リアルとデジタルの融合に学ぶ小売りモデルのヒント

デジタルトランスフォーメーションは、小売業、とりわけスーパーマーケット業界に大きな変革を促しています。海外で進む「リアル」と「デジタル」のシームレスな融合の波に、日本企業はどう対処していけばいいのか、ヒントを探ります。
【富士通フォーラム2019 インダストリーセッションレポート】

本セッションでは、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(以下U.S.M.H)の山本 慎一郎氏が、「デジタル技術で変革する食品小売ビジネス」と題して、同社の取り組みを紹介しました。

デジタルとリアルの両立で復活したアメリカの小売ビジネス

厳しさを増す日本の小売ビジネス

スーパーマーケット業界は、小売業の中でも古い体質の業界で、ビジネスモデルの改革が急務です。その1つは規模の拡大です。イオングループのカスミ、マルエツ、マックスバリュ関東の3社は、2015年3月に経営統合し、2019年2月現在、関東で518店舗を展開し、年商6943億円の規模になりました。統合した2015年3月はアマゾンが急伸していた時期で、デジタル投資のパワーを集約して小売ビジネスの変革を急ぐ必要がありました。

株式会社カスミ
専務取締役 ロジスティック本部長
兼 ビジネス変革室長
兼 ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社
ICT本部長
山本 慎一郎 氏

日本の小売業を取り巻く環境は、4年前の事業統合時の予測と比べても厳しさを増しています。アマゾンに代表される「デジタル小売」の攻勢に「リアル小売」はどう対抗していけばよいのか。これが大きな課題でした。

デジタルとリアルの両方でビジネスを成立させるリテール再創造(reimagine)

1つの示唆を与えてくれたのが、2019年1月にニューヨークで開催されたNRF(全米小売業協会)の総会です。米国小売市場における2018年のサンクスギビングの週末の買い物客数は、リアル店舗のみ3400万人、デジタル店舗のみ4100万人。これに対し、リアルとデジタルの両方で買い物をした人が8900万人でした。この結果は、もはや「リアル店舗かデジタル店舗か」は顧客にとっては意味が無い、ということを表しています。

また総会では、米国最大のスーパーマーケット、クローガーの会長、ロドニー・マクマレン氏が「オンラインとオフラインをシームレスに結びつけ、顧客の買物体験を再定義する、という成長戦略を通じ、利益の流れが大きく変化した。その結果、私達はついにデジタルとリアルの両方でビジネスを成立させる新たな成長モデルを見つけた」と語りました。そして、その原動力は、「小売業界のリーダー達による再創造(reimagine)、つまり従来のビジネスモデルを壊し、デジタルテクノロジーをベースに業界全体を作り直したことである」と述べました。

かつてAmazonに駆逐されると危惧していたアメリカの小売ビジネスですが、その中には、このようにこの3年間で劇的な復活を遂げた企業もあったのです。

もはや物販だけではない 「Retail as a Service」

デジタル技術を活用し、小売ビジネスを再創造した例を取り上げてみます。例えば、
クローガーはマイクロソフトと提携し、デジタル什器棚を開発し実証実験を行っています。販売価格の表示、自動変更だけでなく、商品の栄養価やクーポンなどの情報提供や、お客様それぞれに応じたお薦めをデジタルで表示するなど、商品棚に付加価値を持たせています。店内全体が情報の塊となるイメージです。

金融サービスを代行する動きもあります。米国にはクレジットカードを持てない人も多いことから、クローガーは、デビットカード、プリペイドカードを事前に登録したアプリから、顧客にワンタイムQRコードを発行し、スマホに表示されたコードを店側がスキャンすることで支払いが済むサービスを始めました。さらに銀行口座を持たない人向けに、ウォルマートは、自社のスマホアプリに格安で送金できる機能を組み込んでいます。

