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北海道神恵内村のウニ・ナマコを世界へ ~ICTで進化する陸上養殖~(後編)「小さな村が生きる新しい道」

(写真左から)
Fishtech開発リーダー兼デザイナー 國村 大喜
神恵内村村長 高橋 昌幸 氏
株式会社沿海調査エンジニアリング社長 大塚 英治 氏

(前編からの続き)

2018年、北海道の神恵内(かもえない)村で 「Fishtech®(フィッシュテック)養殖管理」 第1号の運用実証が始まりました。地元特産のウニ・ナマコの陸上養殖をICTで支援するこの取り組みでは、自治体・地元企業・富士通が一丸となって、どのような未来を創っていくのでしょうか。また神恵内村と日本の水産業にとって、ICTは今後どのような期待とミッションを担っていくのでしょうか。3人のキーマン、神恵内村長の高橋昌幸氏、沿海調査エンジニアリング社長の大塚 英治氏、富士通の國村大喜から、それぞれの思いを聞きます。

漁業者と危機感を共有できるようになり、変わってきた

村役場の職員時代は半分以上の年月、産業畑を歩いてきて、漁業者との関わりも多かった。

高橋 北海道では自然の恵みをいただいて生活が成り立ってきた歴史があって、養殖なんかしなくてもいいんだという考えも根強くて、今までなかなか本格的に養殖に取り組めなかったんです。でも私は役場で産業畑を歩いてきたものですから、新しい道を模索することが大事だと以前から思っていました。先ほど(前編で)お話ししたように2016年から海でウニの養殖実験を始め、漁業者主体で進めてきて、2018年からは「Fishtech®養殖管理」によるウニとナマコの陸上養殖が始まって、神恵内村の漁業者の方の意識も変わってきて危機感を共有していただけるようになったと感じています。

私はなんとか漁業者の所得を上げたい。まず10%アップを目指しています。労働力も不足してくる時代ですし、後継者も多くない。でも90歳を超えても漁業をやりたいと頑張っている方もいるんですよ。そういう方が働けるような場を作ったり、皆で労働の喜びを共有できる村にしたいと思っています。例えば海で漁ができる間は海に出て、そこで生産できる方は海でする。それが難しくなった人は陸で養殖を一緒にやろうと。

神恵内の最大の自慢は「人」だと村長は語る。「人が温かい。みんなで支え合っていこうという気持ちがあるんです。」

「神恵内のウニは美味しい!」と世界の人に言ってもらいたい

ウニは新鮮なものほど甘い。高橋村長の好きな食べ方は
「生ではもちろん、お吸い物や(ホイルに乗せ)焼くのもいいね。」

高橋 現場の職員も私も「Fishtech®養殖管理」の現場に行って感じるのは、水槽の中の水質管理などが非常にしやすいことですね。タッチパネルや遠隔操作もとても簡単で、これなら人手も随分かからずに進められるんじゃないかと期待しています。ぜひこれからも、現場で気づいたことを私たちから『こうした方がいいんじゃないでしょうか』とご提案しながら、ウニやナマコが過ごしやすい環境を整えられるシステムを作り上げていければと思っています。

ウニに餌の白菜(キャベツの日もある)を与える塚本さん。養殖技術の専門家として神恵内村の職員に迎えられた。

こういう小さい村ですから職員にも限りがありますし、能力的にも全て備わっているとは私は思っていないんです。ですから専門家の方、民間、公的問わず、様々な方にご助言いただいたり、お力添えいただきながら今までもやってきました。ぜひこれからもいろいろな方々とタイアップして養殖事業環境を作っていきたいと思いますし、この小さな神恵内村から先駆的な方法や技術や、そして成功例を発信していければいいなあと思います。

