伝統・制度・思想に対する代替の道とは? オルタナティブ創造社会への挑戦

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2018年5月31日、「第12回トポス会議」が六本木ヒルズ森タワーのアカデミーヒルズで開催されました。今回は、社会への満足度と幸福度を高める「オルタナティブ創造社会への挑戦」をテーマに掲げ、オルタナティブが大量に創造される社会のダイナミズムについて議論が交わされました。

トポス会議とは、産業人や研究者らを集め、世界的な課題を学際的に議論する会議体で、研究組織「ワールド・ワイズ・ウェブ・イニシアティブ」(w3i)が主催するものです。トポスとは、ギリシャ語で「場」を意味します。今回は会議を3つのトポス(セッション)に分け、

  • トポス1:オルタナティブな社会
  • トポス2:オルタナティブな生き方
  • トポス3:オルタナティブな企業

をテーマに行われました。

[モデレータ]
多摩大学大学院 教授
紺野 登 氏

会議の冒頭、トポス会議の発起人でありモデレータを務める多摩大学の紺野登氏が今回の会議の趣旨を説明しました。今回のテーマとなるオルタナティブとは「伝統や確立された制度や思考に対する選択肢、代替の道」のことです。

紺野氏は、「"A or B""右か左か"という二項対立ではなく、そこに第3の選択肢を生み出すというイメージを持ち、今まで周縁部にあったものが次のマジョリティを創造する時代になり、そこにどう踏み込めばいいのかがこの会議の大きなテーマである」と語りました。

紺野氏は一般社団法人Future Center Alliance Japan(FCAJ)による調査を紹介しました。この調査では、自分の日常には過半数がそれなりに満足しつつも、「日本の社会に満足していない」と回答した人は76%に上った(満足は1.7%)とのこと。

「このような状況では、全体主義が蔓延してもおかしくない。世界中で政治、経済、企業に対する不信感がある」と現状を指摘し、「オルタナティブな思考が広がるほど、変革や進歩が加速され、同時に多様性や寛容性が高まる」という仮説を基に議論を進めると説明しました。

トポス1「オルタナティブな社会」

最初のトポス1では「オルタナティブな社会」をテーマに、栗本拓幸氏(一般社団法人生徒会活動支援協会 常任理事)、オードリー・タン氏(台湾デジタル担当大臣)、馬場靖雄氏(大東文化大学 社会学部 教授)が登壇しました。

オルタナティブな政治プラットフォームを目指して

最初に、ウッフェ・エルベック氏(デンマーク オルタナティブ党 党首)のビデオメッセージが流され、デンマークで2013年に設立されたオルタナティブ党の活動が紹介されました。
エルベック氏は、デンマークで新しい政治活動をするに至った背景について「デンマークが直面する3つの大きな課題が地球規模のものであったからだ」と語ります。

1つ目が「気候危機」です。同氏は「気候危機は、私たちが社会をどのように理解するのか、私たち自身、そして私たちが暮らす経済システムをどのように組織するのかを全面的に見直さなければならない問題だ」と説明しました。

2つ目が「共感危機」です。「現在の世界は共感の欠如、他者を理解するという能力が低下してしまっている。特に若い人たちに顕著で、知能や技能、他社を理解したり他者の見解を受け入れたりする力が弱まっている。これはデンマークに限ったことではなく、世界的に起こっている一般的な問題だ」と述べました。

3つ目は「システム危機」です。エルベック氏によると、社会は「民間部門」「公的部門」「NGO」の3つの柱の上で成り立っていると考えており、同国を含めた欧州諸国が今直面している問題は、それぞれが個別に取り組んでも解決できないとのこと。そのため、「私たちはこれらの問題に取り組む"ハイブリッド・ソリューション"を開発する必要がある」という見解を示しました。

また、エルベック氏は、「オルタナティブ党では単なる一つの政党というよりも、新しい政治的プラットフォームになることを目標として活動していく」と説明しました。今後は、このプラットフォーム上に、新しい政治メディアや新しい教育機関、新しいシンクタンクなどを創出できるように努めるとのことです。

若者の政治参加を促進する活動を実践

一般社団法人生徒会活動支援協会 常任理事
栗本 拓幸 氏

次に、栗本拓幸氏が「若者の政治参加」に関する自身の経験と実践について披露しました。現役大学生である栗本氏は、現在、「若者の政治・社会参加の推進」「国際交流の促進」「主権者教育の発展」などをテーマに活動を行っています。内閣府の「子供・若者白書」では、34歳までが若者と定義されており、そうした年代にある若者の政治参加が特に低水準に留まっている現状への問題提起を行いました。

