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金融だけじゃない!航空、エネルギー、デザイン、不動産も本気で取り組むブロックチェーン

~マイレージサービスのデジタルウォレット、一般家庭向けの余剰電力売買、コンテンツ流通や異業種連携の価値創造の試みも~

猛暑に襲われている今年の夏、少しでも過ごしやすい場所を求めて国内外にお出かけの方も多いのでは?遠出の旅行、特に海外ともなると飛行機が便利ですね。旅行好きの方なら、いつも利用する航空会社のマイレージサービスの会員になって、獲得したマイルで旅行の計画を立てられるのではないでしょうか。マイルは、航空券を購入できるので助かりますが、旅行先のレストランやおみやげ屋さんでの支払いには使えないのでマイレージサービスに物足りなさを感じたことがある方もいるかもしれません。
そんな経験を持つ旅行好きの皆さんに朗報です。というのは、店舗の支払いにマイルを使える取り組みが、ブロックチェーンによって実用化したからです。色々なお店での「マイルでお買い物」を実現したのはシンガポール航空です。同社は2018年7月24日、世界初となるブロックチェーンを活用したマイルベースのデジタルウォレット「KrisPay」を開始しました。パートナー店舗でショッピングするときは、現金の代わりにKrisPayマイルで支払えるようになりました。小口決済を低コストで実現できるブロックチェーンの特徴を生かし、最小支払単位は15 KrisPayマイル(約0.1シンガポール・ドル=8.16円)と少額です。

シンガポール航空が会員ユーザー「KrisFlyer」に提供するデジタルウォレット「KrisPay」の画面(出所:AppstoreのKrisPayの紹介画面)

KrisPayで料金を支払えるパートナー店舗は、ビューティーショップ、レストラン、小売店、ガソリンスタンドなど18店。シャングリラ・ホテル内のレストランや有名紅茶メーカーのTWG Teaなどが含まれています。今はシンガポール国内だけですが、今後パートナー店舗を追加する中で海外展開するかもしれません。
航空事業は競争が激しい業界なので、他の航空会社はKrispayの動向を注意深く見守っているはずです。そして、その有用性が明らかになれば、きっと多くの航空会社がマイレージサービスの一環としてデジタルウォレットを提供することになるでしょう。
Krispayの取り組みは、ブロックチェーンが「少額決済システムを安価に作れる」というブロックチェーンならではの特徴を活用したものです。今回は、ブロックチェーンの活用実態を見ながら、各種の産業がブロックチェーンで何を実現しようとしているのかを見ていくことにしましょう。

業務領域と運用ノウハウを実証実験で検証する金融機関

ブロックチェーンは、もともと仮想通貨の実現技術として用いられたこともあり、その活用に向けた取り組みが活発なのは金融業界です。前回紹介した全銀協の実証実験に代表されるように、さまざまな金融機関やブロックチェーン技術を得意とする新興企業が、ブロックチェーンで作ったプラットフォームの上で各種金融業務を遂行する実証実験を始めており、実用化に向けた課題の洗い出しや、どのような業務・運用なら効果を上げられるのかの見極めに取り組んでいます。
金融機関がブロックチェーンに魅力を感じるのは、ホストコンピュータを中心として構築されている現状の金融システムでは実現が難しかったり、コスト高になってしまったりする機能を、ブロックチェーンは容易に低コストで実現できることです。具体的には、「改ざんされない」「耐障害性に優れる」「匿名性の確保」「仲介者なし」「取引記録を関係者で共有」などがあります。特に、ブロックチェーンを構成する大量のコンピュータが、ブロックチェーンの全取引記録を同時に保持することによって、極めて高い耐障害性を実現するという作り方は、ごく少数の大型コンピュータセンターを相互バックアップする形で運用するのが一般的な金融システムの作り方とは全く異なる手法と言えます。例えばビットコインの場合、すべての取引履歴を参照可能な「フルノード」と呼ばれるコンピュータは1万以上あります。
もちろん、ブロックチェーンにも「リアルタイム決済が難しい」「単位時間当たりの決済件数に限界がある」「セキュリティ面でリスクがある」など、制限や課題はあります。そこで金融機関は、実証実験によってブロックチェーンの特徴を上手く生かせる業務領域を見つけ、運用ノウハウを他社に先駆けて獲得して競争力強化に役立てようとしているわけです。

簡易な小口決済の実現技術として実用化を急ぐエネルギー業界

その一方で、ブロックチェーンこそが事業拡大のブレークスルー技術であると見込んで期待を寄せている産業もあります。その代表例はエネルギー業界です。具体的には、太陽光発電パネルを設置した一般家庭を相互に結びつけ、それぞれの家庭のニーズに合わせて余った電力を一般家庭間で直接取引する運用を実現するための有力技術として注目されているのです。特に日本では、一般家庭向けの「固定価格買取制度(FIT)」(太陽光パネルで作った電気の余剰分を10年間にわたって国が高い金額で買い上げる制度)の終了を迎える2019年から、FITを利用して売電してきた約百数十万世帯が新たな電力の買い手を探すことになります。一般家庭が手軽に売電できるようにするには、手数料の安い小口決済システムが必要です。こうしたことから、エネルギー業界では「2019年問題」を解決する手段として、小口決済を仲介者なしで安価に実現できるブロックチェーンを利用できるのではないかと期待が高まっているのです。

