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キャッシュレス決済【第一回】レジ無しスーパーが大規模展開? キャッシュレスが作る新たな買い物体験とは?

この夏北海道を襲った大規模停電は、今の社会生活がどれほど電気に依存しているのかを我々に強く知らしめるものでした。停電になれば、コンビニやスーパーでカード決済できなくなってしまうという現実を前に、「やっぱり手元に現金がないと安心できない」と感じた方も多かったことと思います。
その一方で、これまで以上のスピードで世界各国がキャッシュレス社会に向かっていることもまた事実です。日常生活において現金を使わずに生活できる環境がどんどん整っているのです。
キャッシュレス社会を支えているのはスマホとオンライン決済の広がりですが、人々に浸透する原動力は、使う側が「新しいユーザー体験」を好んでいることにあるようです。今回は、キャッシュレスの実用化動向をご紹介しましょう。

キャッシュレス社会を象徴する"レジ無しスーパー"、米国だけでなくジャカルタにも

キャッシュレス社会を象徴する存在として注目を集めているのが"レジ無しスーパー"です。これまでのキャッシュ社会では、何かを購入したときに、その代金をレジで支払うのが当たりまえでした。現金、クレジットカードはもちろん、スマホアプリのオンライン決済機能を使う場合でも、店と利用者が購入物と代金を確認し、利用者は店が請求した金額を何らかの決済手段で明示的に支払って物品を購入していたわけです。
レジ無しスーパーの特徴は、レジを無くすることで、利用者がレジに並んで決済処理しなくても、店内のものを店外に持ち出せる環境を作り出したことです。スーパーで買い物したとき、レジが長いとがっかりしますよね。短い列のレジを探して並んでも、前に並んでいる方がお財布から小銭を取り出すのに時間が掛かったりすると、別の列に並べば良かったかなと思ったりします。レジ無しスーパーなら、このようなストレスはありません。
精算のために無駄な時間を使わなくていいという体験は、キャッシュレス社会がもたらす新しい価値だと言えます。例えば米ウーバーテクノロジーズのようなオンデマンド配車サービスを利用するような場面では、配車を決定する段階に料金が示されるので、クレジットカード払いにしておけば目的地に着いたらすぐに車外に出ることができます。急いでいるときに料金支払いが不要という体験をすると、その利便性がとても快適に感じられ、また使いたくなります。
レジ無しスーパーでは、利用者が品物を購入したかどうかは、店側がセンサーやカメラを用いて利用者の行動を把握することで判断します。利用者は、店に入る前に専用アプリを起動して、そこに表示された利用者のIDとなるQRコードを入場ゲートのカメラにかざします。店内でほしい商品を手に取って、そのまま退場ゲートを通過すれば、持ち出されたものは購入されたと判断され、課金・決済処理が実行されます。このとき、利用者は何の作業も必要ありません。単に欲しいものを持って店の外に歩いて出て行くだけです。決済結果は、店外に出てからスマホで確認できます。
このレジ無しスーパー構想を世界で初めて打ち出したのは、米アマゾン・ドット・コムです。レジ無しスーパー「Amazon Go」の実用化構想を発表したのは2016年12月。社員を対象とする実証テストを繰り返し、2018年1月にシアトルに一般ユーザー向けの店舗を開きました。

レジ無し小売店の象徴的存在と言える米アマゾン・ドット・コムの「Amazon Go」のプロモーション動画の一部(出所:アマゾン・ドット・コム)

アマゾンは2018年8月にシアトルに2号店、9月にはシアトルに3号店、シカゴに4号店と店舗網の拡大を急ピッチで進めています。同じタイミングで米ブルームバーグが「今後3年間で3000店舗を全米に出店する計画を持っている」と報道したことで、大きな話題となりました。報道によると、年内に10店舗、2019年に50店舗、2021年までに3000店舗にする計画とのことです。
レジ無しスーパーの構想を持っているのはアマゾンだけではありません。例えば中国の大手EC事業者である京東集団(JD.com)は2018年8月、インドネシアのジャカルタにレジ無しスーパー「JD.ID X-Mart」をオープンしました。