同氏は「今ある社会制度が今後いつまで続くか分からない。本来はメインで考えなければいけない世代の政治参加の度合いが低いのは問題ではないだろうか。私自身が活動する中で重視していることは、様々な政治的、社会的な議論や決定の場に若者がどうやって影響を与えうるか、そういった場をどうやって創出できるかだ」と語りました。

栗本氏が現在注力しているのは「政策決定過程への若者の参画の促進」「終わりのない主権者教育」の2つのテーマです。

「国会や地方議会では、高齢の議員は多いものの若手の議員は少ない。世代間のバランスを考えると必ずしも正常とは言えない状況。年齢の幅をより一層広げることで、より健全なものになると考えている」(栗本氏)

2016年5月には公職選挙法が改正され、18歳選挙権が始まりました。総務省と文部科学省は高等学校における主権者教育(いわゆる選挙教育)を始めています。栗本氏は「選挙の際にどう判断して投票するかという段階に留まっていて、自分自身が社会にどう影響を与え、どう社会に対して意見を表明、行動するかという部分についてはあまり触れられていない」と指摘します。

栗本氏は現在、若者の政治参画に関する活動として、様々な文献や諸外国の先進事例の研究を行っています。2018年2月にはスウェーデンやエストニアにおいて、現地の若者がいかに社会に影響を与えているかヒアリングや調査を行っています。

また、発信活動に関しては、国政や地方などの様々なレベルで議員に対する提言、率直な意見交換を行っています。同時に様々な媒体において若者の政治参加への現状やモデル構想を発信しています。

オープンコミュニティを通して価値観を共有する

台湾デジタル担当大臣
オードリー・タン氏

次に、オードリー・タン氏が、市民を巻き込んだイノベーションの在り方について台湾の現状を紹介しました。タン氏は、19歳の時にシリコンバレーで起業したシビックハッカーであり、スーパープログラマーとして知られています。

2016年、現政権(蔡英文大統領)の政務員に任命され、市民社会のためのオープンデータ活用ツールの作成に焦点を当てた、非営利部門「g0v(gov-zero)」の活動に積極的に貢献。「Fork the government(政治をフォーク)」を合言葉に活気あふれるコミュニティで活躍しています。

タン氏がデジタル担当大臣に就任してから、台湾では政府の内部ミーティングの発言内容全てが文書化されています。「公務員の業務としては大きな革新となった。公務員は上手くいけば政治家の手柄となり、上手くいかなければその人のせいとなるので誰もやりたがらなくなる。誰が発案したのかがWeb上で分かるような透明性をもたらしたことで、とても良いアイデアが生まれている」(タン氏)

また、タン氏は「インターネットがあるからこそ、多くの人と共鳴できる。価値観が同じ人たちが共感し、その共通項を持った人たちの意見を集約できる。こうした世界においては、ソーシャルメディアのようなこれまでとは異なる破壊的な技術によって国民の意思が分かるようになった」とそのメリットを語ります。

タン氏が掲げるゴールとは、単に1つや2つのゴールだけではなく、特にSDGs(持続可能な開発目標)の解決にあります。同氏は「国内セクター間や国同士の垣根を超えたパートナーシップで解決する。こういうした関係性を重視している」と述べました。

タン氏によると、これはまさに二項対立から二項同体へという動きでもあるといいます。「"Internet of Things"ではなく"Internet of Beings"として人間間のインターネットという存在になりたい。また、"ユーザーエクスペリエンス"を"ヒューマンエクスペリエンス"に変えていきたい。シンギュラリティが近づいてくるとき、そこには必ず多様性が存在することを思い出してください」と述べ、講演を締めくくりました。

タン氏の講演を受けて、紺野氏は「デジタル化の波はすごい。日本の場合はヒューマン、デジタルのバランスに偏りがある。タンさんの話は、オープンソースソフトウェアの考え方をそのまま政治にも適用した事例だと言えます」とコメントしました。

