• ホーム
  • 金融・保険
  • キャッシュレス社会に向けた金融・銀行界の取り組み 金融庁・中央銀行・銀行界からみた方向性と課題(後編)

キャッシュレス社会に向けた金融・銀行界の取り組み 金融庁・中央銀行・銀行界からみた方向性と課題(後編)

キャッシュレス社会の実現に向け様々な決済サービスが提供されています。便利な決済サービスが増える一方で、社会を支える決済の仕組みには安心・安全やインターオペラビリティ(相互運用性)が求められます。これまで日本の決済の仕組みを支えてきた銀行界はキャッシュレス化に向けどのような取り組みを行っているのでしょうか。
【富士通フォーラム2019インダストリーセッションレポート】

前編からの続き)

本セッションの後半では、明治大学の小早川周司氏、三井住友銀行の渋谷愛郎氏、全国銀行資金決済ネットワーク(以下、全銀ネット)の千葉勇一氏に、中央銀行、銀行業界の視点からキャッシュレス化に向けた期待と課題についていくつかのテーマでディスカッションを行いました。

キャッシュレス化に向けた銀行界の取り組み

まずは、銀行業界におけるキャッシュレス化の取り組み状況について、各登壇者の立場から見解をおうかがいました。

明治大学
政治経済学部教授
元日本銀行 決済機構局参事役
小早川 周司 氏

元日本銀行参事役、明治大学政治経済学部教授の小早川氏より日本のコンテキストに合ったキャッシュレスのあり方を考えるべきであるとの問題提起を頂きました。

日本のキャッシュレス比率は18%で国際的に低いと言われていますが、これの統計はクレジットカード、デビットカード、電子マネーの3つの決済金額から算出されています。この計算方法はグローバル共通の比較ができる点が優れている反面、3つの決済手段以外が含まれていないことに注意が必要です。
例えばスウェーデンはキャッシュレス先進国と言われますが、先ほどの3つの決済方法に絞り込むとキャッシュレス比率は50%程度です。これは3つの決済手段以外に銀行口座からの振込や口座振替等のキャッシュレス決済が盛んであるため、キャッシュレス化が進んでいる割に“国際比較できるキャッシュレス化率”が低くなっているのです。
日本の場合も既に便利な銀行決済のインフラが整っていることからキャッシュレス化を進めるにあたり、銀行口座を利用した送金を活用する議論は避けられないはずです。
日本では、国内で流通している現金通貨は100兆円あるとされており、預金通貨は700兆円、定期預金等の準通貨は400兆円あるとされています。預金通貨と準通貨は銀行が発行するものであり、預金保険によってある程度のリスクが保証されていることから、今後、日本が一段とキャッシュレスを推進するにあたって強力なツールになるのではないでしょうか。
また、国内ではQRコード決済サービスの提供が盛んになっていますが、個人的にQRコード決済の利便性はもの足りないと感じています。例えばスマートフォンアプリを起動し、パスワードを入力してQRコードをかざす、QRコードを撮影し金額を入力するといたプロセスは、カードやスマートフォンをタッチするだけで決済できるNFCよりも利便性の面で劣ります。
QRコード決済が普及している中国では、決済サービスの利用環境が不十分な状況においてQRコード決済が登場し、支持を得ました。一方、日本は、先に紹介した銀行の決済インフラ、電子マネー等のNFCといった利便性の高い決済インフラが既に普及しており、中国とは状況が異なります。我々は日本の実情に即したキャッシュレスを考えるべきではないでしょうか。

小早川氏の問題提起を受け、三井住友銀行執行役員の渋谷氏より三井住友銀行、銀行界が取り組んでいるキャッシュレス決済サービスについてお話しいただきました。

株式会社三井住友銀行
執行役員
トランザクション・ビジネス本部長
渋谷 愛郎 氏

三井住友銀行トランザクション・ビジネス本部では①お客様の資金決済業務、②銀行間の資金決済業務(モアタイム対応等を含む)、③決済業務の多様化、例えばキャッシュレス、デジタル化等、3つの業務を行っています。
キャッシュレス、デジタル化に関連する事業をご紹介します。GMOペイメントゲートウエイ様との提携による決済代行ビジネス、ブリースコーポレーションのコンビニ払込票の電子化や、取引先向けBPOサービスがあります。

私たちがキャッシュレス化の対象と考える現金100兆円の内、30兆円は2021年までにキャッシュレス決済に移行すると予想しています。よって、追加で考えるべきことは残りの70兆円をどう減らすかです。
日本人は既に多数のキャッシュレス決済手段を保有しています。クレジット、デビット、電子マネーのカードを平均8枚持っています。お財布ケータイもあります。 このことを考えると、新しい決済手段を作るより、既存の決済手段を使いやすくすることが、キャッシュレス推進に有効と考えました。