ジャカルタのショッピングモール「PIK Avenue」の中にオープンした「JD.ID X-Mart」(出所:JD.com 京東日本)

京東集団がジャカルタにオープンしたお店は、Amazon Go同様、専用スマホアプリを起動して入場者のIDとなるQRコードを入場ゲートにかざすことで入店します。その際、顔認証データを登録するところに特徴があります。顔認証データとQRコードを紐付けるわけです。店内にはカメラなどのセンサーが設置されているほか、商品にはRFIDタグが付けられています。利用者が店外に出るときは、購入した商品のRFIDタグを読み取り、利用者の顔認証を実行することで「誰が何を買ったのか」を確定し、スマホアプリのオンライン決済機能を用いて自動精算する仕組みになっています。

店外に出るとき(チェックアウト時)に顔認証を実行する(出所:JD.com 京東日本)

チェックアウト後、スマホで購入結果を確認できる(出所:JD.com 京東日本)

レジ無しスーパーは、ある意味で究極のキャッシュレススーパーと言えるかもしれませんが、けっして無人店舗ではありません。レジ無しにすることで、スタッフをレジ業務から開放し、利用者支援や商品補充といった利用者の買い物体験を快適にする業務に回すことで、人手を増やすことなく店舗の価値を高めるところに主眼を置いているようです。

キャッシュレス社会に欠かせないのはスマートフォンと個人間の送金システム

レジ無しスーパーが身近な存在になるのは少し先のことになりそうですが、現金を使わなくても生活できるキャッシュレス社会は、すでにいくつかの国で実現されています。例えばキャッシュレス社会として有名なスウェーデンでは、クレジットカードやデビットカードでほとんどのものを購入できるので、現金を持ち歩く必要がありません。デパートの中の有料トイレでさえ、カード決済できるほどです。

ストックホルム市内のデパート内の有料トイレに取り付けられている「クレジットカード対応の入場ゲート」

キャッシュレス社会のメリットは、利用者だけでなく店側にもあります。現金決済ではおつりを用意しなければなりませんし、店舗内では現金の管理がついてまわります。キャッシュレスになれば、おつりを用意する必要も現金のやり取りにかかる負荷もありません。現金目当ての犯罪被害に遭遇する危険も減ります。
スウェーデンでは国家がキャッシュレスに積極的で、多くの国民がキャッシュレスを受け入れていることから、現金取引での売買を取りやめた店舗やサービス(交通機関など)が珍しくありません。現金を扱わない店は、それを意味する「NO CASH ACCEPTED」という表示を掲げていますが、ストックホルム市内を歩くと、その表示を街中で見かけることができます。
ただし日常生活にはカード決済では対応できない取引があります。例えば、友人と食事に出かけたときにお金を貸し借りするようなケースです。個人間でのお金の授受は、現金ならすぐにできますが、現金を持ち歩かない社会になるとそれに変わる仕組みが必要になります。キャッシュレス社会が進んでいるところには、必ずその仕組みがあります。それは、個人間で金銭を電子的に即座にやり取りできるモバイル決済サービスです。具体的には、専用のスマートフォンアプリを用いて、個人間や個人と店舗の間で、即座に金銭をやり取りできるスマホ決済サービスです。スウェーデンの場合はSwishと呼ばれる手数料無料の個人向けスマホ決済サービスがあります。国民の大半がスマホ決済を使えるなら、個人間のお金のやり取りも、現金よりスマホ決済が便利です。「今は持ち合わせがないから」とか、「おつりがないから、今度ね」といったことがなくなるからです。
逆に言えば、多くの人がスマホ決済を使っていないなら、現金を持ち歩く必要があります。まだ日本はこの段階にあると言えます。

