• ホーム
  • 小売・卸
  • キャッシュレス決済【第三回】 中国先端事例に見るキャッシュレス社会の明日、決済時の個人認証が作る新ビジネス

キャッシュレス決済【第三回】 中国先端事例に見るキャッシュレス社会の明日、決済時の個人認証が作る新ビジネス

メインビジュアル : キャッシュレス決済【第三回】 中国先端事例に見るキャッシュレス社会の明日、決済時の個人認証が作る新ビジネス

2019年10月に迫る消費税増税の実施に向けた動きの中で、国内でもキャッシュレス推進策が具体化しつつあります。どのような形に落ち着くのかは見えていませんが、キャッシュレスの広まりは私たちの生活やビジネスを大きく変えていくことでしょう。そこで今回は、キャッシュレス先進国である中国の事例を見ながら、最先端のキャッシュレス社会がどのようなものなのか、そこで生まれるビジネスや課題を見ていくことにしましょう。

珍しくなくなったセルフ決済の無人コンビニ

中国のキャッシュレス化を象徴するのは、なんと言ってもスマホアプリを用いたキャッシュレス決済でしょう。アリババ集団の「支付宝(Alipay)」と騰訊控股(テンセント)の「微信支付(WeChat Pay)」という2つの巨大なスマホ決済サービスが広く浸透しており、通りにある屋台から高級デパートまで、あらゆる商店でスマホアプリを用いたキャッシュレス決済が利用できるようになっています。

その中でも先進的な取り組みに、スマホアプリを用いたセルフ決済を前提とする無人コンビニがあります。中国では多くの企業が無人コンビニ市場へ参入していますが、その先駆者と言えるのは上海だけで5店舗を展開する繽果盒子(Bingo Box)です。Bingo Boxは広場に設置される仮設店舗のような形で運用が始まりましたが、今ではショッピングモール内でも見かけるようになりました。

Bingo Boxを利用するときは、専用アプリをダウンロードし、そこで表示されるQRコードを店舗入り口の読み取り装置にかざします。すると、ドアが開き、入店できます。店舗内で購入する商品を手にしたら、それらをセルフレジに運びます。合計料金が提示されるので、スマホで購入を指示して決済を実行します。

Bingo Boxは他のコンビニに比べて魅力的な商品が多いわけでも、価格が安いわけでもありません。現段階はコンビニとしての魅力を高めることではなく、無人でオペレーションするための課題発見に力点をおいて運営しているようです。

ビルの地下に設置されたBingoboxの店舗
ダウンロードしたスマホアプリでIDとなるQRコードを表示し、それを入り口にかざすとドアのロックが解除されて入店できる。利用者は購入物をセルフレジの精算台に置くと金額が表示されるので、スマホでセルフ決済する

Amazon Go型のレジ無しコンビニや顔認証だけで入退出できる店舗が登場

セルフ決済は日本国内のコンビニでも利用できるので、購買体験として珍しいとは言えません。また、料金が掲示され、それを了解して支払手続きするセルフ決済は、自動販売機でモノを購入することと基本的には同じ購買体験となります。日本にはたくさんの自動販売機があり、交通系ICカードで支払うことが出来るので、その便利さに慣れるとスマホでアプリを起動してQRコードをかざすという行為は面倒に感じたりします。

スマホアプリでの支払い時の煩わしさを取り除く方法としては、米アマゾン・ドット・コムが「Amazon Go」で実用化したレジ無し店舗があります。利用者が何を購入したのかをカメラなどのセンサーを用いて判断することに加え、退出時には自動的に決済処理を実行し、その結果を利用者にメールで伝えます。利用者は入店時と退店時にスマホをゲートにかざすだけで、商品を購買できるわけです。中国でも、レジ無し店舗の運用が始まっています。

例えば、云拿科技(CloudPick)が運営する云拿智慧商店(LePick)はAmazon Go型のレジ無しコンビニです。入店時と退店時に専用アプリでQRコードを表示してゲートにかざす必要はありますが、何を購入したのかは自動的に判断され、退店した後に自動決済した結果がメールで送られてきます。

