• ホーム
  • 製造
  • 1億枚のその先へ。UHF帯RFIDリネンタグが創り出す未来

1億枚のその先へ。UHF帯RFIDリネンタグが創り出す未来

タオルやシーツ、制服を1枚ごとに管理するリネンタグ

2018年4月、富士通フロンテックの「UHF帯RFIDソフトリネンタグ」(以下、リネンタグ)の累計出荷枚数が、世界で1億枚に到達しました。第一世代となるリネンタグが発表されて12年目の快挙でした。

元来、リネンタグはユニフォームやリネン類(シーツ、枕カバー、タオル)などの個別管理に用いられてきました。いつ、どこで、誰が用いているのか? 洗濯・クリーニングはどれくらいされたのか? ニーズに合致した量が提供できているのか否か?――といった情報を、1枚ごとに細かく管理できるとあって、大量にリネン類を使うホテルや病院、制服の種類が細分化されている大型テーマパークなどで幅広く活用されています。洗濯やクリーニングをしても、滅多には壊れない強度を誇っており、繰り返し何度も使えるという点も大きなセールスポイントとなっています。

このリネンタグの技術的背景を解説するには、まず「RFID(Radio Frequency IDentification)」の話から始めましょう。何やら聞き慣れない難しそうな単語だな――と思う人もいるかもしれませんが、RFIDは極めて身近な技術です。

代表的なところでいえば、SuicaやICOCAといった交通系ICカード乗車券があります。事前にお金をチャージしておけば、改札機にかざすだけで通過できるとあって、電車を使って通勤・通学をしている人にとって欠かせないアイテムとなりました。さらには財布の中を見れば文字通りRFIDだらけ。電子マネー(WAON,nanacoなど)、ポイントカード、従業員証、学生証、会員証など枚挙に暇がありません。さらにいえばパスポートや自動車運転免許証といった公的書類にも用いられています。まさにRFIDは私たちの生活に欠かせない存在となっているのです。

離れた場所で情報をやり取りすることができるRFID

そもそもRFIDは「無線による個体識別技術」と訳すことができます。無線を介して離れた場所で情報をやり取りすることができる点に、技術的優位性の一つがあるというわけです。実際、交通系ICカードを使う場合、改札のセンサーにカードを直接タッチせず、やや離れた状態で浮かせてみたり、カバンの底に入れたままで触れても"ピッ"と反応するのは、無線を使っている何よりの証です。

ただし、交通系ICカードなどの場合、通信距離は数センチ程度に留まります。一方、リネンタグの場合、最新の第四世代ですと約2.5mの距離に情報を飛ばせますし、同様の技術を使えば10mくらいまでは到達させることもできます。この違いは通信方式にあると、富士通グループのRFIDの開発の最前線に立ってきた落合は解説します。

落合 「RFIDが活性化したのは90年代のこと。当時は電磁誘導方式(HF)が主流で、交通系ICカードなどでもHF方式が採用されています。変化が起きたのは2005年。海外では既に許可されていたのですが、電波の規制緩和でHFよりも長距離化が可能なUHF帯(800~950MHz帯)の利用が日本国内でも可能となり、各社がUHF方式での開発を進めました。無論、リネンタグもUHF帯を利用しています」

HF方式に比べてコストも抑えられるというメリットがあることから、富士通グループでも規制緩和の数年前からUHF方式での技術検討を開始しました。ただ、いきなりリネンタグにたどり着いたわけではありません。ここに至るまで様々な可能性を模索していきました。

グループのRFID研究開発の頭脳となった富士通フロンテック。

洗濯回数200回の強度に耐えうるタグを

当時、富士通のテクノロジーセンターの一員として、RFID開発に参画した馬場によれば、最初はクリーニング用途という発想はまったくのゼロだったそうです。

馬場 「何に使うべきか、手探りの中で開発が進んでいきましたが、リリースを出したこともあって、引き合いはたくさん寄せられました。LPガスのボンベや建築資材、ビールのサーバ、物流用途のパレットなどの管理用途での開発なども進み、その中には今でも使われているものもあります」

リネンタグの開発に至ったのは、帝国ホテル様と日通様のユニフォーム管理が発端だったといいます。リネンタグが登場する以前、ユニフォームなどの管理には、HF帯の技術を使った「コインタグ」をどこかに忍ばせるという形が採用されていました。通信距離が短いため1つ1つを手作業で読み取らなくてはならず、管理に手間がかかってしまっていたのが難点だったといいます。しかし、UHF型を採用すれば、離れた距離から複数枚をまとめてチェックすることが可能。利便性が劇的に向上するとの期待から開発が進められました。

RFIDはリネンの折り返しの部分に入れ込むか、上から布を被せて縫い付けて装着する。

落合 「実はこの2社のニーズは、モノの所在をリアルタイムで把握するというよりは、セキュリティ上の問題の解決がテーマでした。社会的な信用を高めるために、1枚ずつ個別管理していこうということになったのです」