通信インフラもない村での挑戦

入り江に面した事務所には、国際色豊かな水産物のアートが置かれている。壁のポスターはタイ語の魚図版。

大塚 ウニやナマコを飼う海水の水槽からデータを出すという先例がなかったので、富士通さんがそれ以前に先行して取り組んでこられた農業や陸上の淡水を扱う場合と仕組みやセンサーの種類が違って、それらがありそうで揃っていなかったことですね。もう一つは、神恵内村は過疎の地域で通信環境が非常に悪いんです。光通信が来ているところはごく一部で、漁港に行くと通信環境をどうするかというところから始まります。インフラのないところでどうやってクラウドにデータを上げるかという部分では、少し苦労しています。

富士通さんとこういったお仕事をするのは初めてですが、いろいろな契約だとか、規模感の違いがありますよね。沿海調査エンジニアリングは北海道の小さな会社ですし、神恵内村は人口800人ちょっとの小さな村です。そういったところが大手の会社さんとお付き合いするというのは、ありそうでなかったのかなと思います。ただ目指しているゴールが一緒ですから、今回いい形でチームを組めたなと思いますね。

「Fishtech®養殖管理」で元気に成長中のウニたち。定期的に重さや大きさを計測する。

データ化により養殖トレーサビリティにもつながる

大塚 “Fishtech”の価値として大きいなと思うのは、まずデータが見える、データが共有できるようになることですね。養殖場などで、生き物を飼うという重圧の中で働いている人たちは、殺さないためにいろいろな仕事をされているわけですが、当然ストレスになりますよね。地方の担い手不足の中で、そう言った仕事に人材を確保すること自体も、近い将来すごく難しくなってくると思います。重圧が誰かの肩だけに乗っているという状態ではなく、ワンストップでデータ化されてデータが共有できるというのは非常に大切なことです。

管理者の阿部さん「生き物に休日はない。陸上養殖が本格的になり大量になった時に、
“Fishtech”がさらに力を発揮すると期待しています」

今はまだ陸上養殖の“Fishtech”は試験的で、これから実際に出荷からお客様の手元に届くまでのトレーサビリティを取っていくなどいろいろな課題はあるけれど、まだまだ開発できると思います。これまでの天然のウニ・ナマコを獲っているお仕事とはある意味世界観が違うので、なかなか説明してもわかりにくいですが、実際に水槽を置いて実装させてやってみると、見に来ていただいて「おっ、コレなんかいいね」と言ってもらえる。道内・国内・海外からの視察依頼も増えてきており、先日は某国総領事館の方々もお見えになりました。

漁業のあり方が変わり、テクノロジーは欠かせない

大塚 漁業者さんは今までは、誰よりも早く一番いい漁場に行ってたくさん獲って、それを売るというお仕事の仕方をしてきていますよね。いいところは教えたくないという発想も当然あると思いますので、情報を共有することに対してネガティブな部分は確かにあるかもしれません。ただこれだけ漁業者の数が減ってきて、ある一定量の漁獲量を下回ると、今度は市場が形成されなくなってしまいます。地域の限られた漁業者さんには、いち早く安定的に稼げるようになる方法が必要で、そのためにはテクノロジーは欠かせないと思います。

「スマートフォンが普及したことで、漁業者さんがいろいろなデータに触れる環境が整ったと思います」

北海道の他の地域で、ナマコの資源管理が漁業者さんに根付いた事例があるのですが、うまくいったきっかけはタブレットの導入です。漁場で船の上でタブレットにデータ入力ができて、暇な時にはタブレットでいろいろな情報をとれる。どういう環境でどんなツールが使えるかというところは大切だと思います。そういった事業の流れが“Fishtech”にはありますので、より一歩進んでトレーサビリティまで含んだものになって、漁業者さんが現場にいながらにして世界につながるというのはかっこいいですし、必要だと思います。

海の安全を祈願する厳島神社は1603年創始。社紋は松前藩の家紋。7月の例大祭には海上御渡など神事が盛大に行われる。

神恵内村が“Fishtech”を使って先進的な事業をやっているということを世の中に知っていただけると、これはお金に代え難い価値が出ます。実際に関心を持っていただいて、ウニ・ナマコが価値を帯びて販売されていくと人もお金も地域に流れ込んで来ますので、次に村のためにどういう再投資をしていくか考えられます。小さな村だけれど世界とつながる。『何かカッコいいよね』という世界観が村のイメージにつながっていくお手伝いを私たちもさせてもらいたいなと思っています。