マクマレンは、このように小売業がITベンダー化していく状況を指して、「私達はもはや小売業だけではない。Retail as a Serviceだ」と言っています。

スマホで決済を完結させる「モバイルチェックアウト」

現在、最もトレンドになっているのは、店頭での買い物をスマホで決済できる「モバイルチェックアウト」です。ウォルマートの「Check Out With Me」は、専用端末を持ったスタッフが店内を巡回してその場で精算を行うシステムです。精算待ちの長い行列を解消する手段として注目されています。

生鮮食品で有名なニューヨークのローカルスーパー、フェアウェイのシステムは、米国のスーパーマーケットに多い生鮮食品の量り売りに対応するため、秤の計量情報を取り込んでの精算機能を備えています。

さらに、米国の小売業者の間では、モバイルチェックアウトが決済のみならず複数のサービスやアプリを実現する「プラットフォーム」としても期待されています。

日本の小売ビジネスを成功に導く4つの類型とは

カーンのリテール成功マトリックス

では、日本の小売ビジネスは、今後どのようにデジタルトランスフォーメーションを進めていけば良いのでしょうか。U.S.M.Hの取り組みについて説明します。

最初に、小売業の4つの類型を示す「カーンのリテール成功のマトリックス」を紹介します。マーケティング学者のバーバラ・E・カーンは、横軸に「小売の価値命題」を、縦軸には「優れた競争優位性」を置き、「製品ブランド」「顧客体験」「低価格」「ストレスフリー」の4つの象限に分類しています。

まず「製品ブランド」は、クローガーやワービーパーカー、ルイヴィトンなどが該当します。ブランド品に関して、これまではメーカーのセールストーク通りに展開するだけでしたが、今後はスーパーマーケットでもPB(プライベートブランド)の展開も考えなければなりません。「体験」は、ホールフーズやイータリー、セフォラなどが該当します。

「低価格」の象限は、ウォルマートやコストコなど一般的なスーパーマーケットの多くが含まれます。これを実現するためにオペレーションコストを下げ、高効率な業務システムを作り上げる戦略を取っています。

「ストレスフリー」は、アマゾンが代表的な存在です。包括的な顧客の理解と総合的な利便性を追求するため、私達自身がコンビニエンスを追求しなければなりません。

この小売業の4つの類型について、カーンは「今までは4象限の1つを目指せば良かったが、今後は顧客が多様化してシームレスになる。競合相手も増えるので、4方位全てを見据えて活動する必要がある」と言っています。

U.S.M.Hのビジネスリモデルへの挑戦

カーンのマトリックスに私達U.S.M.Hの抱える命題を当てはめたものが次の図です。

U.S.M.Hが抱える命題を4つの象限で明確にしたマトリクス

「製品価値」を高めて「喜びを増す」ところ(前述の「製品ブランド」の象限)では、顧客一人ひとりに合った適切な情報を、適切なタイミングで伝えていくことが求められます。それには顧客の購買行動を可視化すると共に、臨場感の高いデジタルサイネージや3D技術を応用したポップアップ広告など、伝え方にも工夫が必要です。そのためにビジネス・インテリジェンス(BI)やAI、ビッグデータなどに取り組んでいます。ただこれらは産学連携や異業種連携、マーケティングに基づくマーチャンダイジングなどを伴うため、小売単独での対応は難しい面もあります。

現在、私達U.S.M.Hがやろうとしているのは、オントロジーベースの分類(Ontology based Taxonomy)です。オントロジーとは、例えばチャットボットが「はしをください」と話しかけられた時、それが「箸」なのか「橋」なのか、前後の文脈から判断するようなAIの考え方で、判断のベースとなる情報は、膨大な購買データやWeb、SNSなどをクローリングして引っ張って来ます。この手法を使って、これまで各部門の担当者が、自らの経験を元に判断してきた「顧客へのリコメンド」を、機械学習で自動化する仕掛けを検討しています。

次に「顧客の体験」で「喜びを増す」(前述「顧客体験」)の領域についてです。

「顧客体験」で「喜びを増す」ためにはVR/ARなどICTの活用も必要になる

例えば食とICTを融合した「Food Tech」。いろいろと新しいものが登場していますが、小売の現場にはなかなか入って来ません。ここは新しいFood Techを持つベンチャーやスタートアップとのチャネル作りから取り組むことになりますので、サイエンス思考からアート思考への転換ができるか、小売ビジネスとしての私達の価値観が試されます。

