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Place for Independent Minds 未来国家エストニアで考えた来るべき「デジタルライフ」のつくり方【後編】

メインビジュアル : Place for Independent Minds 未来国家エストニアで考えた来るべき「デジタルライフ」のつくり方【後編】

前編からの続き)

新しいことにいち早く挑戦できる国

エストニアから出て戻ってきた人もいれば、他国に生まれてエストニアを選んだ人もいる。ポルトガル生まれのテクノロジスト、ジョアン・レイ(37)である。タリン生まれのメルヴィ(39)との遠距離恋愛を経て、2006年、旅した世界中のなかからこの土地への移住を決意。20代で血気盛んだった彼は、エストニアの人々のトライ&エラーにオープンなマインドに強く惹かれた。
「ポルトガルは古い国だから、アイデアを人に話しても、『もう誰かがやってるよ』と言われてしまう。でも、エストニアの場合はみんなから、『いいじゃん! やってみなよ』というリアクションが返ってくる。ぼくが新しいことにいち早く挑戦できるのは、この国だ!って思ったんですよね」

育児サポートが手厚いことも、エストニアで暮らす決め手になったという。親は子どもが3歳になるまで育児休暇を取得でき、いままでと同額の給与が1年半付与されるからだ。「子どもたちは早くから公共交通機関を使ってひとりで登校するし、自己解決能力を鍛えられる環境だと思います。『e-School』のシステムがあるから、子どもの状況や成績をサイトで確認できるのも便利」

話の途中、「そういえば、肩書きは?」と訊いたところ、「いろいろあって定まらないんだけど、イノベーションやクリエイティブにまつわる何か」という返答があった。肩書きに依存せず、どんな自分であるかが重要という姿勢をもつ彼に、ふたりの娘たちの将来についてどう考えているのかを訊いてみた。「役職に紐づくアイデンティティというより、もっとパーソナルなアイデンティティに紐づいた仕事に就いているんじゃないかな。ぼくの親世代は30年間同じ仕事をし、ぼくらの世代は3年に一度職を変えてる。娘たちの世代は、3つ以上の仕事を同時にしているかもね」


Estonia in Numbers
数字で見る電子国家

99% 行政手続きの電子化
24時間365日、オンラインでほとんどの行政手続きを行えることがエストニアが電子国家と呼ばれる所以である。オンラインで手続きを行えないのは、結婚・離婚・不動産売却の3つのみだ。

98% デジタルIDの普及率
納税や法人登記、選挙での投票ができ、処方箋の役目まで果たすIDカードは多くの国民に日常的に使われている。ちなみに日本のマイナンバーカードの普及率は約12%にとどまっている。

300m電子化で削減された毎月の紙の量
電子署名が普及し、紙の公文書がなくなった結果、毎月「エッフェル塔の高さ」に相当する書類が削減されることになった。電子化で削減されたコストは、GDPの2%に相当するという。

1位 国際租税競争力指数
エストニアは、2013年から5年連続で「世界で最も税金を賢く集める国」と評価されている。行政手続きが電子化されていることは、国民だけでなく政府にとってもメリットがあるのである。

45,000人 e-Residencyの登録者数
申請時に€100を払ってe-Residencyに登録すれば、仮想住民としてエストニアの行政サービスを受けることができる。この制度を使ってオンライン上で生まれた法人数は3,500に上る。

51% 国土における森林の割合
とはいえ、エストニアの街を歩いても「電子国家」を感じることはなく、その風景はいたって長閑。デジタルテクノロジーを使いこなしつつも、自然との距離が近いのもこの国の魅力である。


自由でいるための独立した思考

「エストニアでは、みんな少なくともひとつは会社をやってるんじゃないかな。ぼくはデザイン会社を経営しながら、写真も撮るし、文章も書く。あとは、政治雑誌の編集者もやっています」
そう話すのはトヌー・ランネル(37)。10代でウェブデザインを独学し、16歳のときにエストニア最大の新聞のウェブサイトのデザインを手がけた人物だ。彼の妻で、レザーブランド「Stella Soomlais」を手がけるデザイナーのステラ(34)は、前職として教育研究省で起業家精神をもつ若者の支援モデルをつくる仕事をしながら、自身の会社を2015年に設立している。
「一般的に特定の場所に勤めていても、より自立するためにプロジェクト単位で会社を起こす人は多いですね。うまくいかなそうに見えても、助けてくれるインキュべーターもいるので」

人口約132万人のエストニアは、競争相手の数がそもそも少ない。国でいちばんになることは、トヌー曰く、「他国に比べれば簡単」らしい。
「でも、エストニアには世界的に認められた作家はほとんどいないし、独自の文化というものもありません。いろんな影響があって、ヨーロッパという大きな絵の一部であり、北欧の一部でもあって、最近はアメリカの影響も強い。だから、『インディペンデント・マインドをもつ国』というブランドとして世界で認められていることは、文化にとっても、芸術家にとってもチャンスだと思う」

エストニアの人々は、個々に独立した思考をもってはいるが、基本的に静かな人々であると彼らは考える。デモをするタイプでもないという。そこは、日本と少し近いかもしれない。
「自分のことを、個人の理解や価値をベースに、二元論じゃなく全体的に考える。エストニア人というより、グローバル人ととらえるように。もし何か事件が起きれば、左か右かの選択を迫られるかもしれないけれど、国自体がクリーンである限り、わたしたちは自由でいられます」