効率化・高度化だけでなく、地方創生の力になりたい

國村 今の第一の目標は、まずこの神恵内のウニ・ナマコの養殖管理を成功させて、ビジネスを成功させる。そして得た資金によって神恵内、そして近隣の地域が潤っていくことです。神恵内の皆さんと力を合わせて取り組んでいきます。

今回のプロジェクトには、國村が積み上げてきたこれまでの様々な経験が集約されている。

富士通はAIやIoTなど先進テクノロジーを使えるバックグラウンドを持っているので、今までにない養殖管理の効率化・高度化を進めていけると考えています。その一方で“地域振興のためのデジタルコンテンツ”と私は呼んでいるのですが、地域の発展のための起爆剤としてこの養殖管理システムを使ってほしいです。実際に養殖されている方々自身がタブレットを使って、こんなに良いものを作っているのだということをプレゼンテーションしたり、「Fishtech®養殖管理」を活用することによって地域の人々の声を生み出して交流が生まれたり。特に神恵内では漁業者の方々が、海がシケの時も陸上養殖ができるといった新たな雇用形態も作り出して行けるのではないかと思っています。

神恵内村の方々との出会いには、本当に感謝です

國村 神恵内村との出会いは、天の采配というか、私たちの“Fishtech”というものの確固たる形がまだなかった時から夢を感じて託してくださったことに、まず感謝したいです。自分の能力を活かせて、なおかつ世の中の役に立てるという両方が満たされる機会は願ってもなかなか現れないものですが、今回のプロジェクトでは今まで培ってきた技術と経験を活かして作ったものが神恵内の皆さんに喜んでいただけて、さらにこれからいろいろな夢を担っていけるシステムだと思うので、プロジェクトリーダーとして誇りと責任を感じています。

水産資源を次世代に残すために、ICTやデザインの力を使う

國村 日本は海の国、海洋の国です。漁業については魚の乱獲など日本自身の資源管理がまだ十分にできていないですし、養殖に関してもまだまだ発展途上です。ICTやデザインという力を使って養殖現場を取り巻く様々な状況を一つ一つ最適化していき、地域で生まれた特産物を世界に届けたり、地域が新しい文化や魅力を発信したりできるような、視野の広い養殖管理システムを作っていきたいです。そして水産業のあるべき未来のために、日本と世界の水産資源を次世代に残していくために力を入れて取り組んでいきます。

プロフィール
高橋 昌幸 氏

神恵内村村長

1950年北海道神恵内村生まれ。1970年神恵内村役場に奉職以来、産業課長、住民課長などの職を経て、2005年2月、神恵内村長に初当選。現在5期目。
北海道漁港漁場協会会長、全国漁港漁場協会副会長、全国漁港海岸防災協会副会長、全国市町村水産業振興対策協議会常任理事などの要職を務めながら水産業の復活・発展のために奔走中。

大塚 英治 氏

株式会社沿海調査エンジニアリング 社長

1969年小樽市生まれ、東海大学工学部海洋開発工学科卒業後、(株)沿海調査エンジニアリングに入社。海洋調査技師、ダイビングインストラクターとして各地の漁村振興に携わり2014年8月から現職。東海大学非常勤講師や(一社)小樽観光協会理事を務め、海の地域活性化に向け教育や観光へ取り組む。

國村 大喜

富士通デザイン株式会社

1985年京都生まれ。京都大学工学部物理工学科卒業後、筑波大学大学院ではプロダクトデザインを専攻。その後富士通デザイン株式会社でUIデザイナーとしてのキャリアを積む。18年度は富士通本体の営業部隊に異動し、水産ビジネスの立ち上げに尽力。釣り人であり無類の魚好き。