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世界の経営思想家トップ22、リンダ・ヒル教授が語る「ハーバード流、逆転のリーダーシップ」

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ハーバード・ビジネススクールの教授であり、2019年「THINKERS50」(注1)において世界の経営思想家トップ22に選出され、2015年にはイノベーション賞を受賞されたリンダ・ヒル教授。共著書『Collective Genius: The Art and Practice of Leading Innovation(ハーバード流 逆転のリーダーシップ、日本経済新聞出版社)』において、 ピクサーやGoogleなど豊富な実例研究から“Collective Genius(集合天才)”というコンセプトを生みだしたことでも有名です。

イノベーションは果たしてひとりの天才のひらめきから生まれるのでしょうか?
リンダ・ヒル教授はそう問いかけ、このコンセプトを生み出す基礎となったフィールドワークから語り始めました。

(注1)THINKERS50 2019年世界の経営思想家トップ50
https://thinkers50.com/biographies/linda-hill/

ただ新しく創造的ではイノベーションではない

私はこの15年ほどハーバード・ビジネススクールでリーダーシップとイノベーションの関係性について考えてきました。

イノベーションを持続的に起こしている世界各国の卓越したリーダーを訪ね、文化人類学の手法で彼らの考えや行動を観察しました。調査した業界もさまざまで、ITやエンターテインメントのほか政府機関やNPOなどもリストに含まれています。

では、まず定義から始めましょう。イノベーションとは何か?

私はそれをとてもシンプルにこう定義しています。「イノベーションとは、斬新さと有用性を兼ね合わせたもの(Novel + Useful)」です。新しいものはたとえ創造的であっても、なにかの役に立たなければそれはイノベーションとは呼べません。

この定義は、私たちが何年にもわたってその行動を深く学んだ35名のビジネスリーダーに共通して当てはまるものでした。製品であれ、サービスであれ、ビジネスモデルであれ、組織であれ、漸進的であれ、ブレイクスルーであれ、イノベーションとは、これまでにない新しいもので、そして役立つものなのです。

リーダーは“バリュー・クリエイター”であり“ゲーム・チェンジャー”でなければならない

私たちが調査した35名のビジネスリーダーたちは、イノベーションに対して共通の考え方を持っていました。それは、「特定の人だけでなく、組織の誰もがイノベーションを起こすことができる」という信念です。病院の清掃係であっても、伝染病予防のためのイノベーションを起こせるという考え方です。

イノベーションを考えるとき、私は“パフォーマンス・ギャップ”と“オポチュニティ・ギャップ”という言葉を用いています。リーダーたちは従業員に対して、“バリュー・クリエイター(価値創造者)”にならなければならないと言っています。つまり、本来できてしかるべきことと現状できていることとの間のギャップ(差)を認識して、その業務上のパフォーマンス・ギャップを埋めることができなければなりません。

しかし、それだけでは不十分です。同時に彼らは“ゲーム・チェンジャー(変革者)”でなければなりません。ゲーム・チェンジャーは、今行っていることと、新たなビジネス機会(オポチュニティ)との間のオポチュニティ・ギャップを認識して、その新たな機会を実現できる人です。

私たちが調査した各企業のビジネスリーダーは、「もしオポチュニティ・ギャップに自ら対応できなければ、競合他社が先にアプローチして、その可能性を奪い取るだろう」と従業員に向かって説いています。

【ピクサーに学ぶ】ディズニーを立て直したエド・キャットマル氏が語る“天才のかけら“とは

ここで実例研究から、ひとりの人物をご紹介しましょう。ピクサーの共同創業者、エド・キャットマルです。私が今までにあった最も優れたリーダーの一人です。

ご存じない方も多いと思いますが、彼はCG技術イノベーションでアカデミー賞を5度も受賞し、ピクサーがディズニーに買収されたのちはディズニーアニメーションの社長の職に就いていました。例えば、『アナと雪の女王』はその頃、彼がつくった映画の一つです。低迷していたディズニーを立て直した立役者のひとりといえます。

