次の10年でデジタルマーケティングはどう変わる?

 CGクレジット:ゲラルト/Pixabay

ここで私が予想する未来は、そう遠くないうちにやってくるでしょう。その未来とは、収集される膨大なデータをマーケティング部門が把握し、それを基に行動するようになるというものです。とはいえ、そうした状況に対する態度は、人それぞれに異なるものとなるかもしれません。

データに溺れ、洞察に飢える

今は、2019年の心地よい春の午後。ポーチに腰掛けた私は、ハイペースでデータを生成しています。パソコンの画面にいくつかのブラウザーウィンドウを開き、インターネットに接続し、腕にフィットネストラッカーを着けた状態で、今日だけでも60回以上はグーグル検索を行ったはずです。何か操作を1つ行うたびに自分に関する情報が収集されていくわけですが、私が利用した無数のデバイスややり取りを行なった人々も同じ状況にあるといえるでしょう。

デジタル世界の現代にあって、あなた自身がデータポイントを生み出しているということは純然たる事実だといえます。しかも、それはただの数個というレベルではなく、大量の、毎日数千個にも上るようなデータポイントなのです。

この10年で最も注目に値することは、ますます多くのデータが、オンライン環境のみならずオフライン環境からも収集されるようになっている点でしょう。フィットネストラッカー、スマートホーム、音声デバイスなど、すべてがコンピュータのディスプレイの外にある世界へとデータが拡大する状況に拍車をかけています(私たちがディスプレイから離れている時間は、年々減っているにもかかわらずです)。IoTデバイスの波が高まっていることを考慮すれば、個人の経験データの量や密度が一定レベルにまで達し、それによって極めて優れたマーティング上のターゲティングが実現する日は近いといえるでしょう。ただし、その際は、ただでさえ曖昧になってきているプライバシーの境界線が大きく踏み越えられることになるかもしれません。

プライバシー、データ、そして失われた世界観

まず、プライバシーの話に少しスペースを割かないことには、昨今の個人データに関する考えを議論することはできないでしょう。デジタルという文脈においても、プライバシーを守らない行為はアメリカ的とはいえないからです。個人データの追跡にはジョージ・オーウェルの小説「1984」的な、監視国家のイメージが付きまといますが、実はその大半は、オプトインデータという形で同意の下に追跡されています。私たちは、自らが欲しい情報を得るために「同意する」ボタンを押す必要のある、例のわずらわしい小さな画面で利用規約にサインし、自分たちのデータを進んで差し出しているのが実態なのです。そのことを意識しているかどうかはさておき、自分が自分に向けてやったことには違いありません。

GDPRことEUの一般データ保護規則や、カルフォルニアのプライバシー法などに対する関心によって人権運動家などの動きが活発化する中で、私たちは一歩下がってこのデータの利用における良い面と悪い面を理解する必要があります。

職業上、以下を両立している例はまれかもしれませんが、筆者は、マーケターでありながら血が通った人間でもあると自負しており、ユーザーが自身の個人データの管理方法や共有方法を決定できるデータ管理規約を支持しつつ、現実の世界でタダで手に入るものはないということを理解しているのも事実です。たとえば、Gmailのような無料サービスに登録したら、サービス側で自分の電子メールが分析されるという事実を気に掛けるべきではないという考えを持っています。

しかし、私たちはGmailだけに登録するわけではありません。同様の状況で運用されている、無数の製品やサービスを利用しています。そして、私たちが生成するデータの量がかつて見たことのないレベルにまで増え続けている今、そのデータを使って行う作業や、データの取り扱われ方、そして次のステップについて高まる懸念については、アメリカという国が持つ道徳規範に委ねたいのです。

今やスマートテレビがあなたを密かに監視していることを知らないわけではないでしょう。スマートテレビの価格が意外と安いのは、大量生産によるコストダウンのためだけではありません。データは新たな通貨であり、データを最大限活用できた者が勝ち残る以上、スマートテレビの価格もそうやって決定されていると考えるべきなのです。

反面、このことによって私たちの世界観とも関係する、より大きな問題が浮き彫りとなります。それは、私たちがもともとWebを信じやすい世代だということです。インターネット事業を手掛ける企業が大いに努力した結果、過去1520年をかけて、インターネットへの無条件の信頼が培われました。私たちは今、一般的な人々が、インターネットが悪さを働くはずがないと考えるような時代に生きています。

しかし実際には、ネット上では毎日のように悪事が行われているのです。ハッカーによるサイトの乗っ取りでは個人データが盗まれ、クレジットカードからはお金が盗まれ、IDだって盗まれています。といっても、新しいタイプの悪が現れたわけではなく、ただ不正行為の手口を包み隠す手段が変わったというだけのことです。高まった信頼を傷つけてやろうという欲求を膨らませる人間は、いつでも、どこにでも存在するといってよいでしょう。そして今も、築かれた信用をおとしめようとする者たちの影は、すぐそこまで迫っています。