お客様の要望は洗濯寿命200回。家庭用の洗濯機ではなく、工業用の大型洗濯槽や自動アイロンがけ装置などで使っても耐えうる強度が必要となりました。

トライ&エラーの繰り返しで、ひょうたん型の構造に到達。

富士通グループは"モノづくり"という意味では、コンピュータや通信機器を得意としてきた企業体です。洗濯機やクリーニングに関しては全くの素人の状態でした。

馬場 「"洗濯・クリーニングとは何?"というところからスタートして、評価方法の構築を手探りで一つひとつを進めていくしかありませんでした。握力のある担当者が1日中手で曲げたり、伸ばしたりしていたようなこともしていましたが、それでは当然、限界があるので、曲げねじり試験機を作りました。」

無論、洗濯時にどれだけの力がかかるのかは、洗濯をしてみないとわかりません。開発メンバーたちは複数のクリーニング店に何度もお願いをして実験を繰り返しました。200回の洗濯耐性を評価するだけでも相応の時間がかかるため、開発期間は実に2年間に及びました。

"ひょうたん形"の補強材

何度もトライ&エラーを繰り返した結果、頭脳となる0.4㎜程度のサイズのICチップを、"ひょうたん形"の補強材で支えるという構造が完成します。さらに補強材の周りに遊びのような空間を設けて、硬いICチップがフレキシブルに動く余裕を持たせる形態も採用。洗濯中、あらゆる方向から押し寄せる負荷を柔軟にかわしていくこの基本構造は、完成から10数年が経った今も継承されています。

この第一世代のリネンタグがお披露目されたのは2007年のこと。コストを抑えた第二世代が2009年に登場すると、海外の大手アミューズメントパークに採用され、施設内のユニフォームの所在管理に用いられていきました。2011年にはアメリカの大手リネン品サプライヤーのモップ管理に採用されたことも後押しとなり、第二世代までで1000万枚の出荷を達成しています。ただし、当時のリネンタグには技術的な限界がありました。工業用クリーニングでボタンやファスナー等のないリネン品に使われる「圧力脱水」には、お手上げの状態だったのです。

超高圧への耐久性が課題となった第三世代。

写真左から第一世代、第三世代のRFID。次の第四世代はここからさらに3分の2のサイズを実現。

工業用クリーニングにおいて、洗濯したモノの水をはじく方法の一つに「遠心脱水」があります。その名の通り、遠心力で水をはじく方法で、家庭用洗濯機の仕組みと同様です。遠心脱水も相当の負荷がかかるものの、第一世代、第二世代では何とか対応しました。

一方、圧力脱水とは、洗濯した大量のモノに対して、油圧で何十トンもの圧力をかけて水を搾り取るという豪快な仕組みとなっています。かかる力は30~60bar(バール)。なかなか想像できない数字ですが、60barは直径20cmの円に約20tの重さが掛かった状態です。水深でいえば600m地点といったところ。もちろん、人間など押しつぶされてしまう圧力です。

これだけ強力な力がかかるとなると、ファスナーやボタンが壊れてしまうので、一般的な衣服は圧力脱水にはかけられません。しかし、シーツやタオル、枕カバーといったいわゆるリネン類は、量もかさむだけに圧力脱水には最適です。リネン類を攻めるには、圧力脱水の壁をどうしても乗り越えなくてはならなかったのです。

落合 「昔からいわゆるリネン類にニーズはあるのは知っていましたが、技術的に対応することができませんでした。しかし、アメリカのリネンサービス会社から『病院のシーツ類を管理したい』という声が上がったのを受けて、本格的に開発がスタートしました。当時は洗う量の重さを測る程度で管理していましたから、私どもが入り込んでいけばイノベーションが巻き起こせると考えました」

開発中に擬似圧力脱水の試験で壊れたサンプル

超高圧力への対応に関しては、第一世代と同様にまさにトライ&エラーの繰り返し。何度も圧力脱水をかけて、実験を繰り返していきました。クリーニング店に依頼するのではなく、自前で圧力脱水装置を購入しようかとの話もありましたが、さすがに長さ10mの巨大装置を実験のためだけに置くわけにもいかず断念したそうです。

諦めず、丹念に検討をしていくことで、たどり着いたのはICチップを守る保護材そのものが曲がるという技術。第一世代と第二世代は、保護材の周辺には柔軟性がなかったのですが、企業秘密の素材と技術で改良を加えた第三世代では、見事にぐにゃりと曲がるようになり、圧力脱水のハードルをクリアしました。

密集読みの正確さこそ、リネンタグの真髄。

第三世代のリネンタグは、富士通のRFID技術を成長させる原動力となりました。アメリカの大手のヘルスケアリネン品のレンタル・サービスサプライヤーに採用いただいたのが起爆剤となり、今や北米では70~80%ものシェアを獲得するに至っています。他社もUHF型RFIDを登場させていますが品質面では富士通が数歩先を走っているのは間違いありません。

北米クリーニング工場での利用シーン(写真提供:PositekRFID社)

