100年先を見据えたライオンのイノベーションマネジメント(前編)

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ライオン株式会社様は2018年にイノベーションラボを設立し、新規事業創造に向けた活動を推進しています。表情筋にアプローチする新美容機器VISOURIRE(ヴィスリール)はクラウドファンディングで392%を達成し、口臭リスクを判定するアプリRePERO(リペロ)はビジネス分野向けの新サービスとしてローンチするなど成果を上げています。

これらの取り組みについて、イノベーションマネジメントという視点から、ライオン様のイノベーションラボ宇野所長と藤村副主席研究員に、富士通総研(FRI)の黒木昭博チーフシニアコンサルタントがお話を伺いました。前編では、目指す方向性や自社の事業領域を拡げるためのマネジメントのあり方について、後編では、外部企業との連携ポイントや事業開発の意思決定、さらには新規事業そのものに取り組む原動力に、焦点を当てます。対談は、2019年7月にオープンし、ライオン様も運営に携わるpoint 0 marunouchi(ポイントゼロ マルノウチ)(注1)で行われました。

全社のイノベーションに向けたハブとなり、新規事業を生むための専門組織

―― ライオンさんとは、イノベーションラボが設立される前にプロジェクトでご一緒させていただきました。設立後の取り組みは多くのメディアで取り上げられて、新規事業に取り組む他の企業からも多くの注目を浴びていると思います。一連の取り組みを見ていると、ただ連打されているだけでなく、自分たちがどうありたいかを考えながら進められている印象があり、ぜひお話を伺いたいと思っていました。まずは、イノベーションラボ設立の背景とミッションを教えてください。

宇野 ライオンは創業から128年、洗剤や歯磨剤を作ってお客様に届ける事業を続け、様々なブランドの戦略に基づいて商品を開発してきました。一方で、時代が急激に変化する中、これまでと同じやり方だけでお客様にとって価値があるものを作り続けられるのか、という疑問がありました。

今までと同じことが100年続くとは思えないという危機感の中で、中期経営計画では次世代ヘルスケアのリーディングカンパニーになるという目標を掲げ、お客様の習慣をリ・デザインしようと発表したのに伴い、社員の働き方の常識やモノづくりの仕方も考え直す必要がありました。そこで、イノベーションに取り組む象徴的な部署として、2018年に我々の部署が立ち上がりました。

ミッションは2つあります。1つは全社のイノベーションに向けた活動の量と質、そしてスピードを高めるためのハブになること、もう1つは既存事業にとらわれずに驚きのある新規事業を作ることです。

写真 : ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 所長 宇野 大介

ライオン株式会社
研究開発本部 イノベーションラボ 所長
宇野 大介

―― 新しい組織を立ち上げるときにはどのようなことを大事にされましたか?

宇野 所長になった初日に皆に言ったことは「既存事業の仕事はしない」「皆で起業家を目指そう」「僕を所長と呼ぶのは禁止」の3つです。
1つめは、既存事業のことをやってしまうと、そればかりになってしまうからです。イノベーションラボが社内発表されたばかりの頃はまだイノベーションラボが何をするのか明確に打ち出せてはいませんでした。そのため、社内では当然、既存事業のサポートもすると思われていました。このままだと、それを請け負うための部署になってしまう懸念があったので、それはやらないと宣言しました。

2つめは、新規事業は今までのマインドでは作れないので、起業家を目指してとにかくアクションを起こすことを重視して皆で努力しようと。

3つめは、新規事業は簡単にうまくいくとは思えないので、試す母数を増やすことを考えていました。そのための組織風土として、フラットでオープンな組織にしたいので、所長と呼ぶのを禁止したのです。その後、ビジョンや今着ている青のデニム地の白衣を作り、特異な部署であることを体現していきました。

藤村 宇野の3つの言葉は今も大事にしています。所長呼び禁止はティール組織(注2)を目指すことに発想が近いですね。こういう組織ではマネジメント層が型にはまったマネジメントをするとうまく回らないので、チームにマネージャーがいなくても自分がオーナーになって、どんどん立ち上げて良いとしました。1年目は「上手くいかないことの方が多いのだから、どんどん散らかそうぜ」というメッセージを出し、皆が自由にテーマを沢山立ち上げてくれて、よかったと思います。

写真 : ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 副主席研究員 藤村 昌平

ライオン株式会社
研究開発本部 イノベーションラボ 副主席研究員
藤村 昌平

―― 皆さんのバックグラウンドは研究開発だと思いますが、他にはどのような方がいらっしゃるのですか?また、クラウドファンディングや他企業とのコラボレーションにも積極的ですが、現在はどれくらいの案件を動かされているのでしょうか?