また、従業員が働いて楽しくない職場でお客様に喜んでいただけるはずはありませんから、顧客体験(CX)を高めるには、ベースとなる従業員体験(EX)も高めなければなりません。働き方改革にも関連することですが、小売業は楽しく働き続けられる職場であり続けなければなりません。EXの向上は、私達が直ちに取り組まなければならない喫緊の課題です。

旧来システムを「Retail 2.0」の基盤で再構築

「製品価値」で「痛みを解消する」(前出「低価格」)領域は、スーパーマーケットにとってホームグラウンドです。競争優位性を保つためにローコストの追求は今後も続けていかなければなりませんが、やり方は変える必要があります。おそらくRetail2.0に変わらねばいけないですし、ロボティクスやIoTを取り入れる必要もあると考えています。

ロボティクスやIoTを活用した「Retail 2.0」への取り組みが必要

Retail2.0で利便性が高まるサービスとして代表的なものには、商品情報の管理、リアルタイムの在庫把握、商品のトレーサビリティなどがあります。しかし、例えばトレーサビリティは、ブロックチェーン技術を取り入れてどんどん進めている米国勢と比べると日本は大きく遅れています。リアルタイム在庫も、何年も前から必要性が指摘されていながら全く実現できていません。その理由は、「小売のシステムが古い」ことに尽きます。

今後3年ほどかけて、旧来のシステムに機能追加しながら続いてきた今の仕組みは一回壊して、新しい高速・高性能なシステムをベースに、Retail 2.0の環境を再構築する必要があります。それが私達にとってのデジタルトランスフォーメーションであり、引いてはビジネス・トランスフォーメーションになる、と考えています。

Retail 1.0から「Retail 2.0」へ

「レジ待ち時間」など小売の「痛み」をICTで解消する

最後に、「顧客体験」で「痛みを解消する」ところ(前出「ストレスフリー」)についてです。例えばレジ待ちの長い行列、あるいは広い店内で探しづらい商品の陳列場所は何とかしなければいけません。

「痛みを解消」する「顧客体験」において富士通と共創

「痛みを解消」という観点で私達と富士通の共創の取り組みを紹介します。カスミ筑波大学店では、事前にスマホなどからイートインコーナーとテラス席の空席情報を確認できるため、無駄な遠回りをせずに空席へ向かうことができます。

カスミ筑波大学店における富士通のとの共創の取り組み

チェックアウトの改革も今まさに進めている分野です。これには、「社内コスト構造の改善」と、「顧客の利便性の最大化」という2つの側面がありますが、もちろん重点を置くのは後者です。チェックアウトでお待たせせず、棚から取った商品をスマートフォンでスキャンし直接マイバッグに入れるだけで会計が済むようなことも考えたいと思っています。さらに、在庫の有無や陳列場所までわかる商品検索や、小銭を探す手間や残金の心配が不要なキャッシュレス決済なども考えています。

こうした省力化の結果として、スタッフはお客様との接点をより増やすことができます。最近のレジは自動化が進んでお待たせする時間が短縮した一方、チェッカーはずっと俯いてスキャンするので、お客様と親しく話をする機会が減っています。セルフレジのアテンダントも見張り役ではなく、お客様の傍に行って「どうですか」と声をかけ、困り事の解決を手伝うような存在になってもらいたいと思います。

デジタル技術で小売ビジネスがどう変革していくのか、来場者の関心は高い

富士通と進めているモバイルチェックアウト実験

レジのあり方もどんどん変わり、スマホによるモバイルチェックアウトや、アマゾン・ゴーのようなノースキャンも登場しています。私達も2019年初頭から富士通と一緒にモバイルチェックアウト(スマホPOS)とネットスーパー機能の開発を進めています。スケジュールとしては今年度上期までにバーコードスキャンからチェックアウト(決済)までをまず実現し、その後は従業員による社内テストを実施しながら、合わせて来期にはシームレスなネットスーパー機能などを追加していく予定です。決済以外に最低限の機能として、履歴確認、返品などの機能を追加した段階でお客様向けにもリリースし、将来はGPSやビーコンと連動して配送状況や店内情報、在庫確認などの機能を充実させていきます。