ここでいう品質とは、一つは強度ということになるでしょう。リネンタグは圧力脱水の強烈な力にも十二分に耐えられるのみならず、他の様々な面でも過酷な条件をクリアしています。例えば、国によってはクリーニング時に使う洗剤が、リネンタグ内の接着剤を溶かしてしまうことがあることから、あらゆる角度からの検討はすでに実施済み。また、タグの取り付けに200℃のアイロンで圧着することがあるため熱への耐性も持たせていますし、病院での利用を想定しているので滅菌処理にも対応しています。

落合 「アメリカで顧客先に出荷途中であったリネンタグが、輸送会社の倉庫でハリケーンの被害にあい、倉庫全体が水没して梱包箱はぼろぼろになったのですが、リネンタグ自身には全く支障がなく、顧客はタグのみをそのまま受け入れた逸話もあるほど。強度面では絶対の自信を誇っています。ですが、私自身、リネンタグの最大の特色は"密集読み"だと考えています」

タオルやシーツが乱雑に詰め込まれたランドリーバックの中では、タグ自体も複雑に折り重なっています。その一つひとつの電波を一瞬で、正確に捉えなくては、タグをつけて管理する意味がありません。リネンタグの場合、アメリカでの利用例を見ると、同時に最大で1000枚のタグを読み取ることが可能で作業の効率化に寄与しています。

チップは中央の黒く丸い点、そこから左右に伸びる線がアンテナ部分。

実は電波の届く距離だけでいえば、他社製の方が長距離まで到達しますし、コストもどうしても富士通製は高くなってしまっています。しかしながら、大量のリネン類を一瞬で認識できて、ちょっとやそっとの使い方では壊れないので、シェアが伸ばせたのだと思います。

有名ホテルなどでも採用。次世代型の量産化も視野に。

caption

第三世代で技術的なブレークスルーを迎えたリネンタグは、第四世代で耐性や通信距離をさらに向上させて性能アップ。今や世界のラグジュアリーホテル、複数の有名テーマパーク、大規模リネン品サプライヤーなどに採用されるようになり、冒頭でも紹介したように累計出荷枚数1億枚を達成しました。

落合 「発表した3〜4カ月後には1億2000万枚に達しています。ちょうど病院のリネンを手掛ける企業が、RFIDに非対応だったクリーニング工場への導入を前倒ししたのが後押しとなっているのですが、リネンタグの注文に対し、生産が追い付いてない状態です。現在、自社の製造設備の増強中なので、おそらく2億枚への到達は、そう遠くない将来に実現することでしょう」

現在、クリーニング業界におけるリネンタグの適応率はわずか10%程度。日本などはほとんど導入すらされておらず、今なおバーコードと手作業で管理している企業が大多数です。1億枚の達成はあくまでも通過点。まだまだ進化する世界であるのです。

次世代リネンタグの形もすでに検討に入っています。最新版となる第五世代では、性能を維持したまま、さらなるコンパクト化を果たすことで、シーツやタオルに縫い込みやすい形態にしていこうとしています。これにより圧倒的に強い北米の基盤をよりいっそう固めるとともに、徐々に広がりを見せているヨーロッパ、中国などでもシェア拡大を目指していこうとしています。

リネンタグから目を移して、UHF帯のRFIDという切り口においても、可能性は大きく広がっています。

落合 「用途が拡大しているのは、アパレル販売店の商品タグ。使い捨ての廉価版ではあるのですが、10mほどの長い距離に電波が届くスペックとなっています。おかげで倉庫や物流拠点に山のように並ぶ商品の一つひとつの所在を厳密に管理し、どのようなルートで、どの店のどの場所に並んでいるのかを簡単に把握できるようになりました。会計などもレジのセンサーに乗せるだけで瞬時に行うことが可能。このアパレル分野だけで数億枚は出荷しています」

さらには銀行などが保管する契約書などでも活用されています。1か所で何十万点もの書類を保管しているのですが、密集読みに強い富士通のUHF型RFID技術の特性を生かせば、欲しい書類がどこにあるのかを瞬時に把握することができます。また、健康診断で採血した検体の管理などでも用いられるなど、ヘルスケア分野でも活躍の場を広げているところです。

リネン、医療、物流、金融、文教、重工業、農業など、RFIDの適応する分野は非常に幅広いのが特徴です。それこそ富士通の適応するあらゆるビジネス分野に対応するといっても過言ではありません。これからもリネンタグをはじめとするRFIDが、よりよい暮らしやビジネスを実現する力となっていくことでしょう。

落合 孝直

富士通フロンテック
フロントソリューション事業本部 RFID事業部
シニアディレクター

1984年入社。新人時代は南多摩工場でモデムの信号処理系の開発に従事。その後、POSシステムの開発を経て、2003年から現在に至るまでRFIDの開発に一貫して携わっている。リネンタグの海外営業も担当しており、海外への拡販の責務を負っている。

馬場 俊二

富士通アドバンストテクノロジ
複合実装技術統括部 デバイス実装技術部
マネージャ

1991年入社。フリップチップなどのコンシューマ系機器の実装技術開発の後、2004年より富士通テクノロジーセンターの一員としてRFIDタグの開発に携わる。現在はIoTデバイス(BlueToothビーコン、センサデバイスなど)の開発を主務とする。