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The Price of Trust 信頼なき会社はいらない ジェフリー・サックスが語る「未来の会社のあたりまえ」【前編】

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大企業やテクノロジーに対する不信感が高まるなか、人々は「本当に信頼できる会社」を求めている。信頼の価値がかつてなく高まっているいま、果たしてこれからの会社には何が求められるのか?
SDGsの第一人者であり「世界を救う処方箋」を伝え続けてきた経済学者、ジェフリー・サックスが語る。

INTERVIEW BY KIYO SASAKI
ILLUSTRATIONS BY HARUNA KAWAI

企業が信頼を失った理由は明確だ。それは彼らが不誠実で、正しい行動を取ろうとしないからだ。わたしたちは現在、企業行動を律する明確な行動規範や倫理基盤というものをもっていない。それを監視するはずの法律や政治システムも、機能しているとは言いがたい。世の中の経済的価値は常識ある行動よりも利益追求に重きを置いているし、多くの企業は利益のためなら何をしてもいいと思っている。嘆かわしい状況だ。

そもそも企業が起点とすべきは、自社製品は社会にとって役立つものであるか、ということのはずだ。しかし、そう考える企業は少ない。社会どころか顧客に対してすら責任を負おうともしない。では彼らの目は誰に向いているかといえば、それは株主だ。株主に利益をもたらすために、企業は顧客に害をなす製品を売っている。肥満という病を生み出した、アメリカの食品企業がそのいい例だろう。

こうした企業の真の関心は、顧客ではなく株主にある。この株主至上主義は、アメリカでは企業経営の基本原則とも呼べるが、わたしに言わせれば大きなダメージを周囲に与える考え方だ。なぜなら企業は株主至上主義の名のもとに、顧客やサプライヤーを犠牲にしても株主の利益になるような行動を取ろうとするからだ。

アメリカでは、利益追求にまい進すればそれが社会にも良い影響を及ぼすという、市場経済の「見えざる手」の存在が長く信じられてきた。利益追求は、企業を良い行動に駆り立てるのだと。けれどいまとなっては、それが正しかったとは到底いえない。残念ながら企業にとっては、不正を働くこと─環境を汚染し、他者をだますこと─のほうが容易なのだ。

さらに言えば、我が国では不正を働くことを何とも思っていないような人物が大統領に選ばれてしまった。そのこと自体が社会における倫理観の欠如を象徴しているといえる。わたしたちは「不正」に慣らされているのだ。

Do No Harm

では、企業が信頼を取り戻すための第一歩とは?わたしはこう思う。まず企業の大原則を「害をなすことをしない(Do No Harm)」に据えることだ。企業はほかの誰に対しても害をなす行動を取ってはいけない。製品を通じて顧客に害をなしてはいけないし、協業する他企業やその従業員にも、搾取的な行動などを通じて害をなしてはいけない。

しかしいまの社会では、企業の不正が発覚しても役員やCEOが責任を問われることはない。罰金を払うことはあっても、経営陣の誰かが罰せられることはない。このからくり、いわば「経営者の匿名性の高さ」が企業の無責任を生み出しているとわたしは考えている。

バイオメディカル企業のセラノスがその典型例だ。創業者でCEOのエリザベス・ホームズが脚光を浴びたが、彼女らのやっていたことはまったくの詐欺行為だった。世の中や顧客に対してこの企業が謳っていたこと(「指先の血液1滴ですべての疾患を検査できる」)はすべて嘘で、彼女が語った最先端の診断技術は存在すらしなかった。役員には有名人が名を連ねていて、セラノスが糾弾された当初はこぞって組織とCEOを擁護したものだ。しかしセラノスの意図的な不正行為が明らかになったいまとなっても、彼らが責任を取ったという話は聞かない。

これが社会にどんなメッセージとなって送られただろう?「権力をもった人間は罪から逃れることができる」「罪に問われないなら、不正行為だとしてもやる価値があるじゃないか」といったところだろうか。こんなメッセージ、特に次世代に向けて送るべきものじゃない。

企業は法律を順守した経営をすることによって、経済的にある程度の保障を受けると同時に、責任をももたされる。企業経営についてくるのは特権ではなく責任なのだと、経営者は考えを改める必要がある。そして役員はステークホルダーの利益が守られ、企業が社会に害をなさないよう監視するのが役割で、その役割を果たせなければ罰せられるべきなのだ。こうした基本概念は法律で明文化されるべきである。

マルチステークホルダーとモラルある経営

ところで、株主至上主義が幅を利かせている一方、「マルチステークホルダー」という考え方をもつ企業もある。株主だけでなく、顧客、サプライヤー、従業員、コミュニティのすべてをステークホルダーととらえる考え方だ。

家族経営や中小企業には、こうした考え方をもつところが多い。なぜなら、例えば日本でも17世紀から続くような家族経営の企業があるが、彼らは家名や地域での評判を守ることを重要視しているからだ。こうした企業のほうが、モラルや良心をもって責任ある経営をする傾向にある。地域になじみ、責任ある企業市民たろうとするのだ。

例えばこれを、収益最大化と株主至上主義を掲げるヘッジファンドと比べてみよう。彼らは地域に対する愛着もなければ、従業員に何が起ころうとお構いなしだ。顧客にだって、サービスを購入し続けてくれる限りは関心がない。どちらがより信頼できるかは一目瞭然だろう。

残念ながらいま、マルチステークホルダー的な価値観をもつ企業は多いとはいえない。けれど日本やイタリアのように、家族経営の企業が多い国もある。彼らには責任感や地域に対するコミュニティ意識があり、誠実に行動する。このように企業が責任感を育む背景には、経営上の関心やオーナーシップの違いがある。経営の目的が利益のみで、組織の匿名性が高ければ、良識や常識は働きにくい。そしてそれが不正な行動を助長し、企業への信頼を失わせてしまうのだ。

後編へつづく)

プロフィール
ジェフリー・サックス(Jeffrey Sachs)

経済学者 コロンビア大学教授

これまでに国連や世界銀行といった国際機関のアドバイザーを務め、世界から貧困を根絶するための活動に従事している。『世界を救う処方箋』『貧困の終焉』など著書多数。2004年と2005年、『TIME』誌が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選出された。

佐々木 希世

フリーライター

グローバルビジネスやSDGsといったテーマを中心に、日英で発信。著書の『「半径5メートル最適化」仕事術』ほか、ウェブや雑誌で多数執筆している。