失敗は存在しない

大東文化大学
社会学部 教授
馬場 靖雄 氏

続いて、馬場靖雄氏がオルタナティブの重要性を主張したドイツの社会学者であるニクラス・ルーマンの理論について解説しました。

馬場氏は、今の世界や社会が非常に急激に変化しつつあるという認識は共通であると述べ、少子高齢化、テロとゲリラ戦の蔓延、地球環境問題の深刻化など個々の問題が深刻化するとともに、相乗効果によって「人類の状態そのものが限界点に達して大きく変化を迎える」という想いが多くの人にあるとの見解を示しました。また、その予感を表現するために用いられるのが、オルタナティブであると説明しました。

ルーマンは、生物学者であるルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィが提唱した「一般システム理論」をさらに発展させようとした学者として知られています。

一般システム理論の主な論点は「閉鎖系から開放系へ」という発想です。「これまではシステムの内的秩序だけを考えれば良かったが、今後は環境との交流の中でのシステムの絶えざる変容を考慮しなければ、特に社会システムを正しく捉えることはできなくなりつつある」というのが同理論の論点の1つでした。

それに対して、ルーマンは政治、経済、法、芸術などの各機能システムを自分自身の再生産(オートポイエーシス)によって閉ざされたシステムとして把握することを提唱しています。馬場氏は「システムは常に環境を考慮しなければならないものの、その環境はそれぞれのシステム自身が構成したものに過ぎず、システムの内的論理によってあらかじめ型にはめ込まれてしまい、フィルターにかけられている」と指摘します。したがって通常考慮される「環境」のさらにその「外側」に位置する出来事といかに遭遇しうるかが、我々にとっての課題となる、と。

最後に馬場氏は、筒井康隆の短編小説「最悪の接触(ワースト・コンタクト)」のエピソードを紹介。この小説には、全く理解できない行動を取る異星人ケララが登場します。ケララと一緒に暮らすことになった主人公は、ケララの言動に困惑します。

馬場氏によると、ケララを理解するためには「ケララは訳の分からないことをする奴だ」と考え、私たちの理解は常に失敗する、それが正しい理解だと認識すればとりあえずは良いように思われる。しかしこの「処置」によってケララの言動は我々の既存の常識というフィルターにかけられてしまいます。「失敗こそが成功の鍵」についても同様です。この語は、失敗を無害化し、失敗が孕む真の破壊力=創造性から我々の目を逸らせてしまうマジック・ワードに他なりません」と聴衆に疑問を投げかけ、講演を締めくくりました。

社会を構成する第3の脚「プルーラル・セクター」

次に、ヘンリー・ミンツバーグ氏(マギル大学 教授)のビデオメッセージが紹介されました。同氏は「プルーラル・セクター」と呼ばれる新しい社会の枠組みのコンセプトを提唱しています。プルーラル(plural)とは「複合的」という意味を持ちますが、ここではNPOやコミュニティなどを指しています。

ミンツバーグ氏によると、西洋では200年間にも渡って「振り子政治」という問題を抱えています。それは左右に揺れる不安定なもので、現在は真ん中で身動きが取れない「マヒ状態の政治」に見えるそうです。「私たちに必要なものは、直線状の両端にある左と右、政府と市場、パブリック・センター(公的部門)とプライベート・セクター(民間部門)という線形の区分ではない」と同氏は説きます。

また同氏は「パブリック、プライベート、プルーラルという円形の軌道が求められる。社会には3本の脚が必要で、私は第3の脚こそがプルーラル・セクターだと考えている」と説明しました。

さらに、プルーラル・セクターが変化を推進するためにはより一層目立った存在になる必要があり、3つのセクターが平和にバランスを取りながら協力し合う所まで到達する必要があるとの見解を示しました。

近年、ミンツバーグ氏は、組織の4つの基本種を調べる研究を進めていて、それらを「プログラム化した組織」「個人的組織」「専門家集団」、「アドホクラシー」と呼んでいます。アドホクラシーとは「その時々の状況に応じて柔軟に対処する姿勢や体制」を指します。

プルーラル・セクターについて話がなされるとき、大抵は「プロジェクト」「イニシアティブ」についての議論がなされます。それらは変化を推進するもので、デモ行進だろうとグリンピースのプログラムだろうと同様な役割を担い、その多くがプロジェクトです。

ミンツバーグ氏によると「プロジェクトはアドホクラシー。言い換えれば、機械的組織がやるような大量生産や大量サービスではなく、個人による生産活動です。そのため、アドホクラシーとプロジェクト組織との間には連携がある。官僚主義や機械やプログラム化された組織とは対照的なものです」と説明しました。