見えてくるのはWebの姿ですが、それは、マシンのつながったネットワークというよりも、善悪さまざまな人々がつながったコミュニティです。自分のコミュニティに加えたい人もいれば、加えたくない人もいるでしょう。そして、現実のWebのコミュニティでうまく機能していない要素を1つ挙げるなら、それは匿名性です。コミュニティの維持には、誰が参加しているか、また、そこで何が行われているかに関するデータが必要となります。しかし、そのために集めるべきデータ量の正解は、決してわかりません。結果的に、そうしたデータの管理には常に緊張が伴い、結局のところ、私たちが許容できる量よりも多くのデータが収集されることになってしまいます。そうなると、こうした状況を監視する役も求められますが、その役割を政府が担うべきではないのです。

データは「通貨」のようなものであり、最も抽象的な意味での「価値」そのものといえます。

しかし、ここで難しい議論に突き進むよりは、本稿のテーマである「データ」と「マーケティング」の話に立ち返ってみましょう。

サービスか侵害か?

当たり前のことですが、最も多くのサービスが生まれるのは、私たちが最もサービスを必要としている「とき」や「ところ」に他なりません。

たとえば、一日の終わりに大変な会議があり、家族の夕食を買うのが遅くなったとします。まさにそのとき、家族の好きなレストランの特別クーポンが無料配達付きであなたのスマートフォンに送られてきたなら、素晴らしいと思いませんか。

これは、そのレストランが利用するマーケティング・ハブに対して、あなたのデバイスやSNSアカウントからの膨大なデータが送信された結果として、初めて起こり得ることです。

その流れは、まず、スマートウォッチの心拍数モニターが、ストレスで疲れ切っているあなたの状態を感知し、あるイベントをトリガーします。予定表の情報や現在時刻を利用するトリガーのアルゴリズムは、容易にあなたの次の優先事項を予測できるはずです。そして、あなたのショッピング履歴が好きなレストランの傾向を示し、好みの注文を明らかにします。最後に、あなたの加入する通信キャリアが、そのすべてのデータから得られた結果のクーポンを適切なタイミングで送信するという具合です。

これはマーケティングの夢であり、率直にいって、そう遠くない未来に実現するでしょう。現在の最大の課題は、具体的なデータへのアクセス方法とそれらのデータの統合手法です。しかし、上記の例から見ても、このシナリオはもはやSFではなく、近い将来の予測という感があります。そして、もう少し待てば、この予測は現実のものとなるはずです。

これ以外にも、データポイントの数や得られる情報を増やしていくことで、何百という異なる例を考えることもできます。ここでお話ししているのは、利用可能なデータに調和的に統合された世界です。それは、大手テクノロジー企業が長年約束してきた通りに、データがユーザーの役に立っている世界だといえます。

しかし、その一方では、残念ながら暗部も忘れるわけにはいきません。そうした便利さを支える力には、不正行為につながる可能性も潜んでいます。データの持つ強大な力が悪用の原因となり、負の利点が用いられ、最終的に私たちに害を及ぼすために使われることにもなるのです。たとえば、SNSに投稿されたバカンス中の話と、その人のGoogleカレンダーなどの予定、そして住所データを統合すれば、今すぐ泥棒に入れる家をリストアップしたWebサイトを作れないとも限りません。そうした悪さを働く人々は、必ず出てきます。そうしたデメリットも意識しつつ、メリットの享受のために個人データを公開する価値があるかどうかのバランスを考えることが必要です。

「今」に目を向けて準備しましょう

さて、いずれにしても未来はまだ存在しません。あるのは今だけです。その「今」は、予想された未来があっという間に過去になってしまうようなペースで進んでいます。だとすれば、私たちがなすべきなのは、自分たちのアイデアを検証するために「今」と「ほんの少し先」に目を向けて、これから起こりそうな出来事に対処することです。

ネットに信頼を抱く世代は企業によるデータ利用を完全に受け入れ、データと統合された生活を採り入れる最初のグループに加わるでしょう。他の人々はしばらくの間、行動を控えるかもしれませんが、最初のうちは企業のデータ利用のメリットがほとんどないように感じられても、時間とともに増していくはずです。そのため、消費者の大多数がデータと統合された生活を実践するようになる日も近いと思われます。

もちろん、これに反する動きも目立つようになるでしょう。別の理由からネットワークの利用を控えるようになる層も、少なからず出現してくるはずです。たとえば、ネットワークを利用せず、よりシンプルな生き方を選び、データとの統合から距離を置く生活に向かうような人々です。

どちらの道を選ぶとしても、自分の方向性を検討する際には、じっくりと考えてください。今後の10年間は、その決定に大きく左右される時代になるでしょう。データと統合された生活を送ることのメリットもデメリットも、これからいよいよ大きくなっていくのです。選択は慎重に行うことをおすすめします。

この記事はもともとマーケティング企業New Northのサイトに掲載されたものです。

 

この記事はBusiness 2 Community向けにトビン・リーマンが執筆し、NewsCredパブリッシャーネットワークを通じてライセンスされたものです。ライセンスに関するお問い合わせはlegal@newscred.comにお願い致します。