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北海道神恵内村のウニ・ナマコを世界へ ~ICTで進化する陸上養殖~(前編)「持続可能な水産業のために」

神恵内(かもえない)村は、北海道積丹半島西側の日本海に面した漁村です。人口900人に満たないこの小さな村で、2018年から特産のウニとナマコの陸上養殖事業をICTで支援するシステム「Fishtech®(フィッシュテック)養殖管理」の運用実証がスタートしました。

新しい発想とテクノロジーで日本の水産業を活性化する先進的な取り組みが、なぜ神恵内村で始動したのか。自治体、地元企業と富士通がタッグを組んだプロジェクト誕生の経緯をキーマンの三人、システムデザインのチームリーダーである富士通・國村大喜、村をまとめビジョンを示す神恵内村村長・高橋昌幸氏、“Fishtech”に最初に着目した沿海調査エンジニアリング社長・大塚英治氏から話を聞きます。

日本の水産業にふさわしい “Fishtech”をつくろう

國村 世界の水産資源は、この40年で約半分が乱獲や環境破壊によって失われたと言われています。持続可能性という課題に水産業でもICTの役割が求められ、富士通は2018年から“Fishtech”というコンセプトを掲げて取り組み進めています。

富士通デザイン株式会社
國村 大喜

私たちはまず水産先進国、特に養殖先進国とされるノルウェーやデンマークなど北欧の現場を見に行ったのですが、彼らには産官民が一緒に進めてきた国家的なシステムがあり、フィヨルドの深い地形でサーモンやマスという魚種に特化して育てていました。一方日本にはもっと多様な魚種がいます。それらの養殖は各所で高い技術によって行われています。日本には日本の水産にふさわしいICTを形作っていく必要があるという思いを強く持って帰国しました。

神恵内漁港4月の朝の風景。ヤリイカ、マス、ホッケ、ヒラメなど多様な魚種が荷揚げされる。

本来あるべき姿をICTでサポートしデザイン

國村 日本の水産業には様々な課題がありますが、養殖産業も漁師さんの長年の経験と勘に基づいて行われてきたために、高齢化と担い手不足、海洋環境の悪化などが原因でこれまでの方法では事業の継続が難しくなっています。養殖管理システムも個々の技術はあるけれど、有機的に結合した姿はまだ描かれていません。この現状をICTシステムによってサポートし、個々のテクノロジーを結んで『本来あるべき姿』を考えデザインしたのが私たちの「Fishtech®養殖管理」です。

神恵内村の美しい入江。「かもえない」はアイヌ語で「美しい神の沢」という意味の「カムイナイ」に由来する。

ニシン漁で栄えた村。神恵内の漁業をもう一度再生したい

高橋 神恵内村は、北海道では早く松前藩の頃から拓けた村です。江戸時代からニシン漁が盛んで、一時は非常に隆盛を誇って豊かに過ごしてきたのですが、ニシン漁の衰退とともに年々漁獲が減少し、現在は非常に厳しい状況となっています。昭和20年代から40年代は19トン型や39トン型の漁船が主流でしたが、今では一艘もいない。小型船だけで頑張って漁業を営んでいる状況です。歴史的に漁業で生活してきた村としては非常に残念な状況で、なんとかこの漁業をもう一度再生したいという思いで対策に取り組んでいるところです。

神恵内村村長
高橋 昌幸 氏

起死回生にウニ養殖をスタート、魚を待つ漁業から生産できる体制へ

高橋 これからは魚を待っているような漁業はなかなか大変になってきます。特にこの日本海地域は栄養分が少ない海域ですが、近年は海水温の上昇などいろいろな条件が重なって、低生産地帯です。国としても水産日本の復活を目指し、安定的に生産できる体制を構築するために養殖による対策を考えるようになり、北海道でも養殖対策に取り組むようになりました。神恵内ではこれまでもウニやナマコ、アワビ、サケ、マス、ホタテ、ヒラメ等々の養殖を手がけてきたのですが、爆発的な成功がないんですね。