ショッピングモールに設置されたレジ無し店舗「云拿智慧商店(LePick)」
専用スマホアプリを起動し、QRコードをかざすと入店ゲートが開く。欲しいものを手に取ってそのまま退出ゲートでQRコードをかざすとゲートが開いて退店できる。少し経つと、自動精算したことを示す通知が送られてくる

さらに進んだ店舗もあります。簡(Jian)24が展開するレジ無しコンビニです。この店舗は顔認証を組み合わせることで、入退出時にスマホを取り出さずに済ませるようにしました。ポイントは、最初の入店時にQRコードをかざすとき、顔認証用のデータ登録も実行するところにあります。ここでQRコードと顔データを紐付けるので、2回目の入店時には顔認証だけでゲートが開きます。スマホを取り出すことなく店舗に入店し、欲しいものを手に取ったら退出ゲートに行きます。ここで再び顔認証を実施すれば退出ゲートが開きます。スマホがなくても入退出でき、物品購入できるのです。

オフィスビルの1Fに設置された簡(Jian)24のレジ無しコンビニ
入店時にQRコードをかざすと同時に顔認証用データを登録する。2回目の入店の際はスマホを取り出さなくても、入店時と退出時は顔認証でゲートが開く。欲しいものを持ち出せば、退出後に自動決済され、決済記録がメールで届く。

簡(Jian)24のレジなしコンビニのゲートに設置された顔認証装置
QRコードと顔認証データの紐付けは永続的でなく、一定期間後に再登録を求める運用になっている。

購買者の個人認証の際に、QRコードの代わりに顔認証などの生体認証を用いることは、利用者の煩わしさを解消するメリットがあるものの、その実用化に当たっては認識率/認識精度を高めることに加え、認識処理時間を短くするなどの新たな技術開発が求められます。実験的な運用の時は同時に利用する人が少ないので、処理時間がかかっても大きなトラブルにならないかもしれませんが、大規模店舗での導入では大量の認証処理を同時に素早く実行する新技術を開発できるかどうかが安定運用の鍵となります。こうした動きを先取りした研究開発も始まっています。例えば富士通研究所は富士通研究開発中心有限公司と共同で、手のひら静脈と顔情報で本人特定する生体認証融合技術を開発しています。将来、100万人規模での利用が想定される実店舗での決済や、イベント会場の入場における本人確認を生体認証で実現することを目指しています。

顔情報で照合対象者を選別し、手のひら静脈で本人特定する

決済時の個人認証によって生まれる新たな購買体験

キャッシュレス決済は、決済業務の簡素化に伴う無人化や現金の管理負荷軽減といったメリットがありますが、それらに加えて、現金決済にはない「購入者の個人認証」というプロセスがあることを活用した新たな購買体験や顧客価値を生み出すことが期待されています。決済時に個人認証を伴うことによる新しい購買体験の実用化例としては、キャッシュレス販売機を用いた馬券(勝馬投票券)の購入と払戻しがあります。日本中央競馬会(JRA)は2018年9月、現金を使わず手のひらをかざすことで馬券を購入できるキャッシュレス発売機の運用を始めました。

利用者は、あらかじめ手のひら静脈の情報を登録し、入金可能な会員ICカード「JRA-UMACA(ウマカ)」と紐づけます。キャッシュレス発売機に「JRA-UMACA」をタッチし、手のひらをかざすことで本人確認が完了し、キャッシュレスで馬券を購入したり、払戻しをしたりできます。キャッシュレス発売機は、富士通と富士通フロンテックが共同開発しました。

キャッシュレス発売機とキャッシュレス発売機で本人認証を行う様子

O2OからOMOへ進化する中国の小売業界

リアル店舗でのキャッシュレス決済が浸透すれば、オンラインによるEC販売同様に、リアル店舗での購買履歴から購買行動を入手できるようになり、顧客が何を望んでいるのかを的確に把握・予測できるようになります。その一方で、ネット店舗とリアル店舗には、それぞれ得意とするところと苦手なところがあり、利用者は両方を上手く使い分けたいと考えています。

