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個人データ保護とデータ利活用の共存を求めて 次世代技術が作る「ユーザーが個人データを制御する社会」

Fujitsu Laboratories Advanced Technology Symposium 2019レポート

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富士通研究所は2019年10月15日、米サンタクララにおいて『Fujitsu Laboratories Advanced Technology Symposium(FLATS) 2019』を開催しました。FLATSは、先端テクノロジーとビジネスの接点で生まれる課題をテーマに掲げ、世界を舞台に活躍している専門研究者やスタートアップ起業家、政府関係者などをスピーカーに迎え、最先端の研究発表と議論で問題点を共有すると同時に、富士通研究所における関連分野の研究成果を公開することを目的としています。13回目を迎えた今年のFLATSのテーマは『Driving a Trusted Future: Enriching Experiences while Protecting Data(信頼される未来のために:データ保護と豊かなエクスペリエンスの共存)』です。

DX企業の共通認識となる「データは石油」

このテーマが掲げられた背景には、これは今やビジネス界での共通認識となりつつある「データは21世紀の石油(Data is the oil of 21st century)」という考え方の浸透があります。

顧客やユーザーの行動、あるいは自社の企業活動が日々生み出すデータをどう分析し、将来のビジネス・プロセスやアイデアにつなげるか――。データをうまく活用できるか否かは、今や企業にとって死活問題となりつつあります。その一方で、企業がデータ利用によって利益を得る行為に対して、多くの課題が指摘されています。度重なるデータ漏洩問題は社会不安を起こし、また企業による行き過ぎたデータ利用は人々の間に大きな不信感をもたらしています。

2018年5月、EUはデータ活用時の課題を解決する施策として、個人データを守るための「一般データ保護規制(GDPR)」を設けました。この考え方は世界に広まっています。例えば米カリフォルニア州は独自の「消費者プライバシー法(CCPA)」を2020年1月に施行することを決めています。

デジタル・トランスフォメーション(DX)を目指す企業にとって、データ利用とデータ保護の両立はグローバルビジネスの基盤となります。その基盤を作るには、どんなルールを設け、どのような社会要素・経済要素を組み込んで構成するべきなのでしょうか。これらを議論して考えることは、DXを推進する企業にとって社会的責任と言えます。そして今、富士通はDXを推進する企業への変革を進めています。富士通研究所が今回のFLATSのテーマを『Driving a Trusted Future: Enriching Experiences while Protecting Data(信頼される未来のために:データ保護と豊かなエクスペリエンスの共存)』にした理由が、ここにあります。

共創を支える3つのデータ保護技術とは?

キーノートで登壇した富士通研究所代表取締役社長の原は、「石油と同じく、データは価値のあるものだが、一方でうまく扱わなければ爆発する危険性がある」と口火を切りました。2025年までに175ZB(ゼタバイト)ものデータが生み出されることが予想される中、データの信頼性や個人データの使われ方について多くの人々が不安を感じているという調査結果などを示しながら、いかにしてトラスト(信頼)を技術で担保するのかについて問題提起しました。

写真 : 富士通研究所代表取締役社長 原裕貴によるキーノート

富士通研究所代表取締役社長 原裕貴によるキーノート

原が強調したのは、全てのステークホールダーが繋がり合う現在、トラストの実現にはサイバー空間・実空間の両方で様々な要素が求められるということです。その上で、トラストの実現に貢献する3つの技術、「XAI(説明可能なAI)」、「IDYX(アイデンティティー・エクスチェンジ)」、「プライバシー・リスク・アセスメント」を紹介しました。

3つの技術はそれぞれ、AIの説明責任、個人情報の自己コントロール、セキュリティリスク評価を実現します。

XAI:説明可能なAI

XAIは、AIが下す決定を「見える化」するための技術です。例えば、全てのデータ項目の組合せの列挙から有用な仮説を導き出す機械学習技術Wide Learningやグラフ構造のデータを解析する独自の機械学習手法Deep Tensorと学術論文など専門的な知識を蓄積したナレッジグラフの組み合わせなどによって実現します。

IDYX(アイデンティティー・エクスチェンジ)

IDYXは、オンラインで流通する本人情報の真偽判断や自己主権でのID情報の受け渡し制御を可能にするID流通技術で、JCB様とのデジタルアイデンティティー領域での共同研究も開始しました。