コバルトブルーの海が広がる神恵内。ニシン漁が隆盛を極めた大正元年には北海道一の漁獲量を記録した。

起死回生のつもりでウニとナマコでやってみたい。特にウニを一年中安定的に供給できる体制を取れるようにしたいです。神恵内村のウニはとても美味しいのですが、漁期が短く6月半ばから8月で終わり。需要は多いので冬にも収穫できるようにならないかと、2016年から岩内町と一緒に海でウニの養殖を試してきました。これをきちんと管理することによって、さらによい生産体制が取れるのではないかと模索していたところに富士通さんの“Fishtech”のお話があり、うちの職員や水産とタイアップしている民間会社の方々からご意見をいただいて「やってみよう!」ということになりました。

神恵内村「Fishtech®養殖管理」の実証試験場は、元アワビの種苗育成施設。ICTの最新技術と古い建物のギャップが近未来的。

神恵内村に外とつながるソフトがあったらいいなと思っていた

大塚 水産業界や海に関わる今までの日本のシステムは、狭い領域のものが多くて、神恵内の小さな漁村に外と繋がるソフトがあったらいいなあと常々思っていました。そういう拡張性のある“Fishtech”に出会えたのは、僕の中で発見だったので、國村さんにお声がけをさせていただきました。

株式会社沿海調査エンジニアリング 社長
大塚 英治 氏

沿海調査エンジニアリングは、もともと北海道では古い潜水事業の会社です。調査・工事・教育・ダイビングショップ経営などを行ってきて、現在はナマコやウニの流通のお手伝いをしたり、漁村を元気にしたいと古民家再生をしたカフェを始めたり、漁村の応援団みたいな会社になりたいと思っています。

ナマコ&ウニの最新事情。村に経済の流れを呼び込みたい

大塚 神恵内のナマコは、10年くらい前は1キロ(生の港に上がった状態)で大体500〜600円だったものが、ここ数年の中国の成長に伴って7,000円ほどに上がり高値で取引されるようになりました。高くなるとどんどん獲る量が増え、当然資源は減ってきます。資源の減少をどうやって止めるか、どのように安定供給するかの仕組み作りの両方が求められています。

卵を孵化させた子どものナマコから育てる試みは希少。
ウニは地元産のエゾバフンウニ。味が濃厚で北海道では最高級とされる。

観光客の方からは「神恵内に来てウニ丼を食べたい」「近くのニセコでも地元のウニを使いたい」というオーダーをたくさんいただくのですが、神恵内の漁期は3ヶ月弱しかなくて、しかも海がシケるとさらに供給できない。町の大きなお祭りやイベントがあれば“沖止め”といって漁に出られない日もあります。そういったことが重なると、お客様はいるのにウニを出荷できないという機会損失になって、経済的には見えないところで大きなダメージを食らっているのではないかと思います。安定して供給する仕組みができることで地域に流れてくるお金が増えますから、 “Fishtech”を使うとそういう環境を作れるのではないかと期待しています。

腕利きの仲間を結成して、ドリームチームで挑んだ

國村 当初私が神恵内村に行った時には既にウニ・ナマコの養殖管理プロジェクトの半分くらい座組みが決まって進んでいました。しかし、大塚社長が國村という人間と「Fishtech®養殖管理」という新しい要素がプロジェクトに加わることで、どこが良くなり、何ができるようになるのかを説明してくださり、『よし、これで行こう!』と村民の方に受け入れてもらいました。

これまでの國村の経験から、新しく業務システムを作ることなら任せてくれ!という気持ちだった。

さっそく神恵内のウニ・ナマコの養殖に必要な要素を、現場の作業者の方々にヒアリングしながら要件定義をして、アジャイル開発を実施していきました。富士通のメンバーには、これまで様々なチームを組んできた中でも複雑なアプリケーション設計ができる腕利きの仲間を集めて、いわばドリームチームを結成しました。

確立されていない養殖システムを手探りで進んでいく

養殖管理者の沿海エンジニアリング 阿部 喜廣さん(右)と神恵内村職員 塚本 春香さん(左)。
現場からのフィードバックはシステム開発の要。

國村 神恵内村と私たちをつなぐ窓口には、大塚社長がなってくださって、現地の作業者の方々とシステムを一緒に組み上げていきました。私はデザイナーとして、また開発リーダーとして、どういうものを作っていきたいかというイメージをご提案していきました。進めるうちに徐々にコミュニケーションがうまく取れるようになり、一つ一つどの方向に向かっていくか気持ちをまとめて、皆さんの意見を取り入れたシステムを作っていきました。