私たちができることは、利用者に安全性を訴求しながら、利用者が選ぶ決済手段がどこでも使える環境を作っていくことであると考えます。
銀行界が取り組んでいるキャッシュレス化の取り組みとしてJ-Debit基盤を活用したBank Payがあります。同サービスは、参加する全ての銀行の口座から直接決済が可能なサービスです。

銀行間の資金決済を支えるシステムを運用している全銀ネットの千葉氏から決済インフラの高度化に向けた取り組みをご紹介いただきました。

一般社団法人 全国銀行資金決済ネットワーク
企画部
総務企画グループ長
千葉 勇一 氏

全銀ネットは銀行間の振込を実現する「全銀システム」を運営しています。全銀システムには、国内におけるほぼ全ての預金取扱金融機関が参加しており、1日あたり平均で約650万件、約12兆円の振込を処理しています。全銀システムは、この広範なネットワークにもとづく利便性のほか、世界に先駆けて即時入金を実現した先進性と、稼働開始から運用時間中に40年以上オンライン取引を停止したことがないという信頼性を備えていることが特徴です。

また昨年、全銀ネットは24時間365日振込の即時入金を実現する「モアタイムシステム」や、企業間の振込電文をXML電文(ISO20022)へ移行し経理業務の効率化等のために企業間の振込データに様々な情報を紐づけられるようにした「全銀EDIシステム(ZEDI)」を稼動させました。さらに、新技術の活用方法の検討として、ブロックチェーンのPoC等も行いました。

キャッシュレスに関して言えば、現在日本では、決済サービスを提供するプレーヤーが多様化する環境にあります。これらのサービスについて、インターオペラビリティ(相互運用性)の観点等も踏まえ、決済インフラとしてどのような関わり方をしていくべきか検討を進めています。

決済インフラの「インターオペラビリティ(相互運用性)」と運用コスト

神波 千葉様よりキャッシュレス化の実現に向け様々な決済サービスが提供される現代においてインターオペラビリティ(相互運用性)というキーワードを頂戴いたしましたが、決済サービスを提供するプレーヤーであられる銀行としてはどのようにお考えでしょうか。

富士通株式会社
シニアマネージャー
神波 健

渋谷 インターオペラビリティ(相互運用性)は決済高度化官民推進会議においても、多様なP2P送金手段の協調の必要性として議論されていました。
まず銀行のインターオペラビリティを説明します。
同じ銀行の口座内はもちろん資金移動できます。異なる銀行間でも全銀システムによって銀行間決済が可能となっています。銀行界は、お客様の銀行口座、全銀システム、お客様とのインターフェースとしてATMなど、インターオペラビリティを実現するために多大なコストをかけています。
現在様々な事業者によってP2Pの決済サービスが提供されていますが、これは一つの銀行内で資金移動しているのと同じです。複数のサービス間のインターオペラビリティを実現するには、複数のサービスを繋ぐのにコストが発生します。実現のためには、このコストを誰が負担するのかが課題ではないでしょうか。
銀行は、不正送金対応など安全、安心にも多額のコストをかけています。
銀行は各種キャッシュレス決済サービスに対し、連携やAPI接続を行い安全・安心な決済の機能を提供することによってインターオペラビリティに貢献していると考えています。

千葉 全銀ネットは昨年度、協調領域である銀行間決済の効率性向上等に関する検討として、「新銀行間決済プラットフォーム」においてブロックチェーンを用いた実証実験を富士通と行い一定の有用性の確認を得るに至っています。
一方、明らかになった性能面等の課題や、先ほどの渋谷氏の話にあったような様々なキャッシュレス決済サービスとどのように連携していくのかといったことが、今後の検討ポイントとなっています。

小早川 千葉氏から銀行間資金決済にブロックチェーンを活用する実証実験を行ったとのお話しがありましたが、海外では中銀システム自体にブロックチェーンを取り込んでいけるのかを巡って調査研究が進んでいます。例えば、シンガポールやカナダでは、銀行間決済用の中央銀行デジタル通貨を用いて海外送金が安全に実現できるのかについて検討されています。

日本における中央銀行デジタル通貨の可能性

神波 中央銀行が発行するデジタル通貨のお話しがありましたが、日本において、日本銀行によるデジタル通貨の発行は起こり得るのでしょうか。

小早川 日本銀行では、欧州中央銀行とブロックチェーンの技術検証を行うプロジェクトStellaの中でデジタル通貨の実現可能性等について研究しています。ただし、このプロジェクトの射程は、銀行間決済でのデジタル通貨の利用に限定されており、一般の皆さんがイメージするようなリテール決済におけるデジタル通貨は扱っていません。

