日本郵便や東レも始めている、量子コンピューティング技術活用への挑戦

社会やビジネスのデジタル革新に伴い、高度で複雑な大量のデータを高速で処理できるコンピュータの必要性がますます高まっています。そのような中、量子コンピューティング技術を活用した未来への挑戦が始まっています。
【富士通フォーラム2019 ビジネスセッションレポート】

本セッションは、富士通の吉山正治と、富士通とともにビジネスを進めている日本郵便の仲谷重則氏、東レの谷村隆次氏。さらに、共同研究を進める早稲田大学の戸川望氏、テクノロジストの取り組みとしてTC3の須藤義人氏が登壇し、量子コンピューティング技術活用への挑戦とその可能性を紹介しました。

高度・複雑・大容量の問題を高速で解くには従来のコンピュータではもはや「限界」

富士通株式会社
AIサービス事業本部 プラットフォーム事業部
事業部長
吉山 正治

デジタルアニーラは、「組合せ最適化問題」を解くアーキテクチャとして2018年に登場しました。約1年が経過し、既に多くの企業や団体からの引き合いを受け、活用事例も出てきています。

なぜ、富士通がデジタルアニーラを開発したのか。それは従来のコンピュータの限界が来ていることが背景にあります。

社会やビジネスのデジタル革新に伴い、より高度で複雑な大量データを高速に処理するコンピュータが必要となっています。こうした背景から多くの企業が「量子コンピュータ」の開発に取り組んでいます。しかし、まだ実用段階とは言えず、実用化に至るまでには10年、20年というスパンがあると予測されています。課題として「量子状態の維持が困難であること」「拡張性に課題があるということ」などが挙げられます。

実用化されるまでにも爆発し続けるデータに対して、どのようなコンピューティングを提供するのかという課題に対して、富士通が出した答えが「デジタルアニーラ」です。

デジタルアニーラは、量子現象に着想を得たデジタル回路で「組合せ最適化問題」を高速に解く新アーキテクチャです。量子コンピューティング技術には「量子ゲート方式」と「イジングマシン方式」がありますが、デジタルアニーラはイジングマシン方式を採用した組合せ最適化に特化したマシンの一種です。デジタル回路によって安定動作し、半導体を使っているので小型化が容易です。

「組合せ最適化問題」を高速に解く新アーキテクチャ「デジタルアニーラ」

組合せ最適化問題とは、与えられた組合せの中から最適なものを見つけるというものです。有名な例が「巡回セールスマン問題」です。例えば5都市をすべて順番に回るのであれば120通りですが、32都市になると組み合わせは指数関数的に増加します。この計算は通常のコンピュータでは非常に時間がかかります。また当然電気代もかかって効率が悪くなります。これをデジタルアニーラで瞬時に解けるようにしました。

組合せ最適化問題については、非常に狭い範囲の課題しか解けないのではと言われることもあります。しかし、ありとあらゆる分野で適用できる可能性があることが分かっています。既存の業務分野と、新しい領域の分野の両方に応用できることが特徴です。

既存の分野とは「需要予測」や「化合物の配合」など、従来人手で行っている領域やスーパーコンピュータで使っている領域を指します。また、新たな領域としては「高度医療」や「自動運転」「新素材の開発」などスーパーコンピュータでもできなかった分野で適用が始まっています。

しかし、新しい技術はなかなか市場に浸透しないという現実もあります。富士通だけではなく、他の企業や大学の研究機関と一緒に協力しながら、デジタルアニーラを訴求していく予定です。

企業や大学との取り組みで、活用が進むデジタルアニーラ

吉山の講演の後には、富士通とともにビジネスを進めている企業・大学・組織の取り組みが紹介されました。まず、日本郵便の仲谷氏が、デジタルアニーラを活用した運送便最適配車の取り組みを紹介しました。

最適配車で運行時間を約30%削減した日本郵便

日本郵便株式会社
輸送部長
仲谷 重則 氏

日本郵便では、郵便・物流事業、金融窓口業務、国際物流事業の主に3つのセグメントで事業を展開しています。その内、輸送部は郵便・物流事業で郵便物などの輸送業務を実施しています。

お客様の郵便物や荷物は、引き受けた郵便局からそのエリアを受け持つ拠点である「地域区分局」に輸送します。地域区分局は現在、全国で62局あります。地域区分局で仕分けをして、配達を受け持つ地域区分局へ飛行機やトラック、鉄道を使って輸送します。それを「幹線輸送」と呼んでいます。さらに配達地域の地域区分局では、配達郵便局ごとに区分けをして配達局へ輸送します。このように3回の輸送を経て郵便物を運んでいます。