こうした世の中の変化を捉え、EC大手のアリババ集団の創業者であるジャック・マーは2016年末に新戦略「ニューリテール」発表しました。ニューリテールとは、オンラインとオフラインを組み合わせた新たな小売りビジネスのことで、利用者の購買データの分析を前提に、ITをフル活用した魅力的な購買体験の提供を目指すものです。この動きはアリババ集団だけに閉じたものではなく、中国においてアリババ集団と競合する京東も同様の取り組みを始めています。ニューリテールは、ネットとリアルの相乗効果を高める戦略です。当初はO2O(online to offline;ネット店舗によるリアル店舗への誘導)と認識されていましたが、今はOMO(online merges offline;ネット店舗とリアル店舗の融合)と呼ばれることが多くなっています。

アリババ軍団のニューリテール戦略を象徴する総合スーパー「盒馬鲜生」
スーパーマーケットとレストランが併設されている店舗と、オンラインショップ、店舗で購入した物品の配送サービスで構成される。

テンセントが出資する京東が展開するニューリテール型総合スーパー「7FRESH」

決済情報は重要な個人情報、中国では信用スコアにも活用

キャッシュレス決済が浸透すれば、個人別の決済履歴が蓄積されます。このデータは、与信管理の際の重要な評価情報として使うことが出来ます。実際、アリババ集団には支付宝(Alipay)の、テンセントには微信支付(WeChat Pay)の決済情報が集まっています。そして両社は、その決済情報をはじめとする利用者ごとの各種の個人情報を収集し、利用者ごとの信頼度を数値化した"信用スコア"を算出するビジネスを始めています。アリババ集団は「芝麻信用」(運営母体はアリババ集団の子会社のアントフィナンシャル)、テンセントは「騰訊信用」という名称です。なお中国は、2014年に国の方針として、社会全体の信頼性を高める目的で「社会信用システム」の制度運用を始めています。アリババ集団とテンセントの信用スコアは、この政府の方針に沿った事業であり、政府が開示する各種の個人情報も信用スコアの算出に活用しています。

信用スコアに影響を与える情報は多岐にわたります。芝麻信用の場合、利用者は自信の身分証明証、学歴、会社のアドレス、仕事の経歴、免許、車情報、不動産、保険、クレジットカードなどの情報を登録することができ、それによってスコアは変化します。信用スコアが高い人は、ホテル予約やモバイルバッテリーのレンタル時のデポジットが不要になるという特典があります。

芝麻信用のスコアの例 350~950の間で点数が付けられている。

日本でも始まる情報銀行構想

信用スコアという新しいビジネスは中国ならではと言えるかもしれませんが、日本でも個人情報を管理・活用を目的とする新ビジネスが生まれつつあります。2019年に開始予定の「情報銀行」です。情報銀行は、個人データを収集・管理を主業務とする新ジャンルのビジネスで、総務省は情報銀行の事業者認定の申請受付を2018年12月に開始し、2019年3月頃に認定する計画を明らかにしています。決済情報も重要な個人情報ですから、情報銀行が収集・管理するデータとして扱われることになるでしょう。

情報銀行には、これまで銀行業を営んできた企業以外の参入も見込まれています。例えば富士通は、イオンフィナンシャルサービスと共同で情報銀行の実証実験を実施していますが、この実証実験では富士通が情報銀行の主体となり、イオンフィナンシャルサービスは個人データを活用する事業者側として参加しました。

情報銀行の利用者は、年齢や居住地、家族構成といった属性情報、趣味や嗜好、日々の気分や体調といった個人データを自らの意思で情報銀行に預託します。実証実験では、預託した情報の内容や量、承諾した開示先企業に応じた対価を企業内仮想コイン「FUJITSUコイン」で提供しました。

実証実験における情報銀行のシステム概要

個人情報の活用と安全性確保が問われる

キャッシュレス社会は、匿名性の高い現金での購買がなくなるので、不正な取引が実行されにくくなり、現金を狙った犯罪行為の発生確率が低くなるといった社会的なメリットがあります。その一方で、プライバシー情報である取引情報が店舗や決済サービス事業者に残るため、プライバシー侵害の危険性が高まるデメリットもあります。この観点で見ると、情報漏洩の危険を防ぐ意味で、自らの個人情報管理とその運用は高いセキュリティが期待される情報銀行に任せるという考え方は理にかなっているのかもしれません。

これまでのキャッシュ社会では、 お金の管理と運用 に気配りしていたように、これからのキャッシュレス社会を安心して過ごすためには、決済記録を含む各種の 個人情報の管理と運用 に注意を払う必要がありそうです。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。