ピクサーを最初に訪問したとき「映画作りはチームスポーツ」だと教わりました。そこには編集、ストーリー、美術、レイアウトをはじめライティング、シミュレーション、レンダリングなど多種多様な仕事があり、担当する人々が緊密に連携しています。300人から500人近くの人間が4~5年かけてひとつの映画に取り組んでいます。たった10秒のシーンに6ヶ月費やされることもあります。

エドが言うには、どんな映画も最初は箸にも棒にもかからない“酷い赤ん坊”のようなものだそうです。それが何度も何度もプロセスを繰り返していくうちに、少しずつ“立派な大人”になっていきます。アニメーターの一人が説明してくれましたが、ある登場人物についてアイデアを思い付いて監督に見せたところ、何度かのやり直しの後で実際の映画に採用されたそうです。ピクサーでは、こういうことが起こると「アニメーターの“天才のかけら”が監督と共有されたので、映画がもっと素晴らしくなった」と言うそうです。誰もがそういった“天才のかけら”を持っているのです。

エドはピクサーのオーナーだったスティーブ・ジョブズについて、「彼はイノベーションというのはたった一人の天才がもたらすものではなく、多くの人々のコラボレーションによって作り上げられるものだ、ということを本当によくわかっていた」と語っています。

制作が困難を極めた『トイ・ストーリー2』が完成したとき、スティーブ・ジョブズは、この映画制作チームだけでなく、800人近くいるスタジオの人間すべて、監督から食事担当、運搬担当まで、すべてのひとに週給の13倍に相当するボーナスを払ったそうです。スタジオに所属するすべての人がそれぞれの“天才のかけら”を出し合ったことで最高の映画ができたということを伝えたかったのでしょう。

【Googleに学ぶ】ビル・カフラン氏がメンバーに求めた“自発性”

さらに、イノベーションを創出する組織の実践例のひとつとして、Google エンジニアリング担当上級副社長のビル・カフランの話をご紹介しましょう。

GメールとYouTubeのデータインフラ構築を託されていました。とにかく膨大でしかも形式も異なるデータを、どう扱いどう保存するか、一筋縄でいく仕事ではありません。「どうやってこの仕事をやり遂げるつもりですか?」と訊くと、彼は「自発的に起こることを見ている」と答えました。
“自発的に”とは、どういう意味なのでしょう?

  • リーダーは答えを出してはいけない

ビルは意図的に2つのエンジニアチームにこの仕事を任せていました。それぞれ別々に独自の考えを取り組ませたのです。難題に直面するたび、チームは彼のところにやってきましたが、答えを出さず逆に質問をして押し戻しました。「リーダーは答えを出してはいけないんです。そうすると一所懸命考えなくなる」と彼は言いました。

2年後にそれぞれのチームが暫定的ソリューションを完成させたとき、彼は互いのチームを引き合わせ、それぞれの長所と欠点を学ばせました。そして互いに相手の欠点をあげつらうのではなく、それぞれの長所を組み合わせ、さらに良いソリューションに仕上げさせたのです。

「自分たちのアプローチには限界があり、課題はずっと大きいということを自ら学んでほしい」とビルは言います。「たいていの企業は、トップがある部署を選んで順番に開発をやらせるものですが、ブレイクスルー技術の開発の場合は、それが本当にうまくいくかどうかはわかりません。時間もかかります。これに対し、複数チームが同時並行で実験を繰り返す方法が最も効果的で効率的です」。

  • リーダーの仕事はイノベーションに取り組める環境をつくること

「イノベーションを起こそうと思うなら、リーダーにはビジョンは必要ない」と彼は言います。「いままで誰もやったことのないブレイクスルーを起こそうとしているのだから、リーダーがイノベーションをリードすることなどできません。リーダーの仕事は意欲的にコラボレーションし、発見型の学習を行い、アイデアを統合する場を提供することです。それこそがあるべき姿です」。