陸上養殖水槽の中で育てられているウニ。ウニの養殖は、海での先例も少ない。神恵内村は2016年から近隣の岩内町と一緒に海での養殖に取り組み、その挑戦が“Fishtech”や村の活性化の好循環につながっている。

まだこの世の中にウニやナマコの確立された養殖技術というものはないので、手探りをしながら進んでいくということでは神恵内村の方々も私たち富士通サイドも立場が同じです。神恵内村の方々は自分たちの養殖技術をより高めて高品質なものを作りたい。私たちはその目的に合った、より使いやすくより高度な分析ができるアプリケーションを作りたい。悩みや課題をうかがって、どうしたらいいだろうかと思いを巡らして開発したものに『こういうものを求めていたんだよ』という反応が返ってくる時は、システムのプロとしての醍醐味ですね。


「Fishtech®養殖管理」 神恵内村バージョン

國村 富士通が神恵内村のウニ・ナマコの陸上養殖実証試験向けに開発したクラウドサービスです。複数の生物を同じ水域内で管理するシステムで特許を出願中。各種センサーやカメラとIoT連携して養殖水槽内のウニ・ナマコの生体を管理できます。水槽や施設屋内の環境をスマートフォン・タブレット・パソコンなどお手持ちのデバイスでリアルタイムに把握でき、給餌・掃除といった管理業務に必要な作業記録を入力すればデータを蓄積できて、日誌としての役割も担います。さらにAIなどの機能追加を前提とした拡張性を備えたシステム構成です。地域振興のデジタルコンテンツとして役立つように、コミュニケーションツールとして食の安全の保証や広報活動にも使えるようにデザインしました。

「Fishtech®養殖管理」の動画

國村がデザイナーとして、電子カルテ・社会基盤システム・クラウドサービスなど、さまざまなソフトウェアのUI(ユーザーインターフェース)・UX(ユーザーエクスペリエンス)設計に取り組み、高齢者や色覚マイノリティの方々にも配慮した誰もが使いやすいアプリケーションを開発する中で培ってきた経験と技術が活かされている。
「Fishtech®養殖管理」の開発工程においては、志を同じくしたデザイナー・エンジニアが組織横断(注1)で集まり、短期間でのシステム立ち上げを成し遂げた。

(注1)富士通、富士通デザイン、富士通九州ネットワークテクノロジーズ、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ、岩通ソフトシステム


後編は、「Fishtech®養殖管理」によって見えてきた神恵内村と日本の水産業の未来について、三人から話を聞きます。

プロフィール
高橋 昌幸 氏

神恵内村村長

1950年北海道神恵内村生まれ。1970年神恵内村役場に奉職以来、産業課長、住民課長などの職を経て、2005年2月、神恵内村長に初当選。現在5期目。
北海道漁港漁場協会会長、全国漁港漁場協会副会長、全国漁港海岸防災協会副会長、全国市町村水産業振興対策協議会常任理事などの要職を務めながら水産業の復活・発展のために奔走中。

大塚 英治 氏

株式会社沿海調査エンジニアリング 社長

1969年小樽市生まれ、東海大学工学部海洋開発工学科卒業後、(株)沿海調査エンジニアリングに入社。海洋調査技師、ダイビングインストラクターとして各地の漁村振興に携わり2014年8月から現職。東海大学非常勤講師や(一社)小樽観光協会理事を務め、海の地域活性化に向け教育や観光へ取り組む。

國村 大喜

富士通デザイン株式会社

1985年京都生まれ。京都大学工学部物理工学科卒業後、筑波大学大学院ではプロダクトデザインを専攻。その後富士通デザイン株式会社でUIデザイナーとしてのキャリアを積む。18年度は富士通本体の営業部隊に異動し、水産ビジネスの立ち上げに尽力。釣り人であり無類の魚好き。