チェンジ・イズ・グッド

エストニアのカルチャー発信源である、工場や倉庫をリノベーションしたエリア「Telliskivi Creative City」。ここに、男性向けのオーガニックスキンケア商品を展開する「Tuul」のショップがある。「Tuul」は、アパレルのPRをしていたケイディ・エールマ(32)と、大手広告代理店に勤務していたグラフィックデザイナーのカーレル・カラ(32)が手がけるブランドだ。
彼らが日々仕事や生活をするうえで、電子政府の利便性を実感するかというと、「面白いくらいまったく感じない。でも、物事がうまくいってないときだけ感じるね。それは、ぼくらが甘やかされてるってことでもあるんだけど」とカーレル。

「『e-Estonia』についての記事では、すべてがスムーズにつながっているかのように書かれていると思うけれど、まだまだ機能していないことについては誰も言及しない。ヘルスケアのデータベースも、それほどうまくつながっていないし。でも、『インディペンデント・マインド』という表現は、政府のマーケティングワードとしてはばっちりだよね。社会は物事を成し遂げられるように機能しているし、人の意見とは関係なく自分にできることはできる、という考え方は確かにここにはある。会社を始めたければ1時間もあれば起業できる。個々の独立した考えが、社会全体を動かすエネルギーを与えていると思います」
「家族、友人、支援グループの組み合わせが重要ですよね。国を機能させるシステムがあるのは当たり前のことだし」と、ケイディが補足する。等身大のエストニアから世界が学ぶことがあるとすれば、「正しくは、『つながったインディペンデント・マインド』かな」と対話は続く。「過去にしがみつかず、変化を恐れない姿勢も大事。家を変えたり、仕事を変えたり、パートナーを変えることだって、人を成長させる。もちろん程度はあるけど。自分の仕事が好きで、快適過ぎるように感じ始めたら、それはたぶん、変化すべきタイミング。個人にも国にも、当てはまることだと思うわ」

電子世界でバランスをとりながら生きる

独立から急速に、急激に変化を遂げたエストニア。その歪みを懸念する声もある。旅の最後に会うことになったのは、エストニア語で「母」を意味する季刊誌『EMA』の編集長で、3人の子どもの母でもあるメルリ・リーヴァク(40)だ。夫ハーネス(45)は大学の建築学科長として空間デザインを教えている。グローバルメディアの敏腕編集長でワーカホリックだったメルリだが、出産を機に新たな人生を切り開くことになる。
「核家族化が進み、すべての子をもつ母親が孤立化しているなかで、母として、女性として生きることに意義を見出せるような雑誌をつくりたいと思ったんです。仕事をできていないこと、完璧な母でないことに罪悪感をもってしまうときこそ、希望を見出すためにサポートが必要だから」

これまでも、親子で料理を楽しむためのレシピ本や、ペットの鶏をさばくまでの実体験をもとにした食育絵本などを手がけてきた彼女は言う。「ここでは迅速でわかりやすいのが当たり前だとみんな思っているけど、わたしはバランスをとらなきゃいけないと思うんです。スマートテクノロジーが、あっという間にわたしたちの人生を乗っ取れるということに自覚的でなくては」
発展した電子世界に生きるからこそ、「フィジカルな体験が、世界における自分の役割を知る道しるべになる」とハーネスも彼女に賛同する。「エストニアのマインドは個人主義すぎる。野心的で独立心が強い個がある分、共感や連帯を感じながらバランスをとっていく必要がある」
それはメディアについても当てはまることで、新しい価値観が求められているとメルリ。
「雑誌は毎月発行する必要はないし、そもそも母親は毎月読む時間もないし(笑)。いまは雑誌だけでは生きていけないから、オンラインでの音声配信記事やポッドキャストなど異なるチャネルにも挑戦していて。母親がより世界を広げるための『学校』のような媒体であり続けたいですね」

しなやかで気軽なポジティブさ

この旅で出会った誰もが、エストニアの小ささと天候にまつわる愛憎に触れていた。確かにわたしが滞在した2月上旬の1週間、太陽は一度も顔を出さなかった。歩道は雪が降っても歩きにくいし、降らなくても溶けた雪が凍ってスケートリンク並みに滑る。一歩一歩、慎重に進むしかない。えいや、と外に出てしまえば、第二の都市タルトゥに着くよりも早く隣国にたどり着く。彼らのグローバルにオープンで「まずやってみる」という姿勢、と同時に慎重で丁寧な性格は、このどんよりした天気と小国だからこそ侵略されてきた歴史から間違いなく生まれたものだ。まさに、しなやかで気軽なポジティブさがある。日本とは無縁のマインドかというと、そうとは言いきれない。

「彼らは最高の食材はなくても、そこそこの食材で世界に通じる最高の料理をつくるんですよね」
これはblockhiveの日下さんが来日していたときにしていた、エストニア人のマインドを表現する例え話だ。島国でありながらも、あらゆる文化を取捨選択し、つぎはぎしてきた我が国にも、共感できる部分はあるのではないか。足りないのは、しなやかなポジティブさ。ならば、まずは小さく試せるローカルな環境から、電子ベースの生活をテストすることもできるかもしれない。ネットが有限と無限の境界をなくしたように、矛盾するように思えるものがシステムとしてきちんと機能したとき、不可能だったことは可能になっていく。そうやって社会を動かすのは、きっと、自分や家族の生きる場所を、ストレスなく、より豊かにしたいという人々の願いや愛情、想いなのだ。