幹線輸送では、例えば拠点が4カ所の場合、すべてのエリアを結ぶと全部で12台のトラックが必要です。拠点が62カ所の場合、3782便が計算上必要となりますが、実際には荷量の少ない区間は中継輸送しているため、1日当たりの既定便は約3000便のトラックを走らせています。

また、幹線輸送の両端にある地域内輸送も含め、全体としては1日当たり1万便以上のトラックが行き来しています。全走行距離は172万kmとなり、これは地球43周分の距離を毎日運行していることになります。

日本のトラックドライバー数は、1995年の98万人をピークに2015年には76万7000人まで減少しています。一方、日本郵便で取り扱う宅配荷物は1億4800万個から5億1300万個と3.5倍に増加しました。トラックドライバーが不足している中、宅配荷物が急増しているという課題を抱えています。

この課題解決のため、革新的なアイデアや技術を有する多様な企業様との共創を通じ、日本の物流業界にイノベーションを起こすことを目的に、2017年から「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」を実施しています。

第2回となる2018年には、ドライバー不足の中で輸送便・郵便局間の運送便のダイヤを最適化するということを目指しました。膨大なデータ量となるため、一般のコンピュータでは到底計算できません。そこで、量子コンピュータのソフト開発技術を持つスタートアップ企業であるエー・スター・クォンタムのプロジェクトを採択し、富士通の協力を得て、富士通研究所と連携してデジタルアニーラを活用した輸送ネットワークの最適化の実証実験を始めました。

約30の郵便局がある埼玉県東部エリアを対象に一部の時間帯、一部の運行便に限定したものですが、各郵便局あての「運送荷物量」「運送時間・距離」「到着時刻などの制約事項」などのデータから最適ルートを算出しました。

導き出した最適ルートでシミュレーションを進め、車両数を52台から48台に削減(約8%)、コストを7%、積載率を12%向上できることが分かりました。中でも、運行時間が約30%削減でき、ドライバーの拘束時間を減らし、他の業務にも時間を当てられる余裕も生まれることが分かりました。

今後は、地域内輸送の最適化シミュレーションを時間帯の制約なしに1日を通して検証することに取り組む予定です。最終的には長時間の運行でドライバーの負荷が高い幹線輸送の最適化につなげていきたいと考えています。

創薬研究で東レがタンパク質構造の予測計算を1000分の1に短縮

次に、東レの谷村氏が、創薬・バイオテクノロジー研究におけるデジタルアニーラ活用の取り組みを紹介しました。

東レ株式会社
医薬研究所 デジタルライフサイエンスグループ
グループリーダー
谷村 隆次 氏

東レは「繊維事業」「プラスチック事業」「炭素繊維事業」などが有名ですが、それ以外にも「ライフサイエンス事業」も展開しています。同事業では、先端材料のノウハウを生かし、医薬品・医療機器の研究開発を行っています。

医薬研究所では、これまで「ヒトインターフェロンβ製剤(生物製剤)」「経口投与可能なPGI2誘導体(合成医薬)」「難治性そう痒症治療薬(合成医薬)」の3つの新薬を開発してきました。

今回、デジタルアニーラを使って「タンパク質側鎖の最安定構造」を予測する取り組みを行いました。

タンパク質は、物質の運搬・合成・分解、情報の伝達など、体内において様々な重要な機能を果たしており、医薬品の多くは、その体内のタンパク質に結合し、その働きを制御するよう作られたものです。

これらタンパク質はアミノ酸が特定の配列で数珠つなぎになった物質で、配列に応じて特定の立体構造を取り、その機能を発揮します。なかでもタンパク質の立体構造情報は、そのタンパク質に結合して機能を制御する医薬品設計において非常に有用であり、立体構造解明に向けて多くの研究がなされています。しかし、X線や電子顕微鏡などの測定装置を用い実験的に立体構造を決定するのは難しく、決定できない場合も多く、また、決定できた場合でも早くても数カ月と時間がかかり、非常にコストがかかるのが難点です。

そこで、私たちはタンパク質が安定な構造となる、エネルギーが最低の状態を計算で求めるアプローチで立体構造の予測に取り組んでいます。タンパク質は主鎖と側鎖から構成されており、そのエネルギーは主鎖と側鎖、それぞれの構造によって決まります。今回は、計算対象を側鎖に限定し、与えられた主鎖構造に関して、フレキシブルに動く側鎖の中で最もエネルギーが低い(安定な)組み合わせを、デジタルアニーラで予測することにしました。具体的には、別の方法である程度、絶対に安定構造にならない側鎖の組み合わせを除き、約10の100乗の組み合わせの中から最適な側鎖の構造を計算しました。