オルタナティブな社会を実現するためには

セッションの終盤では、登壇者によるフリートークがなされました。

「プルーラル・セクターの存在意義は、日本の社会では認知されていない。しかし、社会的にそういった存在に対するニーズはあるし、存在する必要性がある」(栗本氏)

「失敗という言葉の定義については、個人的な失敗であるという概念はシリコンバレーにはない。むしろ、チャンスだと捉えられている」(タン氏)

「"我々はいかにして失敗と遭遇しうるか"を考えねばならない。複雑化し流動化した現代社会では、どんな企てにおいても失敗は必然的に生じるし、また必要でもある。しかし同時に、失敗することを良しとしてはならない。目指された失敗は、もはや失敗ではなくなっているからである」(馬場氏)

これらのコメントを受け、紺野氏は「これがオルタナティブだと決めつけるのではなく、このトポスではオルタナティブに関して各個人がどう捉えるかについて考える機会となればいい」と語り、トポス1を締めくくりました。

トポス2「オルタナティブな生き方」

2番目のセクション(トポス2)では、「オルタナティブな生き方」をテーマに、マルグレート・オルフスドッティル氏(Hjallastefnan 創設者)、末延則子氏(株式会社ポーラ・オルビス・ホールディングス グループ研究・薬事センター担当 執行役員)、西田治子氏(一般社団法人 Women Help Women 代表理事)が登壇しました。

登壇した3人はオルタナティブを生み出した実践者として紹介され、従来の常識や慣習にとらわれずに新たなカテゴリ、ムーブメントを生み出したストーリーに関する講演を行い、オルタナティブを生み出すための実践知について考察しました。

より大きな視点を持つことこそ、オルタナティブである

最初にコンピュータ・サイエンティストであるアラン・ケイ氏のライブ・ビデオメッセージが流れました。同氏は「ダイナブック構想」(注1)という革新的なコンセプトを提唱し、「コンピュータの父」とも称されています。

ケイ氏は、「これからの社会を子供の視点で見てみよう」と提案しました。「例えば、今年生まれた子供たちは21世紀が終わる2100年には、82歳になっている。その時代に地球はどういう状況になっているのか。人類はそこまで生き残れるのか。この地球が今よりもいい状態に持っていくことができるのか。そういったことを考えなければならない」と問題を提起しました。

これまでの歴史を振り返ると、私たち人類は、お互いに協力、共創して社会や文化を創出するようにプログラムされています。ただ、身の回りに注意を向けがちで、特に今世紀に入ってからは、このような状況について特に注意を払わなければいけないとのことです。

「現在、地球の人口は13年ごとに10億人増え、その多くが都市部に住んでいます。こうした現状において、私たちの衣食住をどう考え、どう必要なエネルギーを確保していくかがますます問題になります。人間が発明した技術は、私たちを豊かにする一方で、新たな問題を生み出してきました。どうすれば、効果のある問題解決につながるかを考える必要があります」(ケイ氏)

また、ケイ氏によると、気候変動などのようにゆるやかに起きている問題も存在するとのこと。そうした課題を解決するには、より大局的な見方をしなければならないと言います。ケイ氏は、アルベルト・アインシュタインの「問題を解決するには、問題を生み出したのと同じ思考法では駄目だ」をという言葉を引用しました。

その上で「昔のカテゴリの考え方では、問題解決ができない。違ったカテゴリ、より良いカテゴリを持たなければ、作った問題は解決できない」と述べ、それこそがオルタナティブであると説明しました。

(注1) 理想的なパーソナルコンピュータコンセプト。片手サイズ、対話型インターフェース(GUI環境)、低価格などが条件に挙げられる。

男女格差をなくすための新たな教育手法

Hjallastefnan 創設者
マルグレート・オルフドッティル氏

次に、マルグレート・オルフスドッティル氏が登壇しました。同氏は、真のダイバーシティ社会をデザインする教育理論である「ヒャーリ・モデル」と、アイスランドに設立した、従来とは全く異なる教育施設に関するエピソードを紹介しました。

オルフスドッティル氏は、男女間格差やダイバーシティに対する問題意識から27年前に幼稚園・小学校向けの独自のラディカルな教育方法を生み出しました。また、方法を生み出しただけでなく、実際に学校を設立してその理論を実践。その教育は、非常にユニークな教育方針であったため、設立当初は厳しい批判もあったといいます。

同氏によると、アイスランドの7~8%の幼稚園児が、自身が運営する幼稚園に入園しているとのこと。「人々が何を要求しているかを模索し、従来とは異なる代替の選択肢を提供することで、子供たちの保護者に選んでもらえる時代になりました」と語ります。

