量子コンピューティングは夢から現実へ

ノーベル賞を受賞した物理学者のリチャード・ファインマンは、1982年、並外れて処理能力の高い計算機を構想しました。演算をごく小さな粒子に委ねる計算機です。ファインマンは、原子を構成する粒子のレベルで自然界を支配する原子物理学の法則にちなみ、このアイデアを「量子」コンピュータと呼びました。

現在では、富士通IBMグーグルインテルマイクロソフト、および中国のアリババなど、テクノロジー業界の最大手企業が、このアイデアの実現に取り組んでいます。このような最先端のマシンの開発競争には、歴史ある大企業だけでなく、米国カリフォルニア州を拠点とするリゲッティ社のような新興企業も加わり始めました。量子コンピュータが実現すれば、エネルギー、医療、金融をはじめとするさまざまな業界が、未だかつてないスピードでデータを処理できるようになり、大きな変革が起こると予測されているのです。

大手銀行のJPモルガン・チェースと自動車メーカーのダイムラーは、このテクノロジーのテストをすでに開始し、最終的にはライバル企業に先行して成果を上げることに期待しています。

各国政府も、この分野に地政学的な意味があることに気づいています。すでに中国は100億ドルをかけて量子コンピューティングの国立研究所を建設しており、西側諸国では、後れをとる可能性を懸念する声が上がっているという具合です。

先頃の、米国政府機関が機能不全に陥った時期に、共和党と民主党は両者の意見の不一致を一旦脇に置き、10億ドルを超える予算を確保して、「量子に関する統合国家戦略を策定」しました。敵対する陣営が協力に踏み切る要因として、他国に出し抜かれる恐怖心に勝るものはありません。

では、量子コンピュータの構造を生物に喩えて、その頭脳、心臓、骨格、神経、外殻にあたる部分を個別に見ていくことにしましょう。

1. 頭脳

CPUはよく知られていますが、ここで登場するのは、QPUと呼ばれる量子処理ユニットです。たとえば、スタートアップ企業のリゲッティ社による写真の量子コンピュータは、金メッキされた銅製のディスクを特徴とし、その内部に計算機の頭脳を構成するシリコンチップを備えています。コンピュータのそれ以外の部分は、ほとんどがそのチップを低温で安定的に保つために設計されたものです。

2. 心臓

ツナ缶のような熱交換器の下に、「ミキシング・チャンバー」が取り付けられています。その内部では、液体ヘリウムの同位体(ヘリウム3とヘリウム4)が混ざり合い、このヘリウムの分離と蒸発によって熱が放散されます。

3. 骨格

複数の金色のプレートは、ウェディングケーキのような量子コンピュータにおいて層を成しています。これらの層は、冷却ゾーンを隔てる役割を果たすものです。3の層でも絶対零度近くまで温度が下がりますが、さらに最下層では宇宙空間の数百倍も冷たい絶対温度0.01Kに冷却されます。

4. 神経

光子を運ぶ同軸ケーブル内のコイルは、ただの飾りではありません。これらは、内部の過冷状態によって生じるストレスを和らげ、ケーブルを保護するために存在します。コイルがなければ、ケーブルは音を立てて折れてしまうでしょう。

5. 外殻

量子コンピュータの動作中は、5つの入れ子構造の覆い(画像上部に見える白い容器など)がマシンを包んでいます。このロシアのマトリョーシカ人形のような容器は、熱シールドとして、マシン内部が過冷され、真空で密閉された状態を維持する役割を果たすものです。

「これはまるで、宇宙開発競争の現代版のようです」と話すのは、インテルの量子ハードウェア担当ディレクターであるジム・クラーク氏です。

量子コンピュータ開発の一般的なアプローチでは、これまでの半導体業界の成果を基盤とする、超伝導回路を使用します。通常のコンピュータが、「0」か「1」のいずれかの状態を保持するビットを情報の最小単位として扱うのに対し、量子コンピュータでは「キュービット」とも呼ばれる量子ビットを使用します。不思議な話ですが、この量子ビットの粒子は、一度に複数の状態を共存させて保持することが可能です。ただし、これらの粒子の流動性を維持するためには、それぞれが分離された状態を保ち、低温を維持する必要があります。それも、ごくごく低い温度でなくてはなりません。

そのため、IBMの量子戦略責任者であるボブ・スーター氏は、同社が1月に公開した20キュービットの量子コンピュータを紹介する際に、「皆さんがご覧になっているのは、世界一高価な冷蔵庫です」と説明したほどです。

一方、IBMで量子コンピュータの構築に関わっていた物理学者が創業したリゲッティ社は、小規模であるにも関わらず、巨大企業に挑戦できると確信しています。同社は、量子コンピューティングのクラウドサービスを提供する会社であり、そのターゲットは、量子コンピュータが従来のコンピュータを凌駕することを指す「量子の優位性」を最初に実現しようと競争を繰り広げている研究者たちです。

科学者たちは、今後数年で徐々に量子の優位性が実証されていくと予測しながらも、このテクノロジーが実際に何らかの有意義な作業を扱えるようになるまでには、まだ最長で10年はかかると考えています。

量子コンピューティングの現状について、そのリゲッティ社の副社長であるベッツィ・マシエッロ氏は、次のように述べました。「実際に機能する量子コンピュータを私たちが構築できるのか? そして、それを大きな規模で繰り返し機能させられるのか? と、いつも皆さんから質問されてきました。それに対して、私たちは現時点の市場を対象に『イエス』と答えることができます。私たちは現実に量子コンピュータを構築でききており、それは正しく動作するものです。しかも、製品を生産するレベルで、それを繰り返し機能させることもできています。」

ということで、量子コンピューティングが、ここまで実現していることを理解していただけたでしょうか? 競争の火ぶたは、まさに切って落とされたのです。

この記事は、20193月に「Calculating Quantum Computing’s Future(量子コンピューティングの未来を予測)」というタイトルでフォーチュン誌に掲載されたものです。

 

この記事はFORTUNE向けにロバート・ハケットが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comにお願い致します。