宇野 発足時は研究員だけでしたが、多様性を広げるために、色々な部署の人や、文系採用の新人や、キャリア採用のメンバーにも来てもらっていて、現在では数十名の専任体制になっています。案件については、昨日思いついたアイデアも含め30~40個くらいを同時並行的に動かしています。

―― 30~40個を回すにあたっての指針やこういうやり方をしていこうといったものはありますか?

藤村 デザイン思考やリーンスタートアップの手法を参考にしています。既存事業のやり方と異なり、社内にナレッジやノウハウがなかったので、他社を真似るところから始めました。イノベーションラボは部署のビジョンを作っていますが、これまでと違う方法論で物事を決めていくので、目指すところも自分達自身で作り出しました。

宇野 ラボという名前にもあるとおり、この取り組み自体が大きな実証実験だと思っています。ルールややり方も試してフィードバック受けて改良して、どんどん新しく良いものにしていく作業を延々繰り返していかなければいけません。各案件を進めていく際は、想定する課題に反応するお客様がいるのかという話からスタートしています。

写真 : イノベーションラボのビジョンとして“変わり続けること”を明言している

イノベーションラボのビジョンとして“変わり続けること”を明言している

オーナーシップとマーケットを起点としたアクション重視のマネジメント

―― お二方はイノベーションをマネジメントするお立場です。イノベーションの主体となるメンバーによる現場での試行錯誤をどうバックアップするかは極めて重要だと思っています。この手の取り組みで現場とマネジメントが残念ながら噛み合わないケースも散見されますが、この点はいかがでしょうか?

藤村 プロジェクトの起点は「こういう課題で困っている人を自分たちが作るサービスで助けたい」というものが多く、メンバーの「ニーズを捉える能力」は高いと思っています。ですので、彼らが思いついたアイデアをその形のまま議論できるよう、心理的安全性を確保することを大事にしています。

お客様を起点に取り組むと、ライオンらしくないアイデアが多数思いつくので、それを受け止めてライオンらしい形にチューニングするのがマネジメントの役割です。ライオンらしさを表現するストーリーを考える部分は僕らがやり、彼らはお客様だけ見ていればいい状態にしたいと思っています。

宇野 それを成り立たせるためには現場の推進主体者のオーナーシップがあることが大前提ですね。

藤村 これまでの方法だと、所長が全体管理して、それぞれのプロジェクトにマネージャーが付き、数名単位のチームで動かしますが、イノベーションラボではマネージャーがマネジメントしすぎないことで、良い意味で主従が逆転しています。従来のライオン流のマネジメントだけでは、新規事業では通用しない部分があると考えていました。顧客、ソリューション、技術など何らかが自社にとって新しい場合、正解があるかもわからないという前提を置いています。その中で若いメンバーがフロントに立って決めて、僕たちマネージャークラスがバックアップする役割分担になっています。何かを意思決定するときも、レポートラインで上がっていくというより、常に許可と推進のラリーの形です。

―― ラリー型とは興味深いです。オーナーシップとマーケットを起点としてアクションを起こすことを重視したマネジメントですね。そういう動き方をする場合、前例がない局面も増えるのではないかと思います。既存の社内ルールが壁になってしまい、スピードが落ちてしまうということがよくあります。その辺りは何か工夫されていますか?