アイスランドは、日本よりも高い出生率を持っています。オルフスドッティル氏は「子ども達こそが私たちの希望。子ども達は大人にとっての一番の教育者だと思っている。反対に、大人が子どもの教育者として優れているとは思えない」との見解を示しました。

その上で、「労働市場を女性に開放すると、経済成長が生まれる。子どもに対して、最良の幼稚園を提供することが大切。民間、公的部門だけに頼るのではなく、私達みんなが参画する必要がある。子供に対してのみならず、女性にも信頼してもらい、子供たちを預かる仕事を、生涯を通じて行っていきたい」と述べました。

ヒャーリ・モデルでは、伝統的な遊具・玩具は使わず、想像力をかき立てるオープンエンド型の教材を用いています。また、園児を男女別にしたり、時には男性的なことを女児に、女性的なことを男児にさせるなどのユニークな方法で園児たちの教育にあたっています。

オルフスドッティル氏は「お互いの経験を共有することで、本当の共感が生まれる。ポジティブに交流し、お互いが思いやりを持って接することが大事」だと説き、講演を締めくくりました。

新しいカテゴリを創出するために必要な5つのこと

株式会社ポーラ・オルビス・ホールディングス
グループ研究・薬事センター担当 執行役員
末延 則子 氏

次に末延則子氏が登壇しました。同氏は、シワを改善する日本初の薬用化粧品「リンクルショット」の開発責任者です。商品化に至るまでには15年という歳月を要し、その道のりは平たんなものではありませんでした。講演では、その開発ストーリーを紹介しながら、革新的なオルタナティブが生み出されるための方法論を説明しました。

一般的に化粧品の開発期間は約3年とされており、15年という期間は非常に長いと言えます。リンクルショットは、申請まで7年、承認を得るまで8年かかっています。末延氏は、「15年にわたる開発の中で3つの壁があった」と振り返ります。

1つ目の壁が、シワの根本原因を解明することでした。同氏の研究グループでは、今までの他社で報告している内容でなく、きちんと自分たちの目で確かめたいと考え、シワの原因となる酵素を突き止めることに成功しました。その結果を踏まえて、約5400種類の素材の中から、酵素の働きを阻害する素材「ニールワン」を発見することができました。

2つ目の壁が、製品化するための壁です。ニールワンは水には溶かすと分解されやすく、その状態では医薬部外品として消費者に提供することは非常に難しいものでした。プロジェクトを諦めかけた時、研究グループの1人が今まで考えつかなかった画期的な方法を発案し、「そこからブレークスルーが始まって申請まで順調に進むことができた」と当時を振り返ります。

3つ目の壁が、行政からの承認が得られないという壁でした。2013年に化粧品・薬用化粧品の安全性が大きく問われる状況が起こり、行政による申請業務が滞ってしまったのです。研究グループでは、通常の化粧品では行わない規模で長期間、安全性試験を何度も実施し、その結果、2016年7月に承認を得ることができました。

このプロジェクトを通して、末延氏は「新しいカテゴリを創出するために必要な5つの項目」を紹介し、講演を終えました。

  • 今見えないものを見る
  • 常に前へ進むことを考える
  • 粘り強くあきらめない
  • 仲間を増やす努力をする
  • 市場で良い競争相手を持つ

失敗のない生き方とは?

一般社団法人 Women Help Women 代表理事
西田 治子 氏

続いて西田治子氏が登壇しました。西田氏は、トポス会議発起人である野中郁次郎先生との出会いから「善き生を生きること」を強く意識することになり、現在のような実践者の道を進むようになったといいます。講演で西田氏は、「失敗のない生き方」について話をしました。

コンサルティング会社で北アジア地域のリサーチの統括を任されるなど活躍していた西田氏は、「大きな企業をより大きくすることは、社会にとって本当にいいのだろうか。私にとって善く生きるとは何かと考えるようになりました。自分にとっての"善く生きる"ということは、『今よりもより善い社会とは何か?』を探求することであり、それこそがオルタナティブだと思っています」と振り返ります。

西田氏が望む社会とは、「老若男女が皆で生きていく共生社会」です。その実現に向けて役立つことをしたいと考え、行動を開始。「Women Help Women」というプロジェクトに取り組みます。