その結果、従来は4時間以上かかっていた処理が20秒で完了できました。また、今までは計算が収束しなかったタンパク質でも計算結果を得ることができました。

創薬、バイオテクノロジー研究において重要なタンパク質の立体構造の予測に関して、今回は側鎖に限定しましたが、最も安定した構造の予測を非常に速く得ることができました。今後は、さらにデジタルアニーラを活用して予測精度を向上させ、創薬研究に役に立てていきたいと考えています。

早稲田大学や世界的な開発者コミュニティで活用が進むデジタルアニーラ

デジタルアニーラを活用した富士通との共創の輪は増え続けています。続いて、早稲田大学の戸川氏が富士通と早稲田大学が進めている共同研究について説明しました。

エネルギーや金融など5テーマで富士通と早稲田大学が共同研究

早稲田大学
理工学術院
教授
戸川 望 氏

富士通と早稲田大学は2018年9月19日、デジタルアニーラに関する包括的連携活動の協定を締結しました。実社会の組合せ最適化問題をデジタルアニーラで解決するための共同研究で、デジタルアニーラの応用事例の探索や多様な分野から人材の集積などを目的としています。

これに合わせて共同研究拠点として早稲田大学内に「Fujitsu Co-Creation Research Laboratory at Waseda University」を開設しました。早稲田大学には、産学連携を強力に推し進めようという全学的な組織があり、その中に「グリーン・コンピューティング・システム研究機構」と特定分野の研究を行う研究所が設置されています。その内の1つである次世代コンピューティング基盤研究所では、Fujitsu Co-Creation Research Laboratory at Waseda Universityの研究を支援する役割を担っています。

さらに、早稲田大学の全研究を対象にデジタルアニーラを活用する研究テーマを広く公募しました。2019年4月からは、理工学術院からは「エネルギー・リソース・アグリゲーション分野」「分子進化学分野」「タンパク質分子のアロステリック経路解析」「広告系、デジタルマーケティング分野、ログ分析への応用」の4つのテーマ、商学学術院からは「金融系分野」という計5つのテーマを採択し、デジタルアニーラの適用プロジェクトを開始しています。今後は、これらのプロジェクト推進も支援していきたいと考えています。

世界140万人のテクノロジストと進めるデジタルアニーラの活用

本セッションの最後には、TC3の須藤氏が登壇。世界140万人のテクノロジストと進めている活用事例を紹介しました。

TC3株式会社
代表取締役
須藤 義人 氏

TC3は、140万人以上のソフトウェアエンジニア・デザイナーが集う世界最大級のテクノロジストコミュミュニティである「Topcoder」の日本におけるサービスプロバイダーです。競技プログラミングを起源とするTopcoderには、世界中からハイスキルなメンバーが集っています。

今回、Topcoderではデジタルアニーラを使った高難度課題解決の実証コンテストを実施しました。このコンテストには、世界63の国・地域から442人が参加しました。参加者はデジタルアニーラ特有の利用方法を習得した上で、課題を数式に落としこんでコーディングを行い、デジタルアニーラを使った高難度課題の解決を行いました。

具体的には、最大カット問題という難解なアルゴリズムへの挑戦です。色々な分野に使われる重要なアルゴリズムであるため、過去に解法の論文は多くあります。提出されたプログラムに実際のデータを入れることで過去論文に使われた結果と今回の成果を比べることができます。参加者はデジタルアニーラを利用して実践的なアルゴリズム開発ができる能力があるかを評価でき、またデジタルアニーラの有効性も検証できました。

私たちは今後もエンジニアのリソースやスキルに課題解決を求めている方を支援していきたいと考えています。

デジタルアニーラを使った高難度課題解決する実証コンテストの実施イメージ

2019年度中に「100万ビット」に高速化し、実ビジネスでの活用を加速

再び富士通の吉山が登壇し、様々な分野で活用が進むデジタルアニーラの事例を紹介しました。

例えば、スコットランドのNatWest銀行では、資産ポートフォリオの組合せ最適化問題を既存コンピュータの約300倍のスピードで、より正確に最適化問題の計算を実現しています。

加えて、AIビジネスを加速させる新会社をバンクーバーに新設するなど、米国や欧州、アジア各地域でサービスを展開するなど、グローバルでも積極的な活動を行っていきます。

今後はデジタルアニーラのさらなる大規模化を図り、2019年度中には100万ビット規模に向けて開発を進めています。富士通はより多くの企業や組織と共創することでデジタルアニーラを発展させて、より実ビジネスへの活用に最適なサービスを提供することを目指します。

登壇者

日本郵便株式会社
輸送部長
仲谷 重則 氏

東レ株式会社
医薬研究所 デジタルライフサイエンスグループ
グループリーダー
谷村 隆次 氏

早稲田大学
理工学術院
教授
戸川 望 氏

TC3株式会社
代表取締役
須藤 義人 氏

富士通株式会社
AIサービス事業本部 プラットフォーム事業部
事業部長
吉山 正治