Inside Crypto Valley スイスがつくるスタートアップエコシステム「クリプトバレー」を知っているか?

メインビジュアル : Inside Crypto Valley スイスがつくるスタートアップエコシステム「クリプトバレー」を知っているか?

チューリッヒの南部に位置する小さな街ツークに、いま、世界中からブロックチェーンスタートアップが集っている。「クリプトバレー」と呼ばれるこのエリアは、いかにして生まれ、ブロックチェーンのどんな未来を描いているのか? エコシステムを率いるCrypto Valley Associationのバイスプレジデント、ケヴィン・ラリーに、富士通のセキュリティ研究所長・津田宏が訊いた。

TEXT BY CHAINS
PHOTOGRAPHS BY LOUIS RAFAEL ROSENTHAL

津田: 本日はお時間をいただきありがとうございます。まずは、まだまだ日本では知られていないクリプトバレーについて教えてください。この地域のエコシステムがどのようにしてできたのか、またCrypto Valley Association(CVA)のミッションや現在の状況についても伺えたらと思います。

ケヴィン: CVAは2017年1月に生まれた非営利団体です。ツークのスタートアップエコシステムを束ね、プレイヤー同士のコミュニケーションを促していくことがわれわれの役目になります。どのように資金を調達し、ビジネスを大きくしていくか。税金のマネジメントから人材獲得、オフィス探しまで、すべてのスタートアップが直面する課題を解決する手助けをするのです。スタートアップのほかにも、地域行政、大学、銀行といったプレイヤーとも連携し、いまでは約1,400人がCVAのメンバーに加わっています。

津田: そもそも、なぜツークにブロックチェーンに特化したエリアができたのでしょうか?

ケヴィン: CVAの立ち上げにかかわったメンバーの数人がツークを拠点にしていたこともありますが、いちばん大きな要因はイーサリアムでしょう。彼らがツークを拠点に選んだことで、イーサリアムを使って課題解決に挑むスタートアップたちもこの土地に惹きつけられてきたのです。

津田: いまでは600以上のスタートアップがここクリプトバレーに集っていると聞きますが、どのような種類の企業がいるのでしょうか?スイスといえばやはり金融に強いイメージがありますが。

ケヴィン: もちろんスイスは、伝統的に金融業界が強い国です。しかしブロックチェーンのムーブメントは、なにも金融に限ったものではありません。ブロックチェーンが可能にする「価値交換」の仕組みは確かに金融と相性がいいですが、この技術はそれだけでなく、あらゆる取引を分散的に、改ざん不可能なかたちで行うことを可能にするものだからです。その特徴は、医療や製薬、サプライチェーン、不動産といったあらゆる領域においてこれまでと異なるソリューションを提供するでしょう。CVAも、金融に限らずすべての業界の企業をサポートしています。

津田: ブロックチェーンの特徴として「改ざん不可能性」がいわれますが、それ自体がゴールではないとわたしは考えています。「ブロックチェーン×◯◯」とあらゆるものと組み合わされることで、それぞれの領域におけるこれまで解けなかった問題を解決することこそが目的となるべきです。そういう意味で、CVAが多業種をサポートしているのはとてもいいアプローチだと思います。

小さくて正しい国

津田: ところで、クリプトバレーはなぜ世界から優秀な人材を集めることができているのでしょうか?世の中ではAIエンジニアと同じくらいブロックチェーンエンジニアの給料が高騰していると聞いたことがありますが、スイスでは何が人々を惹きつけているのでしょうか。

ケヴィン: 世界中でブロックチェーンエンジニアの需要は急激に高まっているので、それにともなって給料が高まるのは自然なことでしょう。加えてスイスは最も生活水準の高い国のひとつです。インフラや教育、ヘルスケアシステムが充実しているのも優秀な人材を惹きつける要因になっています。

津田: 他国のスタートアップエコシステムと比べて、スイスならではの特徴はありますか?

ケヴィン: スイスは小さな国なので、スケールという意味では他国に劣るかもしれません。しかしコンパクトな規模であるということは、その分素早く物事を決め、変化に対応できることも意味します。スタートアップだけでなく、行政や銀行といった組織も含めて、ここでは誰もが「オープンドア」であることを好みます。シンプルなことですが、それだけで物事は進み、問題はスムーズに解決されていくのです。

スイスがなぜブロックチェーン領域において成功しているかといえば、「accountability=説明責任」を大事にするカルチャーがあるからでしょう。人々は責任をもって物事を正しく行うことを好むのです。そうしたマインドセットとブロックチェーンの相性がいいのは言うまでもありません。そしてわたしは、礼儀正しさや整合性を大事にするという点で、スイスと日本は多くのマインドセットを共有していると思っています。ブロックチェーンというテクノロジーを正しく使えば、素晴らしい恩恵を得られる─そのことを示していくのが、スイスと日本の役割だと考えています。

トラスト・マシンが可能にすること

津田: ブロックチェーン技術の活用という面でスイスは先進的です。たとえばツークでは、2017年にはイーサリアムを使ったアイデンティティ管理サービス「uPort」を用いた住民権の証明が実現されていますよね。日本ではまだこうしたIDの利用範囲は限られています。このようなe-IDシステムのサービスやアイデアが社会に普及するためには、何が必要だとお考えでしょうか?

