キャッシュレスで加速する決済とアイデンティティを取り巻く環境変化

キャッシュレスや金融インフラの即時化、5GやIoTといった技術革新で人々の決済スタイルが変化しています。本人確認のための「デジタルアイデンティティ」管理の重要性が高まる中、変化にどう対応するか。方向性を探ります。
【Fujitsu Forum 2019フロントラインセッションレポート】

一括管理から分散管理へ、キーワードは「デジタルアイデンティティ」

本セッションは、ジェーシービー(以下、JCB)の三宮維光氏による講演から始まり、その後、富士通研究所の津田宏との対談の二部構成で行われました。

キャッシュレス割合40%目標に対し、見落とせない日本の「特殊性」

写真 : 株式会社ジェーシービー 取締役 兼 専務執行役員 ブランド事業統括部門長 兼 イノベーション統括部担当 三宮 維光 氏

株式会社ジェーシービー
取締役 兼 専務執行役員
ブランド事業統括部門長 兼 イノベーション統括部担当
三宮 維光 氏

今日、日本では、国を挙げてキャッシュレス決済の普及に取り組んでいます。政府では、決済に占めるキャッシュレスの割合を40%にまで引き上げるという目標を掲げていますが、この40%という数字は、諸外国の統計を参考にして設定されたものです。ただし、海外との比較で見落としていけないのは、日本の「特殊性」についてです。

日本の銀行は、銀行法に基づく他業禁止規制があり、子会社においても他業を営むことが制限されていました。そのため、過去においてクレジットカード事業を銀行が営むことができず、「別の事業体」として発達してきたという歴史的背景があります。

日本の金融事情に合わせ国際ブランドカードとして展開してきたJCB

こうした背景を踏まえた上で、まずはクレジットカード会社であるJCBの歴史を紐解いていきます。JCBは1961年にカードビジネスを開始し、1981年に国内ブランドビジネスを始めました。1984年に国外での現地発行を開始し、国際標準化しました。1989年にバンク・オブ・アメリカと提携し、本格的な国際ブランドとしてビジネスを展開。また1989年には、「グローバル91」という3カ年の中期計画を策定し、営業体制を現地化して海外でのネットワークを拡大しました。その結果、8年間で8万店だった海外加盟店を3年間で50万店にまで増やし、さらには、紙や郵送による手続きのオンライン化を含めた国際システムも稼働しました。

同じ頃、1980年から90年代にかけて、銀行では何が起きていたのでしょうか。1984年、当時の大蔵省が規制緩和に伴い機械化通達を実施、銀行がカード業務をできるようになり、各地でデビットカードサービス(バンクPOS)がスタートしました。しかし、利用者が口座振替依頼書を銀行へ提出しなければならないなど、規制緩和とは対照的な煩わしい手続きがあり、地銀バンクカードが出たものの、利用が伸び悩む結果となりました。

その後、機械化通達が1997年に廃止されたことで、2000年にJ-Debitが始まりました。デビットカードサービスと比べると利用開始手続きが不要で、銀行のカードがそのまま加盟店で使えるという利便性がありましたが、市民権を得るまでは普及しませんでした。私は、様々な事業者が取り組んでいるキャシュレスサービスも同じ課題を抱えていると考えています。

決済のモバイル化で国際ブランドカードの価値が問われる時代に

それでは現在、世界では何が起きているのか。JCBやVISA、Mastercardなど国際ブランドが提供する決済サービスでは、カードを発行するイシュアーと、加盟店と契約してサービスを提供するアクワイアラに対し、JCBなどがブランドをライセンスすることで、国際的な汎用性を確保しています。しかし、今、こうした従来型の決済モデルとは異なる動きが現れています。それは、もともと通信のためのツールだったモバイル決済を適用した中国のAlipayやWeChatPay、インドのPayTMなどです。

図 : 国際化と国際ブランド

IoTや5Gの技術革新と顧客ニーズが決済のモバイル化を後押し

こうした決済サービスが登場した背景には、IoTや5Gなどインフラ技術の革新があります。さらに決済システムは顧客との接点が重視されることの多い仕組みなので、利用者の求める利便性と加盟店が求めるニーズは低コスト、高セキュリティ、省力化という顧客ニーズが変革を先導しているのではないかと考えています。

JCBもモバイル決済ソリューションを提供しています。2005年のおサイフケータイ以降、NFCやQRコードを活用し、決済スキームのモバイル化に取り組んできました。もともとWeChatPayなどは、SNS機能に決済が付加されたものです。このようにアプリを水平展開していくのが良いのか、ハードウェアを含めて決済アプリまでを垂直統合するモデルが良いのか、JCBでも今後の展開を見据えて検討していくべきことと認識しています。

