯車がうまく噛み合い、プロジェクトを前進させたといえるでしょう。

登壇者

国際石油開発帝石株式会社
技術本部 評価技術ユニット 地質グループ
遠竹 行次 氏

独立行政法人 石油天然ガス・金属鉱物資源機構
石油開発技術本部 技術部 探査技術課
理学博士
南條 貴志 氏

富士通株式会社
Data×AI事業本部
プロフェッショナルサービス事業部 AIサービス部
山田 吾郎

富士通株式会社
次世代営業本部 AIビジネス統括部
AIセールス部
宇髙 啓子(モデレータ)