プライバシー・リスク・アセスメント

また、富士通研究所ではパーソナルデータのプライバシーリスクを評価する技術も開発しています。
パーソナルデータの活用には匿名加工等による保護が必要ですが、加工しすぎても十分な活用ができなくなります。一方で匿名加工が不十分でセンシティブなデータが漏えいしてしまった場合のダメージは甚大です。非専門家にとって適切な匿名加工手法を選択するのは非常に困難ですが、この技術を使えば加工によるリスク低減とデータ劣化の関係やデータ漏えいによる被害の大きさなどを見える化し、非専門家でもデータに合わせた最適な匿名加工手法を選択することを可能にします。

テクノロジーで実現する「攻めのセキュリティ」

現在、富士通研究所が注力しているのは「攻めのセキュリティ」です。富士通研究所セキュリティ研究所所長の津田は「守るだけではなく、優れたセキュリティ技術があるからこそ、これまでできなかったようなデータ処理ができる」と語ります。

写真 : 富士通研究所セキュリティ研究所所長 津田宏

富士通研究所セキュリティ研究所所長 津田宏

従来は、外部からのサイバー攻撃からデータを保護するために、データ全体の暗号化などで守ってきました。しかし、データ処理や利用の観点から見ると、それではデータの価値が十分に活かしきれません。匿名化や秘匿処理などの技術をデータの特性や利活用ニーズに合わせて使い分け、データ利用が正しく透明性を持って行われれば、企業にとってだけではなく、個人ユーザーにも利点をもたらします。課題は「活用とのバランスをどう取っていくかにある」(津田)。これらを踏まえて、富士通研究所では暗号化、匿名化、ブロックチェーンに注力しています。

時代に追いついていないのは、政策ではなく技術

もう一人のキーノート・スピーカーである、ダニエル・ワイズナーMIT教授は、同大学インターネット・ポリシー・リサーチ・イニシアティブ所長で、オバマ政権時代はホワイトハウスの副CTOを務めた経歴の持ち主でもあります。ワイズナー教授は、開口一番「政策が技術発展に追いついていないとよく言われるが、実際には逆。追いついていないのは技術の方。目の前には大きなチャンスが広がっている」と切り出しました。

写真 : MITインターネット・ポリシー・リサーチ・イニシアティブ所長 ダニエル・ワイズナー教授

MITインターネット・ポリシー・リサーチ・イニシアティブ所長 ダニエル・ワイズナー教授

ワイズナー教授は、サイバーセキュリティ、プライバシー、信頼できるAIという3本の柱を中心に『データ・ガバナンスの挑戦』というテーマでスピーチを進めました。企業や業界ごとにセキュリティ手段が分断されているために攻撃に対するリスクが計測できないこと、暗号化と政府によるサーベイランスの問題、GAFAなど巨大プラットフォームへの処置に対する関係者の意見の食い違い、フェイスブック・ユーザーを対象に研究に見せかけて個人データを悪用した「ケンブリッジ・アナリティカ問題」に見られるような目的のすり替えなど、数多くの実例を挙げながら、データ・ガバナンスが抱える課題を説明しました。

ワイズナー教授が特に火急に解決が必要だと見るのは、データ利用のコンテキストと目的の追跡です。「個人データが当初の目的通りにだけ利用されて、他に流用されなかったことを確認できるようになることが最重要だと考えている」(ワイズナー教授)。

ただ、データ・ガバナンスの難しさもあります。「データ・ガバナンスに関わる法律は形式的に必要条件を記述するものではない。その点で、コンピュータサイエンス側のプログラムに対応させるのはそもそも難しい」(ワイズナー教授)ほか、プライバシーやセキュリティについて「現在直面している問題の全てが初めてのこと。システムがそれらの問題に対処するにしても、社会が何を期待するのかを認識するまでに時間がかかる」と指摘しました。

もっとも、ほとんどの企業はユーザーを騙そうとしているわけではなく、ユーザーといい関係にありたいと思っていて、そのためのツールを求めている状態です。そのため、例えば政府に認可を受けた銀行に我々がお金を預けるように、規制のフレームワークに則って運営する企業に我々が信頼を寄せて個人データを預けるようなことが、成熟期には起こり得るという期待を明らかにしました。貯金通帳を見るようなわかりやすい方法で、自分の個人データがどう利用されているのかが一目瞭然になるという理想が現実になるかもしれません。

