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Place for Independent Minds 未来国家エストニアで考えた来るべき「デジタルライフ」のつくり方【前編】

メインビジュアル : Place for Independent Minds 未来国家エストニアで考えた来るべき「デジタルライフ」のつくり方【前編】

99%の行政サービスの電子化に、世界中の誰もが電子住民になれる制度「e-Residency」の導入─。 世界に先駆けて「電子国家」を実現したエストニアで、人々はいかに暮らし、働いているのだろう?
社会や生活のあらゆる場面に溶け込むデジタルテクノロジーとの向き合い方を考えるべく、バルトの未来型国家を訪ねた。

TEXT BY TOMOKO OGAWA
PHOTOGRAPHS BY IRIS KIVISALU
SPECIAL THANKS TO TATSUYA HIROHATA and HIKARU KUSAKA

日本でエストニアが「電子国家」として親しまれるようになったのは、ここ数年のことだ。エストニアはバルト三国のひとつで、フィンランドから約90km南に位置する人口わずか約132万人の国である。当時、人口の半分しか電話を所有していなかったというエストニアは、1991年に旧ソビエト連邦から独立する。IT立国化を国策に定め、社会は急速に変化した。
この国の電子政府「e-Estonia」のインフラのコアとなるのは、分散されたシステムとデータベースを相互連携する情報連携基盤「X-Road」と国民ID番号だ。子どもが生まれると、10分後には政府からデジタルID番号がお祝いメールと共に付与される。2011年からは、そのシステムにブロックチェーンが導入された。また、エストニアはSkype発祥の国としても有名だが、最もスタートアップを始めやすい国ともいわれる。国民ひとり当たりのスタートアップ数は、ヨーロッパで3位。2014年から始まった電子住民制度「e-Residensy」も、オンラインで世界中から起業家を呼び込み、多数のスタートアップを生み出す仕掛けのひとつとなっている。
"e"がもたらした功績について触れる記事は多く目にするものの、実際エストニアの人々は、電子国家「e-Estonia」をどうとらえているのだろう。エストニアの人たちの暮らしを内側の声を通して眺めるべく、真冬の首都タリンへと向かった。

境界を乗り越えていくということ

「CEOという役職には、先見の明と優秀な営業能力が求められる。だから博学ではあるんだけど、同時に何の役にも立たないともいえますよね(笑)。CEOにとっては、周りにいる素晴らしい専門家を集めることこそがアートだから」

そう話すのは、タリン生まれ、AgrelloのCEOハンド・ランド(24)だ。19歳で司法試験に合格するものの、「ブロックチェーン、スマートコントラクトが弁護士に取って代わるなら、弁護士になる意味はない」と、法的拘束力のある電子署名プラットフォームを開発・提供するAgrelloを設立した。きっかけは、タリン工科大学在学中に貿易ビジネスを始めたこと。国際貿易のために大量に処理しなくてはいけない契約書類を前に、彼は思った。「無駄な紙やエネルギーを使わずに、より迅速に契約を行うために、もともとある情報連携基盤システムを使わない手はない」と。そのためにはまず、弁護士ごとの手ぐせのついた契約を標準化し、AIに理解させることが必要だった。学生ながら、彼は大学の教授陣を引き入れ、有力弁護士や暗号技術の専門家チームを編成。成功する起業家は大学を中退する説をはねのけ、駆け足で卒業し、いまに至る。

エストニアのスタートアップマインドを体現するような彼にエストニア人の性質について尋ねると、「2タイプに分かれる。ここを世界と思う人と、ここから世界を見る人」と答えてくれた。何百年もの間、他国に占領された歴史をもつエストニア。古い歴史文献には「小さい場所に住む人」と記されているとか。小さいからこそ、移動は楽ちん。空港から都心まではクルマで10分強。都心から郊外への移動もほぼ30分以内だ。 「大自然にいても4Gが入る(笑)。だから、大国のように境界なんてない!というメンタルはなくて、むしろ境界が近過ぎるんです。それは乗り越えなきゃいけないもので。それにほら、外は雪が降って寒いでしょ。そこで室内でできることを考えると、仕事をするのがいちばん。外へ出る、つまり国を超えてビジネスをすることが、IT国にいながらにしてできるいちばん面白い挑戦です」