ケヴィン: 具体的な企業名を出すのは控えますが、大手企業によるパーソナルデータの不正利用は、いま社会が直面している大きな問題です。ブロックチェーンを活用することで、パーソナルデータのオーナーシップを個人の手に取り戻せるのだということを伝えていく必要があります。
人々のデータが誰の手にも不正利用されない未来がすぐにでもやってくることをわたしは望んでいますし、このテーブルに座っている誰もが、ブロックチェーンのムーブメントに参加している誰もがそう望んでいるはずです。CVAはただ単にブロックチェーンという技術によってお金儲けをしたいわけではありません。世界が直面している多くの課題に取り組み、わたしたちが暮らす社会をよりよくしようとしているのです。

津田: ブロックチェーンにもパブリック型、コンソーシアム(プライベート)型などいろいろな種類が乱立しており、これから淘汰が始まると見られていますが、クリプトバレーではどのプラットフォームに注目していますか?

ケヴィン: 将来的にどのサービス、どの種類のブロックチェーンが勝者となるかを考えるには、まだまだ時期尚早です。しかしひとつ言えることは、実際に多くの人々の間に普及し、毎日の生活や文化のなかに組み込まれてこそ価値となるということです。そのためには必ずしも“ベスト”である必要はないのです。
たとえば「ヘデラ・ハッシュグラフ」(注1)を考えてみましょう。彼らのアイデアはたしかに魅力的です。しかしそうした“特効薬”が、人々に受け入れられるかどうかは別の問題です。わたしには、彼らがこの技術を非常に商業的なものとして活用しようとしているように見えますが、そうした姿勢は「この技術が人々にどう使われるか」に大きく影響します。性能がよく、あれもこれもできるからといって、必ずしも人々に使われるわけではないのです。

(注1)次世代の分散型台帳と称される技術。ブロックチェーンが抱えるスピードやセキュリティの問題点を解決したといわれる

写真 : 「トラスト・マシン」は、人類のコラボレーションの可能性を制限してきた障害を取り除いてくれることになる。それはすべてのイノベーションの基盤となるでしょう。 ―ケヴィン・ラリー

「トラスト・マシン」は、人類のコラボレーションの可能性を制限してきた障害を取り除いてくれることになる。それはすべてのイノベーションの基盤となるでしょう。 ―ケヴィン・ラリー

写真 : 「改ざん不可能性」それ自体がゴールではない。ブロックチェーンがあらゆるものと組み合わされることで、各領域のこれまで解けなかった問題を解決することこそが目的となるべきです。 ―津田 宏

「改ざん不可能性」それ自体がゴールではない。ブロックチェーンがあらゆるものと組み合わされることで、各領域のこれまで解けなかった問題を解決することこそが目的となるべきです。 ―津田 宏

津田: 今回の雑誌の名前は『NEW TRUST』です。最後に、ケヴィンさんが考える「新しい信頼」の可能性について教えてください。

ケヴィン: ブロックチェーンの核となるコンセプトは、それが「トラスト・マシン」であることです。不幸なことにと言うべきか、人類は異なる文化、異なる企業同士のインタラクションを、「貨幣」という価値を交換することで上手にやってきました。しかし貨幣が交換されるところには権力が生まれ、権力のあるところには不正が生まれるものです。
そこでもし、取引における不正や困難を取り除ける力をわれわれが手にしたらどうでしょうか?互いの「信頼」が可視化できるようになったらどうでしょうか?われわれは肩の荷を下ろし、リラックスして相手を信用できるようになります。つまりトラスト・マシンは、数世紀にわたって人類のコラボレーションの可能性を制限してきた障壁を取り除いてくれることになる─それはすべてのイノベーションの基盤となるでしょう。

企業や政治家の不正に溢れたいま、人類は大きな課題に直面しています。正しい技術と手段を用いて、それらが起きないような仕組みをつくらなければいけません。それができれば人類は、また一歩、次のレベルに進めると思うんです。

プロフィール
ケヴィン・ラリー(Kevin Lally)

Crypto Valley Associatio バイスプレジデント

写真 : ケヴィン・ラリー(Kevin Lally) Crypto Valley Associatio バイスプレジデント

金融企業でのエンジニア、保険会社でのビジネスアナリストを経て、2018年2月よりCVAに参画。2019年2月より現職。

津田 宏

富士通研究所 セキュリティ研究所長兼ブロックチェーン研究センター長

写真 : 津田 宏 富士通研究所 セキュリティ研究所長兼ブロックチェーン研究センター長

約30年にわたり、AI、ウェブマイニング、サイバーセキュリティなどの研究開発に従事している。