AIを用いた胎児心臓超音波スクリーニング

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様々な分野で活用されているAI技術。特に医療分野では医用画像の診断を支援する画像診断支援システムの実用化に向けた動きが進んでいます。富士通は、新生児死亡の大きな要因となる先天性心疾患について、理化学研究所および昭和大学と連携し、胎児期での早期診断を目指した取り組みを進めています。

先天性心疾患の発見に有効なスクリー二ング検査

新生児の100人に1人が発症するという「先天性心疾患」。生まれつき心臓や血管のつながりなどに何らかの異常が認められる病気です。中でも「重症先天性心疾患」は新生児死亡要因の約20%にも達するとされています。一方で、その治療技術は日々進歩しています。特に、出生前に見つけ、適切な処置を施した場合、治療成績が向上するとともに予後も改善されると言われています。そこで重要となるのが、妊婦検診で実施される検査の一つである「胎児心臓超音波スクリーニング」です。

今回、富士通・理化学研究所・昭和大学の共同研究グループ(注1)は、AI(人工知能)を活用し、より高い精度で胎児の心臓異常を自動検知し、その結果を簡潔に表示する「胎児心臓超音波スクリーニングシステム」を開発しました。

どの位置にどの部位が写っていれば正常か、という胎児心臓の正解情報を付与した教師データを作成してAIに学習させ、そこから得た心臓・大血管等の部位を正常の場合と比較し、異常を検知します。さらに、その結果をリアルタイムに一覧表で表示します。

(注1)富士通と理化学研究所は2017年4月に「理研AIP-富士通連携センター」を設立し、「想定外を想定するAI技術」の実現を研究テーマとした共同研究を進めています。また、昭和大学病院は、日本の大学病院ではトップレベルの年間出産数を誇る4病院の産婦人科を運営しています。

社会的課題の解決から始まった開発プロジェクト

胎児心臓超音波スクリーニングシステムは産婦人科医の協力のもとで開発されています。そこには「先天性心疾患を早期に発見したい」という多くの医師の想いが込められています。先天性心疾患の治療には、胎児期に専門医のいる病院で十分な準備をし、計画分娩で出産するなど、出生前より綿密な計画を立てることで治療成績が向上すると考えられます。

ところが、スクリーニング検査による診断率は近年上昇しているものの、まだ不十分であるのが現状です。胎児の心臓は小さく、複雑な構造で動きも早いため、超音波検査での観察には、高度な技術が求められます。この検査技術は経験などに依存するところが大きく、検査者間の技術の差が存在します。また、産婦人科医の減少や都市偏在による人材不足で、医療レベルの地域間格差も生じています。

このような技術力の差を埋め、より高い精度で胎児の心疾患を検知し専門医へ橋渡しすることが大きな課題でした。富士通は、理化学研究所・革新知能統合研究センター・がん探索医療研究チーム(浜本隆二チームリーダー)研究員であり産婦人科医の小松正明先生、および胎児心臓超音波診断のエキスパートである昭和大学医学部・産婦人科学講座(関沢明彦教授)の松岡 隆准教授とともに開発プロジェクトチームを立ち上げ、2018年9月に産婦人科医の診断を補助するシステムを構築したことを共同発表しました。

高度な解析技術が要求される超音波画像AI研究

先述のように胎児の超音波診断には高度な診断技術が必要とされます。その上、超音波画像のAI研究自体も非常に難しいとされてきました。AI技術は、医療分野ですでにX線写真やCT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像)などの画像から病変を検出する「AI画像診断支援システム」に活用されています。「ディープラーニング」に代表される機械学習を活用し、学習に必要な正常データと異常データを十分(10万以上)集めることで、高い認識精度の実現が可能となります。

一方、胎児の先天性心疾患はそもそも発症頻度が低く、異常データを十分集めることが困難です。そこで、正常データのみから学習を行い、そのパターンから逸脱したデータを異常とみなす「異常検知技術(注2)」の適用が考えられました。しかし、超音波画像には、ノイズ(陰影)が入りやすく、仮に正常でも不完全なデータは異常と判定されやすいという課題があります。従来の技術で、より高い精度で異常を検知するためには、多様なパターンの陰影が入った大量の正常データが必要でした。

(注2)正常データのみから学習を行い、学習した正常データのパターンから逸脱したデータを異常とみなす機械学習技術

物体検知技術を活用した異常検知とは

そこで、共同研究グループは少量のデータや不完全なデータからでも的確な予想を可能にする「ロバストな機械学習技術(注3)」の適用を検討し、AI技術の1つである「物体検知技術」を活用した胎児の心臓構造の異常を自動検知する技術を開発しました。

正常な胎児の心臓の構造には個体差が少なく、心臓の同じ位置に同じ弁や血管などの部位が存在します。超音波スクリーニングでは、「正常ならば、どの部位がどの位置に映るか」という観点で異常を発見します。研究グループはこの点に着目し、画像に映る複数の物体の位置や分類を高い性能で判別できる「物体検知技術」を異常検知に活用しました。