モバイルチェックアウトやスマートネットスーパーは、お客様とのコミュニケーションを図ることもできます。マーケティング情報を流しながら、お客様により満足いただける情報やクーポンの提供なども行えるようにしていきたいと考えています。

ネットワーク型人事組織でビジネスリモデルを加速

お客様の多様性に柔軟に対応する人づくり

デジタル革命により顧客の多様性が進んでいます。セルフレジやモバイルチェックアウトを便利と感じる人が増えていく一方で、対面でのフルサービスを望む人も高齢層を中心に根強く残り、全てのレジがセルフ型になることはないでしょう。

このように多様化する顧客の要望に応えていくには、従業員も多様性に柔軟でなければなりません。そのためには、上からの「指揮命令」で動かすのではなく、従業員が自発的に動けるようになる「教育」が重要です。「働きに来ました」という「雇用者思考」から「どんな新しいことをやろうか」という「起業家思考」へ、従業員の意識を改革していかなければ、ロジスティクス、eコマース、ウェブデザインなどの改革も進まないと考えています。

カスミでは2019年3月、既存組織の枠を超えてデジタルトランスフォーメーションを考える部署として、社内外からメンバーを集めた「ビジネス変革室」を作りました。

従来の組織は、人を扱うから「人事部」、システムを扱うから「システム部」などと縦割りで、「何のためのチームか」という視点がありません。目的組織になっていないのです。ここでいう「目的」とは、新しい時代の顧客に対応できる小売への「リモデル」であり、同時に既存のお客様の価値も尊重しながら、活動を実行して成果を挙げることです。

そのためには、従来の階層型組織とは一線を画す「ネットワーク型」の「チーム」を作る必要があります。役職・上下に関係なく自分の意見を出し合い、何をするのかを迅速に決断できる組織としてビジネス変革室を作ったのです。

U.S.M.Hでもニュー・フォーマット研究会を開催し、既存のビジネスを生活者視点・起業家思考で捉えなおし、新たなビジネス・モデルの検討を始めています。

デジタルトランスフォーメーションを加速する3つの視点

最後に、デジタルトランスフォーメーションとリモデルを進めるために特に重要な要素として、次の3点を挙げます。

1.共通善に基づく組織ビジョン
「顧客にとって望ましい方向」を明確化して組織の全メンバーがそれを共有し、それぞれがその方向へ能力を発揮できる組織に変えなければいけません。

2.人材とチームへの投資
NRFでも多くのCEOが言及していたことですが、ITを全て外部任せにして社内に人材は置かない、というスタンスを続けてきた結果、デジタルの門外漢ばかりになってしまった反省があります。ビジネス変革室は作りましたが、まだまだ人材やチームへの投資が十分ではないと思っています。

3.マーケティングとR&D投資
これまでスーパーマーケット業界にはマーケティングという発想がありませんでした。マーケティングはメーカーに任せ、小売はマーチャンダイジングをやればいいと考えてきたからです。しかし今日では、小売自身がマーケティングを行って顧客の嗜好を把握し、それに合わせたサービスを作っていかなければ時代に乗り遅れます。

そのためにもう一つ欠けているのが調査と開発(R&D)です。小売業のITには今までこういう予算もありませんでした。今後は、新しいサービスを自ら作っていくためには、メーカーなどと同じように「R&D投資」が必要不可欠になります。その点にも着目しながら、継続的にデジタルトランスフォーメーションとビジネスのリモデルに取り組んで参ります。

デジタルトランスフォーメーションにはR&D投資が必須になる

登壇者

株式会社カスミ
専務取締役 ロジスティック本部長
兼 ビジネス変革室長
兼 ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス株式会社
ICT本部長
山本 慎一郎 氏