このプロジェクトは、女性が身の回りの手仕事を通じて新しい経済的な価値を創出し、よりよい社会作りに貢献できる仕組みを構築するというものです。具体的には、東日本大震災の被災地域の女性が、代々受け継がれた大事な着物を新しく再生(アップサイクル)する仕事で起業するなど、経済的自立を目指しながら、日本の伝統的に引き継がれていた文化を世界に発信してもらうという試みです。

西田氏は、公益財団法人パブリックリソース財団との協働で「あい基金」を設立しています。あい基金は、女性が自立し、地域のコミュニティを巻き込んで、伝統のリソースを守りながら新しい価値を創造・生活していくための基金です。

また、西田氏は「身の丈の経済としてのシビック・エコノミーを確立していきたい」と述べました。シビック・エコノミーとは、小商いや手仕事を通して、地域の小さな経済やコミュニティを活性化して共生できるようにする手法です。具体的には、ブロックチェーンという新しい技術、シェアリングエコノミーという新しいモデルを用いた経済循環のしくみを確立し、分散型の地域エネルギーを活用して自分たちで自立することができればと目標を掲げました。

最後に西田氏は、エジソンの「私は失敗したことがない。ただ、上手くいかない1万通りの方法を発見したのだ」という言葉をなぞり、「課題が解決できるまで、これからもずっとうまくいかない方法を発見し続けていくと思う」と語り、自身の講演を終えました。

勇気を持って行動することが大事

セッションの最後に、登壇者各々が聴衆に対して伝えたいことをコメントしました。
「すべては共感する心、社会における愛の話。お互いにいかに手を差し伸べるかということが大事」(オルフスドッティル氏)
「新しいことをやるためには、熱望するほど想像してみる。そのゴールに至るまでのストーリーをなるべく緻密に描いてみる。そして仲間を増やすことが重要」(末延氏)
「一番大事なのは、心の中に火をつけること。実行したいと考えたことを実際に行動に移して、解決に至るまで、何回も試行錯誤して、上手くいかない方法を見つけることをためらわないこと。さらに社会をどうふうにしていきたいかと考えることが大事」(西田氏)

トポス2について紺野氏は「オルタナティブな生き方には、モデル作りが必要であり、方法論があること、共通善に基づいて行動することが大事。3人に共通しているのは、勇気を持つことではないでしょうか」と総括しました。

トポス3「オルタナティブな企業」

3番目のセッション(トポス3)では、「オルタナティブな企業」をテーマに、富士フイルム取締役副社長・CTOの戸田雄三氏、神戸大学名誉教授の加護野忠男氏、トポス発起人で一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏が登壇しました。
このセッションでは、「オルタナティブな社会を考えた時、今の企業はどうしたらいいのか」「日本的企業経営は世界のオルタナティブになり得るか」について講演が行われました。

いい平凡から非平凡が生まれる、日本経営の強みとは?

神戸大学 名誉教授
加護野 忠男 氏

最初に加護野忠男氏が登壇しました。加護野氏は、戦後の日本企業の経営や事業を半世紀以上にわたり観察・研究し、その特徴や独自性、エッセンスを国内外に発信してきました。今回はオルタナティブをテーマに今持っている問題意識を披露しました。

加護野氏は、米国に代表される「資本主義的市場経済」と中国に代表される「社会主義的市場経済」の2つを比較し、米国の現状を見て「資本主義市場経済は本当にうまくいっているかを考える必要があるかもしれない」と語りました。一方、社会主義的市場経済では中国が成功を収めているものの、必ずしも全ての国が成功しているわけではないと指摘しました。

日本や欧州諸国では、これら2つの市場経済とは異なる「中間型市場経済」のスタイルを取っています。「市場そのものの力に任せるのではなく、売り手と買い手の交渉によって取引を制御している。そのカギとなるのが節度のある個別利益の追求ということ。また、イノベーションによる共同利益の追求とシェアリングルールがあります」とその特徴を説明しました。

加護野氏はその典型例として富士フイルムを挙げ、株主への配当だけでなく企業の中にプールした資金を活用して、化粧品や医薬品分野など多角的な経営に成功したと紹介しました。

また、「お金よりも大切なことがある。仕事そのものに対する楽しさ、世の中のためになることの喜びもある。単に従業員にお金のインセンティブを挙げてもイノベーションは起こらない。経営層ではなく、企業・組織のミドルレンジの人々が発してくれるのは、日本経営の素晴らしい点だ」と語りました。