エンジニアたちが帰国した理由

タリンを拠点にした、日本人起業家の日下光さんがブロックチェーン事業を行うスタートアップがある。ICOに代わる新しい資金調達手段、ブロックチェーン上で法的拘束力のあるローン契約を結ぶ「ローン型資金調達(ILP)」を提供するblockhiveだ。ここにはふたりのエストニア出戻り組がいると聞き、オフィスを訪ねた。なぜ彼らは母国を離れ、いま戻ることを決めたのか。

ビジネス統合担当のラグナル・レインホフ(33)は、2007年、エストニアで失業したことをきっかけに、起業する友人の誘いでキプロスへ移住する。キプロスには9年ほど、その後ドイツで半年を過ごしたが、どこにいても彼を悩ませたのは紙ベースのお役所仕事だったと振り返る。
「10年前に離れた故郷から15年後れを取っている場所にいるより、先端のITサポートがある環境に戻りたいと思うようになった。住んでると慣れてしまうけど、外に出ると、いかに便利だったか気づく。それが帰国のいちばんの理由です」
戻ってきた当初は、事務処理があまりに簡単すぎて、笑えてくるほどだったという。「休暇に向かう途中、空港で確定申告をし忘れたことに気づいても、スマホを取り出して数分で完了だよ(笑)。処方箋もデジタルIDに保管されているから、薬局に行けばすぐもらえるんだ」

一方、ファイナンス担当のパベル・ルーバン(31)は、2014年から4年間、ラトビアの資産運用会社でCEOを務めるも帰国。理由は、娘の進学先として、英語とエストニア語を学べるエストニアの小学校を選んだから。そして長期的に考えたときに、いまエストニアのスタートアップで働くことに強いポテンシャルを感じたからだ。
「この国のインフラはとてもシンプルで、免許もIDもパスポートの更新もオンラインで済む。でも、電子政府システムがどうやって機能しているかを、ブロックチェーンがその一部に使われていることを知っている人はほとんどいません。ブロックチェーンの価値は、個人情報を自ら管理できることです。いまやインターネットは、あえて語ることもない当たり前にあるもの。ブロックチェーンも、この先そういう存在になっていくはずです」

Photo : タリン駅のすぐそばにあるカルチャースペース「Telliskivi Creative City」。小さなカフェやショップ、本屋が入るほか、テックスタートアップが集まるコワーキングスペース「LIFT99」やフォトギャラリー、地元のラジオステーションもある。

タリン駅のすぐそばにあるカルチャースペース「Telliskivi Creative City」。小さなカフェやショップ、本屋が入るほか、テックスタートアップが集まるコワーキングスペース「LIFT99」やフォトギャラリー、地元のラジオステーションもある。

Photo : 2017年に生まれた「ブロックチェーン×法律」のスタートアップ、Agrello創業者のハンド。自身の独立志向やものの考え方に「エストニアで育ったことは大きく影響している」と、弁護士資格をもつ24歳の起業家は語る。

2017年に生まれた「ブロックチェーン×法律」のスタートアップ、Agrello創業者のハンド。自身の独立志向やものの考え方に「エストニアで育ったことは大きく影響している」と、弁護士資格をもつ24歳の起業家は語る。

Photo : blockhiveのパベル(左)とラグナル(右)は、10代のときから遊び仲間だという。「エストニアは小さい国だからね」というフレーズは、タリンに滞在した1週間の間に何度も耳にすることになった。

blockhiveのパベル(左)とラグナル(右)は、10代のときから遊び仲間だという。「エストニアは小さい国だからね」というフレーズは、タリンに滞在した1週間の間に何度も耳にすることになった。

後編につづく