「はやぶさ」を地球に帰還させた男のロマン

宇宙航空開発機構(JAXA)による小惑星探査機「はやぶさ2」は、奇跡の復活で使命を果たした「はやぶさ」の後継機として2014年12月に打ち上げられました。「はやぶさ2」は2019年4月には、地球近傍小惑星「リュウグウ」に人工クレーターをつくる世界初の衝突実験に成功。現在も宇宙で生命の起源の謎に迫っています。この大事なミッションを遂行する上で要となる「軌道決定システム」を担うチームリーダー、大西 隆史にその苦労や喜びを聞きました。(聞き手:フリーアナウンサー 森 遥香)

富士通株式会社
テクニカルコンピューティング・ソリューション事業本部
科学システムソリューション統括
マネージャー
大西 隆史

星とプログラミングが好きな天文少年だった

-- 宇宙分野に興味を持たれたきっかけは何でしょうか?

小さい頃から星を見るのが好きで、天体望遠鏡を使って月や星雲・星団を見たり、中学高校時代は天文部に入って天体写真を撮ったりしていました。もう一つの趣味が中学生から独学で始めたコンピュータのプログラミングで、8ビットのパソコンでゲームを作っていました。大学へ行く頃には国際宇宙ステーションの計画などを目にして、人類の活動領域を宇宙に広げていくということにすごく興味を持って、IT業界で宇宙開発を支える仕事に就きたいと思うようになりました。

僕はアニメのガンダムを見て育った世代なので、スペースコロニーに憧れて宇宙の世界に飛び込んだというのもあります(笑)

-- 今日もスーツではなくウルトラな感じですね(笑)

そうなんです(笑)うちの部門でデザインして作ったスタッフジャンパーです。

「はやぶさ初号機」劇的な2010年地球帰還を支えたシステム

-- 「はやぶさ」の初号機といえば、トラブルを乗り越えたエピソードが話題になりましたね。

一番印象に残っているのは、初号機が地球に戻ってくる半年ほど前に探査機の全エンジンが故障してしまったトラブルです。小惑星イトカワで採取した微粒子を地球に持ち帰ってくる途中で、探査機はすでに満身創痍の状況でした。4年の予定だった運用期間を3年延長して設計上の寿命を超えて頑張ってきて「ここまでか…」と正直思いました。

2つのエンジンの生き残って正常に稼働する部分同士を電気的につなげ運転することになりました。しかし事前に地上で検証できない運転モードなので、実際にどれだけ予定通りの推力が出るかわからない状況でした。

そこで、私たちの軌道決定システムがモニターすることで宇宙空間上の推力を計算し、軌道決定の情報をフィードバックしながら慎重に運転を続けていきました。

-- 重要な役割ですね!無事に戻ってきた時はどんなお気持ちでしたか?

もう感激でしたね。最終的にオーストラリアのウーメラ砂漠にカプセルを投下してサンプルを回収したのですが、少しずつ軌道修正しながら地球再突入するポイントを精密に誘導していきました。一回でも失敗するとゲームオーバーになってしまう状態の中で、我々軌道決定のチームが探査機の位置速度を割り出し、制御計画のチームが軌道修正の計画を立て、イオンエンジンを運転するチームが正確に軌道修正を遂行して、順番にバトンを渡し合いながら総力戦でやっていきました。

オーストラリア上空に探査機が入る軌道に乗ったのを確認できた時は、体がふわーっと軽くなる感じを覚えて、やっと肩の荷が降りた感じがしました(笑)

「はやぶさ」初号機の使命を継いで

-- そして、今年2月に「はやぶさ2」が小惑星リュウグウに着地(タッチダウン)を成功させた瞬間は、どんな気持ちでしたか?