さらに、京セラのアメーバ経営のコアコンピタンスや松下幸之助の生き方を紹介し、「平凡なことを徹底的に続けていくと非凡な結果が出る。その点こそが、日本の企業の強みなのでは」と説明しました。

起業家やオルタナティブを常に考える人の時代が来る

富士フイルム株式会社
取締役副社長・CTO
戸田 雄三 氏

次に、戸田雄三氏が登壇しました。戸田氏は、主力だったカラーフィルム事業が衰退する中、ヘルスケア事業に舵を切る事業の大展開を後押ししました。セッションでは「オルタナティブとしての事業変革」というテーマでプレゼンテーションを行いました。

富士フイルムが注力する再生医療について、戸田氏は「カラーフィルムの商品は衰退したが、とてつもない技術の塊でした。商品には寿命があるが、それを支えた技術には寿命がない。細胞とカラーフィルムの構造やサイズ、性質は非常に似ていることに気付いた。カラーフィルムで得た経験値を進化させ、細胞という新しい分野でも活用できると考えました」と事業変革の経緯を説明しました。

戸田氏は「やれそう、やるべき、やりたいは絶対に譲らず、熱意を持って実現しなければ会社は変わらない」と説明し、従業員一人ひとりがオルタナティブをあきらめないで実践していくことが大切だと説きました。具体的には、「まず自分の強みを定義して、自らの才能を原理化、普遍化することを実践し、ゴールまでのストーリーにつなげること」だと言います。

また、新規事業をやり遂げるための三要素を挙げ、「私は失敗したことがないが、思惑通りにいかないことは毎日ある。それらを失敗と呼んでいたら、自分で自分のエネルギーをなくすことになります。私は一歩でも目標に近づいたら失敗と呼ばないようにしています。それは自分を勇気づけるための一つの生き方でもあります」と語りました。

戸田氏は「オルタナティブの実現は簡単なことではない」と述べ、「現状と成し遂げたい世界にはものすごいギャップがあるため、リーダーはクレージーであるべきだ」と言います。さらにリーダーを支えてくれる仲間、心の同士が必要だと説明しました。

その上で、「現在はIoTやビッグデータなどの新しい技術が登場したことで、イノベーションの生産性向上が飛躍的に達成できるようになりました。これからは起業家やオルタナティブを常に考える人の時代が来ると勇気づけられます」と語り、プレゼンテーションを終えました。

京セラと富士フイルムの共通点

一橋大学 名誉教授
野中 郁次郎 氏

続いて、野中郁次郎氏が登壇。先に登壇した2人が日本的経営のプロトタイプとした京セラと富士フイルムについて、野中氏自身が見た両社の潜在能力を語りました。

京セラには、78項目からなる「京セラフィロソフィー」という行動指針が掲げられています。野中氏は「極めて実践的であり、背後に真善美を持っている」と説明します。また、「アメーバ経営は、全員経営で付加価値を生み出すことを促し、絶えず環境と相互作用し、市場の変化に素早く対応することを可能にする素晴らしい評価基準でもある」との見解を示しました。

野中氏は、組織としての知的機動力に着目しています。そこで重要な役割を果たしているのは、京セラのコンパ経営です。事前に設定したテーマについて、従業員同士が畳敷きの大広間で呑みながら徹底的に知的バトルを繰り広げる場であり、コンパのリーダーは内容をまとめ翌日には行動を起こします。実際に参加してみた野中氏は「このアジリティのすごさは簡単には真似ができない。試行錯誤を繰り返し洗練されてきた、経営理念を共有・身体化するシステムである」と評価しました。

また、富士フイルムのビジネスについても、PDCAの前段階として「See-Think-Plan-Do」のプロセスが大事にされていると語り、「何をやりたいのか、現実を直視して共感することから始め、その中から本質を洞察し、その後のプロセスにつなげることが重要」と説明します。同社では、顧客やパートナーをも巻き込んだ徹底的な共感を確立することによって、持続的成長が可能になっていると説明。
さらに「現実が変化する中で、絶えず真善美に向かって組織的に持続的な努力を重ねていくことが知的機動力の本質。本質を直観する力、そして最後までやり抜くという根性と勇気でもある」と説きました。

西洋型マネジメントのオルタナティブである日本型経営スタイル

次に、ミンツバーグ氏による「オルタナティブを創造できる人とは?」というテーマのビデオメッセージが紹介されました。同氏によると、この世界には「紋切り型、ないしはプログラム人間」と「遊び心に満ちた人間」という2種類のタイプが存在するとのことです。遊び心に満ちた人間は、問題解決のために面白くて新しい解を求めます。