個人的には、家計や企業が決済を行う際に使う現金をデジタル化するよりも、銀行間決済にデジタル通貨の技術を活用する方が親和性が高いのではないかと考えています。もっとも、現時点では中央銀行のシステムをこうした技術で置き換えるのは時期尚早です。
他方、リテール決済に使うデジタル通貨を検討している国もあります。例えば、キャッシュレス化が進んでいるスウェーデンでは、現金を補完する手段としてe-kronaが検討されています。ウルグアイやバハマでは、現金コストを削減する目的でデジタル通貨が検討されています。このように中銀デジタル通貨について検討が進められている国が散見されますが、世界的にはデジタル通貨の導入に懐疑的または否定的な中央銀行が多く、中銀デジタル通貨は限定的な動きに止まっています。

やや長い目でみると、中銀デジタル通貨の実現に向けては、通貨を構成する3つの機能、すなわち「支払手段」、「価値の保蔵」、「価値の尺度」としての機能を従来の紙幣や硬貨と同様に果たすことができるかが課題です。また、デジタル通貨の金利の扱いについても慎重な議論が必要です。
現在の紙幣は、印刷技術の登場によって生産されるようになり、独立した中央銀行がその価値を保証するという制度的な枠組みがあります。これを分散台帳技術とスマートコントラクト技術によって代替できるようになると、将来的には、その価値を保証する中央銀行の必要性が失われてしまう可能性もあります。

また、キャッシュレス化によって匿名性のある決済手段が失われてよいのかという論点があります。キャッシュレス決済導入の目的には、決済の情報を把握することによる租税回避や資金洗浄の防止があると思います。しかし、匿名性のある取引ができなくなる/やりにくくなるということが社会ならびに金融経済にどのようなインパクトを与えるのか、自らの取引情報を知られたくない権利との兼ね合いで、慎重に評価していくべき論点ではないかと思います。

神波 銀行界として中央銀行デジタル通貨についてどのようにとらえていらっしゃるのでしょうか。

渋谷 完全に私見になります。日本国内においてキャッシュレスのためとして考えると、必要性に疑問を感じています。民間銀行の間では、日本銀行当座預金を通じてデジタル化された円で決済が行われています。お客様も民間銀行の口座を通じてデジタル化された円で決済できます。

日本銀行が個人の決済のために新たなデジタル通貨を発行するなら、各個人が持つ新たなデジタル通貨決済手段、デジタル通貨管理のインフラ、使用場所での支払手段等、新たな投資とコストが必要になります。キャッシュレスのためであれば、新しく作らなくても、既存の民間銀行口座と電子マネーやデビットカードで十分だと考えます。

千葉 個人的な見解としては、デジタル通貨の発行に当たり、誰が誰に対して発行するのか、決済リスクの観点からの設計や運用をどのように行うのか興味があります。中央銀行がデジタル通貨を発行する場合、誰に発行するか、金額に制限は設けるのか等、検討しなければならない点は多くあると思います。

キャッシュレス社会の実現に向けたICTへの期待

神波 ここまで、キャッシュレス化の実現に向けたインタオペラビリティー(相互運用性)の確保、キャッシュレス化の更に進んだ世界として中央銀行デジタル通貨についてお話しをおうかがいしてきました。最後に将来のキャッシュレス決済のインフラ、サービスの実現に向けICTに期待することを教えてください。

小早川 これまでの現金社会では、印刷技術等を高めることによって安全性の確保や偽造対策を行ってきましたが、キャッシュレス社会ではICTによってこれらを実現しなければなりません。社会を支える決済インフラの整備は、富士通をはじめとする伝統的なICTベンダーに頼るべき領域と考えています。今後は、先進技術の活用による決済の匿名性の確保等、キャッシュレス社会の実現に向けた課題の解決を期待しています。

千葉 決済インフラとして、地に足の着いた議論が求められる一方で、新技術の採用要否の検討に時間がかかり、時間切れになるのも問題であると考えています。新しい技術をタイムリーに情報提供し、具体的な提案を、気概をもって提案してもらえることを、ベンダーには期待しています。

渋谷 キャッシュレス化を実現するためにはお金だけのデジタル化ではなく、請求書や払込票を無くす等の周辺のデジタル化も必須と考えています。富士通には弊行のデジタルサービスにおいて重要な役割を担っていただいており、将来の技術動向を見据えた先進的な取り組みを共に進めることができれば良いと考えています。

登壇者

明治大学
政治経済学部教授
元日本銀行 決済機構局参事役
小早川 周司 氏

株式会社三井住友銀行
執行役員
トランザクション・ビジネス本部長
渋谷 愛郎 氏

一般社団法人 全国銀行資金決済ネットワーク
企画部
総務企画グループ長
千葉 勇一 氏

富士通株式会社
シニアマネージャー
神波 健