わたしが研究してきたリーダーたちは皆、それぞれのビジョンを胸に秘めていましたが、大事なのは人が意欲的にイノベーションに取り組むことができる環境作りであるということを心得ていました。ビルはこう言っています。「イノベーションは共創のプロセスです。部下たちはリーダーと一緒に未来を共創したいと思っています。だから、リーダーはそういった共創のプロセスに自分をどう位置付けるかを考えなければならないのです。」

イノベーション創出に必要な3つの組織機能

イノベーションを創出するために、まず知っておくべきことがあります。
それはイノベーションの特徴です。次の4つになります。

  • イノベーションは専門性と経験を持った人たちのコラボレーションから生まれる。
  • イノベーションはたいていの場合、発見型の学習を通じて形づくられる(だからイノベーションを前もって計画することはできず、まず行動することが必要)。
  • イノベーションは新旧のアイデアの組み合わせである(必ずしも新しいアイデアだけからなるものではない)。
  • イノベーションの創出はやる気を起こさせるが、同時に知的にも感情的にも大きな負荷を強いる。

イノベーションを生みだそうと思うなら、こうした現実に対処できる組織を作らなければなりません。何度もイノベーションをおこすような組織は、そのために次の3つの組織機能をもっています。

  • 創造的な摩擦(Creative Abrasion)

対立する多彩なアイデアのマーケットプレイスを生みだす。組織のひとりひとりが自身のアイデアを語り、他人の意見を聴く。アイデアの優劣で競い合う。リーダーは意見の対立を調停するのではなく、それぞれの違いを際立たせ、実験の段階に進む力強いアイデアのポートフォリオを築く。

  • 創造的な俊敏性(Creative Agility)

すばやく実験を繰り返し、発見型の学習を行う。リーンスタートアップやデザイン思考などはそのためのツールといえる。万全なかたちで行うパイロットプロジェクトではなく、小規模な実験を行い、失敗から学んでいく。

  • 創造的な解決(Creative Resolution)

対立するアイデアを組み合わせて活かす。折衷案ではなく、それぞれの強みをそのまま創造的に組み合わせる。判断の際、特定部署、専門家、上司などの意見に振り回されず、辛抱強く両方のアイデアを活かすようにする。

イノベーションを支えるコミュニティとしての組織文化

もうひとつ大切なのが、コミュニティとしての組織文化です。

なぜコミュニティとしての組織文化が重要かというと、文化を通じて人々のつながりや帰属意識が生まれ、共通の目的意識が培われるからです。イノベーションを支える組織文化の構成要素は次の3つです。

  • 目的:何のために私たちは存在するのか

目的が明確であれば、物事がうまくいかないときも人々をまとめ、前に進ませることができる

  • 共有された価値観:何を重要とみなすか

突飛な夢を抱くこと、協力し合うこと、責任を持つこと、学ぶ姿勢を持つこと

  • エンゲージメントのルール:互いにどういうやり取りをし、問題の解決策をどのように考えるか

他の意見の尊重、信頼、切磋琢磨、全体を俯瞰すること、すべてを疑うこと、データ志向

新しい企業文化をうち立てて成功した例としては、韓国でバッグの高級ブランドを立ち上げた女性経営者キム・ソンジュや、インドで従業員の意識改革に取り組んだHCL CEOのヴィニート・ナイアー、グローバルマーケティングでコラボレーションを実践したフォルクスワーゲンCMOのルカ・デメオの事例などがあります。

今回は、私の実例研究のリサーチから分かったことをお伝えしました。

それは、これまでとは異なるリーダーシップの考え方です。そしてそれこそが、イノベーションを生み出すことができた企業が実践していた秘訣なのです。


リンダ・ヒル教授が登壇した「富士通経営者フォーラム」の詳細や講演ムービーの他、ご一緒に登壇された、ANAホールディングスでアバタープロジェクトを指揮する深掘 昴氏の講演もこちらからご覧いただけます。

イノベーションとリーダーシップ
https://www.fujitsu.com/jp/vision/insights/201907event/