「プルーラル・セクターの場合においては、特に民間部門が有利になるようひどく偏った社会を解決しなければならない状況に直面することもあります。その時こそ、物事の可能性を切り開き、そしてより一層創造的な方法でこれらの問題解決を行う人間が必要になります」(ミンツバーグ氏)

また同氏は、企業変革に関するプロセスの多くが、シニアないしトップマネジメントによってもたらされるものだと指摘し、「これは独裁主義であり官僚主義。そして、成功する組織づくりや健全な組織づくりのためには役に立たないもの。今こそ、リーダーシップ重視の経営学を超えるべき」と主張しました。

さらに「リーダーシップよりも注目すべきは"コミュニティシップ"であり、より柔軟でアドホクラシー性のある組織の構築が重要だ」と説明。そのような組織は「大ボス型リーダーシップ」に殆ど依存していないとのことです。

日本的経営の大ファンであると公言するミンツバーグ氏は、その理由について、日本的経営モデルが西洋型マネジメントに対する「オルタナティブ」だったことを挙げました。また、西洋型マネジメントがどんどん悪化傾向にあると説明します。
「そうした企業は、遠隔操作されすぎで経営以外の他のことに気を取られていたり、官僚的で、独裁的で、トップダウンマネジメントになったりしています。その上で日本経営の多くは、組織文化、組織のコミュニティシップ、組織の協調的気質に基づいています」と説明しました。

集合本質直観能力を養う

3つのセッションが終了した後、野中氏が今回の会議を総括しました。

「オルタナティブをテーマに掲げて議論を展開してきましたが、暗黙知・形式知、感性・知性、アナログ・デジタル、安定・変化などは全く別物ではなくて、相互補完関係にあり、二つの要素が一つの事象に存在しうる」と語りました。また、「対立項が競い合いつつ、両立させて個を貫き全体の調和を追求することがオルタナティブだ」と説明しました。

さらに同氏は「物事を二項対立として捉えるのではなく、対立項とはグラデーションの差であり、明確な境界線はない。二項動態という視点で捉え、どうすれば両者のバランスが取れるかという勘所を洞察・行動する。間違ったら直せばいいということが基本的に重要になるのでは」との見解を示しました。

野中氏は「ハリネズミとキツネ」を例に上げた書籍を題材に、経済学と人文学の違いを説明しました。「ハリネズミとは、物理的法則に基づいて世界もある一定の法則の集合に基づいて回っている。それらを発見、理解することによって未来は予測できる。例えば、数理経済学を学べば、未来の市場はそれに基づいて予測できるというアプローチのことを指す」と説明しました。

一方、「キツネとは、世界は一般的な原理・原則では説明できるほど単純ではなく、常に不確実で変化しているものだから、完全に予測することもできないという考え。ありとあらゆる知識や考え方を導入して、ある一つの思考の改善や変更に終わりがないことを理解した上で、タイムリーに対応していくことです」と述べました。その上で「あらゆる角度から異なる視点で見直して自分自身を疑いながら、そうした矛盾を積極的に受け入れる。重要なのは、自信過剰を絶えずコントロールすることだ」と説きます。

野中氏は近年注目を集めている人工知能(AI)が人間の暗黙知にとって代わるのかという問いに対して、「他者に共感する力を持つのは人間。デジタルの時代にいかにアナログと共生していくかが大きな課題になっている」と語りました。

また、「一人ひとりの主観が違うほうがクリエイティビティが高まる。二項対立によって自己を正当化して普遍化するのか、あるいは相手を受け入れながらコラボレーションしながら共創するのかがキーポイントになる。共感と経営を突き詰めていくことが、あらゆる視点から日本の経営が世界をリードすることにつながるのではないか」という考えを示しました。

野中氏は、今回のトポス会議では「集合本質直観」能力をチームで高めるかについての示唆をスピーカーからいただいたとの感想を述べ、「集合本質直観を高めることで、"現場のハッとした印象、つまり跳ぶ発想"を活かせる共同体を構築できる」と語ります。

最後に野中氏は「集合本質直観能力を練磨することで、日本独自のコンセプトが生み出される可能性がある。その能力は実践の中からしか生まれないので、日々の活動をぜひ頑張ってほしい」とし、第12回トポス会議を締めました。

登壇者の方々