決済のモバイル化がクレジットカード業界に与えるインパクトは大きなものです。国際ブランドのクレジットカードは、JCBなどカード会社がライセンスを与えることによって国際的な汎用性を確保します。ところが、モバイル決済の場合は、例えば中国でAlipayを使っていた人が、隣の韓国へ行った場合、加盟店であればカカオペイが使えます。何のストレスもなく、中国のスキームを韓国で使えてしまうのです。ここに、共通言語としての国際ブランドは存在しません。ようするに、JCBやVISA、Mastercardなどの国際ブランドを経由しなくても、スマートフォンというツールを使えば国境を超えた汎用性が得られるということなります。

リアルタイム決済により進む金融インフラの即時化

現在、ヨーロッパを中心に金融インフラの即時化が進んでいます。いわゆるリアルタイム決済です。クレジットのインフラにおいて、決済は中央で集中してバッチ処理するのが従来のやり方でしたが、ネットワークのコストが下がりセキュリティが高くなっていることを受け、ネット精算することなくグロス取引を、相対する銀行間で、リアルタイムに行う方法です。

モバイル決済や金融インフラの即時化により、金融取引において「国際ブランドが不要となる社会が間近に来ているのではないか」。極論に聞こえるかもしれませんが、クレジットカード業界の我々はそういった危機感を抱いています。

キャッシュレス時代に高まる個人認証など「アイデンティティ」の重要性

モバイル決済やリアルタイム決済などが進む中、重要な問題となるのは個人情報などの「アイデンティティ」というキーワードです。シェアリングエコノミーやサブスクリプションモデルが拡大する中、提供者と利用者の契約において本人確認などを含めて「アイデンティティの重要性」が日増しに高まってきています。このような状況だからこそ、JCBが国際ブランドとして培った技術が活用できると考えています。

ただし、我々がなじんできたのは全てのデータを中央で一括管理し、そのデータを参照することで個人を認証するものです。ところがIoTや5Gの時代になると、大容量データを瞬時に送受信できるようになるため、中央で一括して個人を認証するモデルでは時間がかかりすぎてしまい、歯が立ちません。M2Mのような、従来は想定されていなかった仕組みを決済インフラとして活用する必要性がでてきます。

図 : 高まる「アイデンティティ」の重要性

もうひとつのキーワードは「GDPR」です。パーソナルデータの取得と管理に関するEUの法律で、同意取得やデータ処理に関する説明責任など、かなり細かい要件が定められています。同様のルールは今後、各国へ拡大するでしょう。そこにどう対応するかが大きな課題です。

決済領域でブロックチェーンやM2Mを活用した研究を推進

こうした動きの中、JCBは、決済領域において分散台帳技術の活用と、M2Mなど新たなインフラへの対応を進めます。アイデンティティ領域では、「KYC」「連携」「自己主権」をテーマにした社会インフラ、技術に関する研究を進めます。その実現に必要なのは、中長期的視点で顧客ニーズを突き詰めること、基礎的な技術の研究開発、協業パートナーの3点と考えています。

富士通との協業の歴史を振り返ると、1984年に遡ります。1984年は、JCBカードが磁気化、国際標準化した年です。これまで、JCBが提供する手のひら決済への支援や、e-KYCに関する検討支援をいただきました。今後は、Hyperledger Indyを活用した、「連携」「自己主権」型のアイデンティティに関するPoC(概念実証)や、Connection Chainを活用した分散台帳間の「連携」「価値移転」に関するPoCを実施します。

顧客ニーズというのは、供給側のエゴで作れるものではありません。真の顧客ニーズを捉え、より良い社会へ貢献するには、供給側が変わっていく必要があると考えます。JCBでは今後も「Change」の精神をもって、技術開発や研究に取り組んでいきます。

3つの視点で決済の未来を見据える

JCBの三宮氏の講演に続いて、富士通研究所の津田宏が登壇し、富士通におけるセキュリティのR&Dビジョンを紹介。富士通がセキュリティの三本柱として、「認証・認可」「プライバシー保護」「セキュリティ・インテリジェンス」を設定していることを説明しました。その後、三宮氏と「キャッシュレス」「アイデンティティ」「テクノロジー」をテーマに対談しました。

株式会社富士通研究所 セキュリティ研究所 所長 津田 宏

株式会社富士通研究所
セキュリティ研究所 所長
津田 宏

キャッシュレス

津田 最も気になるワードはキャッシュレスだと思います。1つめの論点として、日本ではなぜなかなかキャッシュレス決済が浸透しないのか。加盟店手数料が問題だという声もあります。その点も含めて、どうお考えですか。