日常生活の支払いはスマホ決済、2大ブランドが広く普及した中国

スマホ決済が広く浸透している国の代表と言えるのは、中国でしょう。中国には、アリババ集団の「支付宝(Alipay)」と騰訊控股(テンセント)の「微信支付(WeChat Pay)」という2つの巨大なスマホ決済サービスがあり、多くの人々がそれぞれにアカウントを作り、スマートフォンの専用アプリを用いて日々の現金支払いに活用しています。この二つのスマホ決済は中国国内の多くの店舗で利用できることに加え、個人間で即座に送金できる機能を備えています。
中国では、個人間で現金をやり取りする場面でもスマホ決済が当たり前になっています。スマホ決済なら支払う金額を入力するだけでその場で送金でき、受け取る側もその場で入金を確認できるので、現金より利便性が高いのです。このように、中国では現金を持ち歩く必要性がなくなっているため、現金を持ち歩かない人が増えています。
中国の人々は、海外に旅行や出張するときも中国同様にスマホ決済を使いたいというニーズを持っています。海外でスマホ決済を使えれば、現地通貨の持ち合わせを気にすることなく買い物できます。店舗側から見れば、販売売上の拡大が見込めます。この状況を踏まえて、中国人観光客の訪問を期待する店舗は、AlipayやWeChat Payでの支払いを受け付けられるように対応を急いでいます。

AlipayやWeChat Payが利用できることを伝えるサインボード

このような店舗側のニーズを解決する動きも活発です。既存のクレジットカードの決済サービスを拡張して中国のモバイル決済に対応するというものです。例えば富士通九州システムサービスは、同社が運営する富士通決済センターが提供している小売業界向けクレジット決済サービス「Card-SaaS/CHANNEL Value クレジット決済中継」を拡充してアリペイにも対応できるようにしています。

富士通決済センターが提供する小売業界向けクレジット決済サービス「Card-SaaS/CHANNEL Value クレジット決済中継」の仕組み 銀聯カード(中国)、新韓カード(韓国)に加えて、Alipayの中継サービスを追加した

クレジットカードもスマホも使わない、手ぶらでの買い物を生体認証で実現

アジアにはもう一つ、キャッシュレス先進国があります。それは韓国です。1997 年のアジア通貨危機以降、韓国政府はキャッシュレス社会を推進するためのさまざまな施策をとってきたため、韓国ではクレジットカード、デビットカード、電子マネーなどを用いた決済が一般化しています。普及の背景には、現金よりもクレジットカードを使った方が税金面で得をするといった、一般利用者向けの優遇策があるようです。
キャッシュレス先進国の韓国では、クレジットカードやスマホの先を行く新しい決済手法の実用化が始まっています。クレジットカードやスマホを利用する場合は、利用者が決済時に財布からクレジットカードを取り出したり、スマホの決済アプリを起動してQRコードを表示したり店が用意しているQRコードをスキャンしたりする必要があります。これらの作業はちょっとした時間が掛かりますし、荷物を持っていたりして手が塞がっているときはちょっと面倒です。
こうした不便を解決することを目的に韓国で始まったのが利用者の生体認証を活用する試みです。例えばLOTTE CARDは富士通の手のひら静脈認証装置「PalmSecure」を採用することで、"手ぶらでショッピング"を実現する「HandPay 決済サービス」を開始しました。
HandPayの決済に使うのは利用者の手だけです。最初に登録済みの電話番号を入力し、その後、やはり登録済みの手のひら静脈によるオンライン認証を実行するために手のひらを機械にかざします。クレジットカードもスマホも使わないので、手ぶらで買い物できるというわけです。

HandPay 決済サービスの利用方法(その1) まず登録してある自分の電話番号を入力します

HandPay 決済サービスの利用方法(その2) 電話番号を入力すると手をかざすように指示が出るので、手のひらをかざします。これで決済処理が実行されます

今回は一足先にキャッシュレス社会を歩み始めている米国、インドネシア、スウェーデン、中国、そして韓国の動向を利用者視点でまとめてみました。現金のやり取りにかかわる手続きをなくすることができれば、利用者に多くのメリットを与えることができます。日本がキャッシュレスで遅れているのは、国民の多くがキャッシュレスにするメリットを感じていないからにほかなりません。キャッシュレス先進国が享受しているキャッシュレスのメリットを、私たちも享受できるようになるといいですね。
次回は、日本でも始まりつつある"無人コンビニ"の実用化動向と、キャッシュレスがもたらす社会的な変革として期待されている決済データの利活用について見ていきます。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。