「物体検知技術」の学習には、正常データの画像中に映る部分に対して、名前や位置を正常情報として付与した「教師データ」を利用します。この教師データで学習した物体検知技術を用いて、検査対象の超音波画像から心臓の部位を検知します。

図1 物体検知技術を活用した胎児心室中隔の異常検知例
正常胎児心臓(a)において映っているべき心室中隔を提示し(赤枠)、アノテーション済み教師データを用いて学習した物体検知技術を用いて、症例bにおいて実際に映っていた心室中隔の部位を検知する(白枠)。その相違から症例bは異常と判定する(b. 心室中隔欠損)。

この技術を活用すると、かなり高い精度で特定の部位を検知できるようになります。その結果、この検知状況と、正常な心臓の部位の位置とを比較することで、多少の陰影が入った不完全な画像でも異常が検知できる、という仕組みです。

(注3)従来の機械学習は、膨大なデータ量や質の高い完全データがなければ十分な予測能力を発揮できない。この課題を克服し、少量のデ-タや不完全なデータであっても、的確に未来を予測できる(=ロバストな)機械学習の革新的基盤技術

リアルタイムに異常を自動検知する「胎児心臓超音波スクリーニングシステム」

この物体検知技術を応用し、共同研究グループは「胎児心臓超音波スクリーニングシステム」を開発しました。教師データとして診断精度の高い正常胎児心臓の超音波画像2000枚を用いました。

検査者は、超音波プローブで、妊婦のお腹をスイープし、胎児の胃から心臓に向け一定方向にスキャニングします。ここから得られる動画像に対し、胎児の心臓とその周辺臓器の18の部位がそれぞれ実際に映っていたかどうかを「確信度」として高速に算出します。またその結果を操作画面上にリアルタイムで表示します。各部位について、検知されなかった場合や、確信度が低い場合には異常と判定します。

例えば、頻度の高い先天性心疾患である「ファロー四徴症」では、心臓の中央の壁に穴が開いたり、心臓から出ている大血管のうち片方が狭まってしまうという特徴があります。そうした部位はエコーに映らないこともありますが、このシステムでは本来あるべきものがない、ということで異常と判定されます。

診断を効率化する検知結果の表示方式

検知結果は一覧表で表示します。横軸は時間、縦軸は各部位を表していて、AIが高い確信度で検出した場合は青、何も検知しなかった場合を灰色で表示します。

図:今回開発した、胎児心臓超音波スクリーニングシステムによる画像

図:検査結果一覧表示システム。正常例aとファロー四徴症b。より簡便にどの部位が異常判定の根拠となったのか、把握して説明できる。この例では赤枠が異常検知のポイントとなる

静止画と異なり、超音波検査における操作断面動画の確認には、再生時間がかかり一覧性が悪いことも問題でした。しかし、このシステムにより、各部位の検知具合を一目で確認でき、確認に要していた時間を大幅に削減することが可能です。

また、物体検知技術を用いることにより、検査者間の技術格差によらず検査結果の質が一定になります。さらに、どの部位が異常判定に影響したのかを一覧表示で把握・説明できるというメリットもあります。超音波専門医からも「単なる動画よりも全体構造が把握できて分かりやすい」という評価を得ています。

本格化する計画、そこから見据える先

今回開発したシステムを活用することで、検査者間の読影技術の格差を埋め、胎児の超音波診断を支援することが可能になります。また、早急な治療が必要な重症かつ複雑な先天性心疾患をより高い精度で検知することが期待できます。

今後は、数十万枚もの大量の胎児超音波画像を追加取得してAIに学習させる計画で、それによりスクリーニング精度の向上や実証の検査対象の拡大を図る予定です。また、国内外の関連学会に呼び掛けることで、様々な先天性心疾患のデータを収集・検証することで、本システムの信頼性をより確実に実証していきます。

さらに富士通のAI技術「FUJITSU Human Centric AI Zinrai」(注4)への適用を行い、超音波機器メーカーとの提携などによって、AIによる胎児心臓超音波スクリーニング分野での早期臨床応用の実現を目指しています。

(注4)富士通株式会社が志向する「人と協調する、人を中心としたAI(=Human Centric AI)」、「継続的に成長するAI」実現のため、社会に提供するAI技術を体系化したもの。

Digital Co-creationのパートナーとして

本プロジェクトにおいても、富士通・理化学研究所のAI研究者と、産婦人科医療に関わる超音波専門医という、まったく異なる文化を持つ人々の共創Co-creationからブレークスルーが生まれました。

共同研究グループの最終目標は「すべての病院での妊婦健診において、このシステムを使っていただくことを通して、先天性心疾患の早期診断に貢献する」ことです。今後は、専門医や最新の検査機器が少ない地方の病院でも、このシステムを用いた正確なスクリーニングおよび遠隔診断との組み合わせによって専門医への橋渡しを実現し、日本だけでなくグローバルでも活用できることを目指していきます。

富士通は、デジタル技術と様々なノウハウを持つ方々と共創することで、今後も本プロジェクトを強力に推進し、社会に革新的な価値をもたらし続けることで人々の生活が豊かになる未来を実現していきます。