初号機の時に目標の分量を取りきれなかった小惑星のサンプルを今回は取るぞ!という気持ちでドキドキしました。

探査機が自動で小惑星に降りて行き、サンプルを取って探査機自身の判断で上昇していく様子を富士通の軌道計算システムでモニターしていました。成功して離脱する瞬間は、管制室のメンバー全員でワァーッと拍手し喜びました。

軌道計算の開発は80年代のハレー彗星探査から始まった

-- 素晴らしいですね。大西さんたちが携わった軌道に関するシステムについてもう少しお聞かせください。

私たちは軌道計算、特に「軌道決定」のシステムを開発しています。探査機は決められた経路を目指して飛んで行くのですが、宇宙空間にレールはないので、目指していたところからどうしても少しズレてしまいます。軌道決定のシステムは、宇宙空間を飛んでいる探査機が今どこにいてどれくらいの速度で飛んでいるかを正確に把握するものです。

1980年代のハレー彗星探査が日本の太陽系探査プロジェクトの始まりだったのですが、当時から富士通が軌道計算システムを開発して、それを脈々と改良して今に至っています。

-- 日本の宇宙開発分野に欠かせない存在ですね。

富士通としてはAIの開発も盛んなので、近い将来AIを応用していける時代が来るといいなと思っています。

-- やりがいを感じるのはどんな時ですか?

自分のやってきた努力や創意工夫がダイレクトにミッション成功への貢献につながるのが、この太陽系探査プロジェクトのワクワクドキドキするところです。プロジェクトの企画は打ち上げの10年以上前から始まってシステムの研究や開発をやってきて、人工衛星の打ち上げ前に事前解析をして、評価して備えてシステムを作るんですね。ですが実際に太陽系の中に出ていくと、事前に思っていたのと違う結果が出てくる時があるので、実際に取れたデータを評価して、それに基づいて必要であればシステムを改善して運用の仕方も工夫して、いろいろなトラブルや困難を乗り越えていくということをしています。

世界初!小惑星に人工クレーターをつくり、未知の領域に挑む

-- 「はやぶさ2」の今の課題は何でしょうか?

一番の課題は、今年2月にタッチダウンして採取したと思われるサンプルを無事に地球に持って帰ることですね。4月に小惑星に衝突装置を打ち込んで人工クレーターをつくるミッションに成功して、これからそのクレーターの状況を精査して、確認して判断したらクレーター付近に降りて行って掘り起こした中の物質もさらに持って帰ろうとしています。リュウグウを出発するのが今年の冬、地球に戻ってくるのは来年の冬の予定です。

-- 宇宙分野での技術の可能性や広がりはどのようにお考えですか?

アメリカなど世界的にも月と火星が着目されていて、JAXAさんも月に着陸する実験機と、火星の衛星に着陸してその岩石を採って帰ってくるプロジェクトを立ち上げようとしています。人類の活動領域が月から火星に広がっていくのが、これからのステージになっていくと思います。

人類が宇宙で暮らす「未来」に、つながる「今」であってほしい

-- 今後どのようなことに挑戦していきたいですか?

人類の活動領域を広げていく時にICTで切り拓いていくということを、これまでもこれからもやっていきたいと思っています。

-- 実現したい夢はありますか?

僕は最初にお話ししたようにガンダム世代なので(笑)スペースコロニーってすごいなと思うんですね。技術的に合理的かどうかは別として、人類が宇宙空間で普通に生活している時代ってすごいなと。今の時代にもいくつかの宇宙ステーションが打ち上げられていますが、将来振り返った時に、今が人類にとって宇宙の居住空間の走りになるかもしれませんね。「ああ、そこから始まって今我々の宇宙生活があるんだね」と思えるような時代に繋がっていくといいなと思います。

-- ロマンがあって素敵ですね。ありがとうございました。


軌道決定システムとは?

軌道決定とは、人工衛星や探査機がある時刻にどこにいるのか、どのくらいの速度なのかを推定すること。地上のアンテナと人工衛星・探査機との間で電波による通信を行うことにより、位置と速度を計算する。2019年6月現在、小惑星リュウグウは地球から約3億km離れているが、遠く離れた宇宙空間の探査機に対して電波計測のみで位置速度を推定することは非常に難しい。はやぶさ2で使用されている、富士通の軌道決定技術の精度は東京からアメリカのシカゴにある数十cmの的を狙えるほどである。