MITインターネット・ポリシー・リサーチ・イニシアティブでは、データ・ガバナンスに関する法律の枠組みを提示する『インターネット権利章典』を確立するために、現在政策関係者とテクノロジー専門らとが検討を続けています。その中で、ユーザーにとって何が有益なのかを理解するために、より掘り下げた視点からユーザー・インタラクションの研究も進めています。

ユーザーが自分の個人データをコントロールする日は来るのか

今回のFLATSでは、技術とビジネスのそれぞれの観点からパネルディスカッションが行われました。

技術軸では、暗号化されたままでのデータ処理技術、機械学習のためのプライバシーとセキュリティ研究などについて、NTT研究所、グーグル、スタンフォード大学からのパネリストが持論を展開し、議論しました。

写真 : パネルディスカッション “Data Protection Technologies Enabling New Innovative Services”

パネルディスカッション “Data Protection Technologies Enabling New Innovative Services”

ビジネス軸では、ディズニーが腕輪型ウェアラブルデバイスの「MagicBand」でデータ収集・分析し、個々のテーマパーク訪問者のエクスペリエンスを向上させていることや、コカコーラがフレーバーをミックスするマシーンを設置し、個人データではなく顧客の利用データを利用して新しいフレーバー製品を開発したケースなどが紹介されました。また、自分の遺伝子情報を提供して株主になり、同時に医療に貢献するという、新しい企業形態を打ち立てたLunaDNAの創業者もパネルに参加しました。

最後のキーノートに立ったドク・サールズ氏は、「ベンダー・リレーションシップ・マネージメント(VRM)」というユーザーを中心とした個人データ管理の必要性を提唱した人物として知られています。我々の生活にはますますマーケティング会社が介在するようになっており、個人データが剥奪され続けています。しかし、これからはその関係が変わっていくというのがサールズ氏の主張です。これまでは企業だけが多数の顧客との関係を作ることができたが、これからはユーザー個人が多くの企業との関係を構築できるようになるはずだという分析です。そうなれば、ユーザー個人はVRMを活用することで企業各社とどう付き合うかの主導権を握ることができるようになるため、ユーザーが自分の望む方法で企業とやりとりし、自分の個人データをコントロールできるようになるというわけです。

写真 : 「ベンダー・リレーション・マネージメント(VRM)」の提唱者 ドク・サールズ氏

「ベンダー・リレーション・マネージメント(VRM)」の提唱者 ドク・サールズ氏

同氏が、その一例として挙げたのはPico Labsという「私のIoT」を構築する仕組みです。持ち物のそれぞれに自分のQRコードをタグ付けし、それを入口としてアクセスできるクラウド上のアカウントを作ることで、メーカーから持ち物のマニュアルを受け取ったり、修理状況を記録したり、紛失した際には拾った人へのメッセージを登録できます。これがあれば個人とモノ、個人とブランドとの関係性は変わっていくでしょう。

FLATS会場ではテクノロジー・ショーケースも設けられ、今回のテーマに関連した12種類の研究のデモ展示も行いました。業種や業界を超えて信頼性の高い個人データを交換、利用できるプラットフォームのIDYX、暗号化されたデータが検索でき、それによってビジネスや医療サービスなどでのデータ活用を加速化する秘匿検索技術、プライバシーの確保とデータ利用を両立させるためのプライバシーリスク評価技術などです。

写真 : 展示会場の様子

展示会場の様子

守るだけの個人データから、安全に有効に利用される個人データへ。技術がそれを本格的に実現できれば、個人データに対する社会の認識を転換させる大きな契機となるはずです。

著者情報
瀧口範子

フリーランスの編集者・ジャーナリストとして、シリコンバレーに在住。テクノロジー、ビジネス、政治、国際関係や、デザイン、建築に関する記事を幅広く執筆する。さらに、シリコンバレーやアメリカにおけるロボット開発の動向についても詳しく、ロボット情報サイトrobonews.netを運営して情報発信を行っている。著書に『なぜシリコンバレーではゴミを分別しないのか?』(プレジデント社刊)、『行動主義: レム・コールハース ドキュメント』(TOTO出版)、『にほんの建築家: 伊東豊雄観察記』(ちくま文庫)、訳書に『人工知能は敵か見方か』(日経BP社)、『ソフトウェアの達人たち』(ピアソンエデュケーション刊)などがある。上智大学外国学部ドイツ語学科卒業。1996〜98年にフルブライト奨学金を受け、スタンフォード大学コンピュータ・サイエンス学部に客員研究員として在籍(ジャーナリスト・プログラム)

林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。