宇野 そこは物量で社内の難しい壁を突破している感じです。社内に技術がないこともやるので、様々な会社と組むことになり、膨大な量の契約書や決裁案件を関連部署に回しています。当然経験がないことも多いので混乱は起きますが、コミュニケーションを取りながら何とか進めています。こうすることによって、これをやらないとどうにもならないからという気運が生まれ、新しい社内ルールを作る動きも出てきました。実績という意味ではまだまだですが、膨大な案件を動かして組織にダイナミズムを生み出す。それで突破してきたのです。

藤村 世の中にある事例を社内のチームで試してみて、組織や運営自体も日々変えています。事業開発のステージが進めば、私たちにとって未知の領域に入り、足りないところが出てくるのが常です。事業開発に適したKPIはどう立てるのか、何をクリアしたら次の投資をやっていいのかという話を1つ1つ小さくルール化して組織にインストールしている状態です。僕らの取り組みは少数だからできることもあるので、試して良ければ全社展開するし、うまくいかなければやめるというスタンスで、とにかく試しています。

戦略的な意思決定のポイントは、いかに自社の領域を拡げられるか

―― 日々のマネジメントも試行錯誤なのですね。様々な企業の取り組みを見ると、確たる戦略なしに自社と無関係なところに手を出してしまうケースも見受けられます。ライオンさんの場合、色々な案件を一歩引いて俯瞰してみたときに、全体として何らかの狙いがあるように見えます。そこはどのような狙いがあるのでしょうか?あるいは何かポートフォリオのようなものをお持ちでしょうか?

藤村 ポートフォリオについては、設立当初からかなり議論しました。具体的に取り組む前までは、ライオンにとって未知の領域でも、一度世の中に出すことによって既存領域になります。そうすると既存領域の面積が広がるので、我々は常にエッジ部分を考えて拡張していかないといけないと思っています。その意味で、イノベーションラボは会社のやれる範囲を外に広げるテーマを持つ必要があります。テーマ全体の1~2割はライオンらしくないと言われるものもOKできますし、未来テーマなので異なる考えを持つ人とネットワークを作って進めるといったように、いろいろな判断ができます。

写真 : 株式会社富士通総研 コンサルティング本部 ビジネスデザイングループ チーフシニアコンサルタント 黒木 昭博(モデレータ)

株式会社富士通総研
コンサルティング本部 ビジネスデザイングループ
チーフシニアコンサルタント
黒木 昭博(モデレータ)

―― ポートフォリオを作って終わりではなく、取り組みながら常に見直しをかけて、自社の領域が広がりそうかどうかを意思決定の1つのポイントとされているということですね。

宇野 そうですね、最初に立てたビジョンで「イノベーションラボは変わり続ける」と宣言しています。イノベーションラボの下期戦略も「本部戦略に囚われない新しいものを作る」として、拡げていかねばという思いは上司と共有しています。ただ、「この路線で」とは具体的に示しませんし、各メンバーがやりたいと持ってきたものがライオンとかけ離れていても、僕らが面白がれるか、無理と言うかの違いだと思います。

後編では、外部企業との連携ポイントや事業開発の意思決定、さらには新規事業そのものに取り組む原動力に焦点を当てお話を伺います。

(注1)point 0 marunouchi(ポイントゼロ マルノウチ):会員型コワーキングスペース。未来のオフィス空間づくりに向けた実証実験を2019年7月16日より開始。新しいオープンイノベーションの形を生み出すこと、空間とそこにいる人によって形成される様々な「場」を再定義する起点となることを目指している。

(注2)ティール組織: 階層などのシステムに依存せず、従業員が各自の最大限の力を発揮しながら仲間と協力し、結果を出す組織モデル。著者フレデリック・ラルーによれば、ティール(進化型)組織は自主経営、全体性、存在目的を重視する独自の慣行をもつ。

対談者(敬称略 右から)

写真 : ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 副主席研究員 藤村 昌平 ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 所長 宇野 大介 株式会社富士通総研 コンサルティング本部             ビジネスデザイングループ 黒木 昭博

ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 副主席研究員 藤村 昌平
ライオン株式会社 研究開発本部 イノベーションラボ 所長 宇野 大介
株式会社富士通総研 コンサルティング本部 ビジネスデザイングループ 黒木 昭博

※この記事は、富士通総研発行の情報誌「知創の杜 2019 Vol.2」に掲載された内容から、一部加筆・修正したものです。
※対談者の部署、役職は、対談当時のものです。


写真 : 知創の杜 フォーカス 「次の100年を見据えたイノベーションマネジメント―ライオンイノベーションラボの取り組みから―」

知創の杜
フォーカス
「次の100年を見据えたイノベーションマネジメント―ライオンイノベーションラボの取り組みから―」

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