三宮 キャッシュレスは目的ではなく手段です。使う側と使われる側のメリットは何かを明らかにする必要があります。加盟店手数料だけにスポットライトが当たるのは違和感があります。例えば、都会のコンビニエンスストアでは、カードやQRコードも含めてあらゆるキャッシュレスが使えるのに、キャッシュレス率は4割程度です。なぜ、使われないのかも考える必要があります。

キャッシュレスの恩恵のひとつに、現金のハンドリングコストが下がるということがあります。しかしその恩恵をカード会社が受けることはありません。カードを使うと、客の口座から引き落としてそれを加盟店の口座へ振り込みます。ここで発生する口座振替手数料はキャッシュレス業者のコストです。

また、加盟店への支払いは海外では毎日支払いがあるのが通常ですが、日本の場合は多くても月に2回。加盟店手数料が高いからといって仮に0%にして、屋台でもどこでも使えるようにしたとしても、加盟店に売り上げが振り込まれるのが、多くて月1回、もしくはある金額まで貯まらないと振り込まれないとなっていたら、日々必要な仕入れコストなどをまかなうことができません。キャッシュレスを浸透させるには、店舗運営の全体を考える必要があるのです。加盟店手数料だけに絞り、たとえそれを下げたとしても、キャッシュレス決済の利用が拡大するとは思いません。

アイデンティティ

津田 続いて、2つめのテーマに移ります。講演の中で、「自己主権アイデンティティ」というワードが出てきました。技術的に少し補足しますと、これはオンラインで自分が何者かということをどうやって証明するかという技術です。オフラインでは免許証などを見せればいいでしょうが、オンラインだとそれは難しい。現状では、GoogleやFacebookなどのサービス業者に自分の情報を提供して、認証してもらいますが、それに対して考えられたのが自己主権アイデンティティ、つまり、分散型アイデンティティですね。JCBがなぜ自己主権アイデンティティの領域に取り組んでいるのか、その背景を聞かせてください。

三宮 従来は、JCBを含む国際ブランドもデータを集中して管理していました。しかし、国際的な汎用性を得るためのブランド価値が損なわれてきて、今後このスキームでどう使って社会的な価値を得ようかという時、従来のやり方では受け入れられないと考えました。そこで、我々がやるべきことは何なのかと検討した結果、自己主権アイデンティティ、分散型アイデンティティというキーワードでした。

テクノロジー(ブロックチェーン)

津田 3つめの論点はテクノロジーです。講演でお話をされたコネクションチェーンについて、富士通ではブロックチェーンの取り組みを進めています。ブロックチェーンについて、JCBはどのように考えていますか。

三宮 現在は、小さな領域で様々な価値が流通する時代です。今後、自己主権型アイデンティティのように分散化が進むと、様々な価値がある狭い界隈で通用するようになります。その時、異なる価値ときちんと交換できる「交換の仕組み」をどう構築するか。そう考えた時に、ブロックチェーンのコンセプトは非常にマッチすると考えています。

津田 集中管理はセキュリティという視点でもリスクがあります。データが集中していると攻撃されやすい。分散化と、それに伴う価値移転を実現するのがブロックチェーンです。富士通では2018年から、トラスト3.0という重要なキーワードを提示しています。トラスト1.0を支えるのは「人と人の繋がり」。トラスト2.0を支えるのは国や組織、そして、トラスト3.0を支えるのは技術です。その技術として重要なのがブロックチェーンであり、分散型アイデンティティです。ビジネス取引の安全性やデータの信頼性を保証する重要な技術がブロックチェーンです。最後に、2050年に決済はどのように変化していると考えますか。

三宮 移動体通信がない時代に、今のスマートフォンによる決済が想定できた人はいないでしょう。想像するのは難しいのですが、少なくとも紙幣やコインはなくなっているはずです。個人の認証はバイオメトリクスが主流になるでしょう。ただ、現時点で我々が想像できないテクノロジーが登場しているのではないでしょうか。例えば、握手をした瞬間に資金移動するとか、アイコンタクトした瞬間に決済が終わるなど、全く新しいテクノロジーで暮らしやすい世の中になっているのではないでしょうか。

津田 まさに決済のスタイル、そのものが変わっていくかもしれないのですね。変化が加速していく未来には、ますます、トラストとそれを支える技術の重要性が高まっていくようです。本日はどうもありがとうございました。

登壇者

株式会社ジェーシービー 取締役 兼 専務執行役員 ブランド事業統括部門長 兼 イノベーション統括部担当 三宮 維光 氏

株式会社ジェーシービー
取締役 兼 専務執行役員
ブランド事業統括部門長 兼 イノベーション統括部担当
三宮 維光 氏

株式会社富士通研究所 セキュリティ研究所 所長 津田 宏

株式会社富士通研究所
セキュリティ研究所 所長
津田 宏