一般家庭が太陽光発電で生産した電力を売買するプラットフォームをブロックチェーンで構築する試みは、海外では2016年頃から始まっています。日本でも2017年からブロックチェーンを用いたシステム開発が具体化してきました。
例えば、電力小売りに注力する東京ガスは2018年3月、ブロックチェーンを活用した電力および環境価値の直接取引プラットフォーム事業を推進するベンチャー企業「デジタルグリッド」に出資しました。デジタルグリッドは環境省の「ブロックチェーンを用いたCO2削減価値創出モデル事業」の実施主体として、再生可能エネルギーの環境価値を発電事業者と電力消費者で直接取引するプラットフォームを提供しており、将来的には各世帯が太陽光発電の余剰電力を直接取引するためのプラットフォーム事業に乗り出すことも検討しています。

東京ガスが出資したデジタルグリッドの役割(出所:東京ガス)

電力会社自らがブロックチェーンで余剰電力の世帯間直接取引システムを提供する可能性もあります。例えば、関西電力はオーストラリアのパワーレッジャーと共同で、2018年4月からブロックチェーン技術を活用した電力直接取引の実証研究を進めています。太陽光発電設備が設置されたプロシューマー宅(発電した電力を売電する世帯)の余剰電力を消費者宅へ送電する際に、各住宅に設置したスマートメーターを通じて収集した電力量とそれに伴う料金の取引を仮想通貨で模擬的に実施するものです。パワーレッジャーはブロックチェーンを用いた世帯間直接取引システムの構築実績を持つ企業です。
このように、エネルギー業界では"2019年問題"と言われる「FIT後の事業モデルの構築」に向けてブロックチェーンの活用が本格化しているのです。

コンテンツ流通のプラットフォーム、匿名性とスマートコントラクトを生かす

ブロックチェーンの特徴を活用して、これまでにない新しいビジネスに向けたプラットフォームを作る動きは他にもあります。例えばデジタルコンテンツの流通です。
日本では漫画やアニメ、ゲーム等、海外においても人気の高いコンテンツが多く生まれています。また、そのような素晴らしいコンテンツを保有する企業や自治体、個人が数多く存在しています。一方で、不正なサイト等では著作者の権利を無視した形でコンテンツが流通するような問題が起こっています。残念なことに、現時点で企業や個人が保有するコンテンツを様々な分野で手軽に安心して使えるようにするサービスは見当たりません。
しかし、ブロックチェーンを用いれば、この状況を変えることができるかもしれません。ブロックチェーンは匿名性を担保した上で、すべての取引記録を改ざんされることなく保存できます。また、個々の取引手数料を少額に抑えることができるため、小口決済にも利用できます。
ブロックチェーンを用いたデジタルコンテンツの流通プラットフォームの開発例としては、2018年4月に富士通ビー・エス・シーが神戸市の市民参加型イベント「078」(ゼロ・ナナ・ハチ)で実施した「企業や自治体、個人デザイナー等が持つコンテンツを利用したネイルサービスを提供する実証実験」があります。実証実験では、プラットフォーム上に利用目的ごとのコミュニティを作り、独自の規約を設けて、そこに参加したコンテンツの所有者、コンテンツを利用した商品・サービスの提供者、サービス利用者でデジタルコンテンツを流通させました。コンテンツ利用については、利用量に応じた報酬を支払う仕組みをスマートコントラクトとして実装することで、自動的に実施できるようにしました。ネイル好きな方の多くは、さまざまな身の回りの好みのデザインをネイルデザインに取り入れて楽しんでいます。ただ、なかなか好みのデザインを見つけられないことも少なくありません。このプラットフォームがあれば、さまざまなデザインを知る機会を得ることに加えて、新しい好みのデザインを手軽にネイルデザインに利用できるようになります。

富士通ビー・エス・シーが開発したブロックチェーンを活用したコンテンツ流通プラットフォームの概要(出所:富士通ビー・エス・シー)

異なる業種間で取引記録を共有、その分析結果で新たな顧客価値を作る

ブロックチェーンを用いて、さまざまな取引記録を異業種の企業体が持ち寄って共有し、その共有データを多面的に分析することで新たな顧客価値を生み出そうという全く新しい取り組みも始まっています。
取り組んでいるのは、三菱地所、富士通、ソフトバンク、東京大学。東京・丸の内エリアにて、産学連携でのデータ活用で新しい街づくりを目指す実証実験を2018年5月14日から実施しています。
具体的には、三菱地所が保有するビルの設備稼働データや商業施設関連データなどとソフトバンクグループが保有する人の流れに関するデータなどを、ブロックチェーン技術を活用した富士通独自のデータ流通・利活用基盤を用いて流通・共有します。その後、ソフトバンクのプラットフォームや各組織の知見を活用して分析し、業種を超えた新事業・サービスを創出する試みです。例えば、オフィスビルの電力使用量データと、ビル周辺の人流データを組み合わせて、効果的な販促施策を立案するなど、一見関係無く見えるデータ同士の組み合わせから新たな価値を生み出せるようなデータの利活用を目指します。

異業種の企業による取引データを分析して顧客価値を生み出す事業イメージ(出所:富士通)

見てきたように、ブロックチェーンはさまざまな産業において、これまでのシステムでは実現が難しかった機能や、これまでにない新しいビジネスを共創するためのプラットフォームを作る場面で活用されており、さまざまな分野でシステム構築が始まることは間違いないようです。
皆さんが所属する産業でも、ブロックチェーン活用法の検討は始まっているはず。その際、システムの効率化や低コスト化だけでなく、他の企業と協力して新しいビジネスを生み出すパワーである「共創力」をどれだけ引き出せるかが、企業競争力を大きく高めるポイントになりそうです。
次回はブロックチェーンが今後どのように発展していくのかについて見ていくことにしましょう。

著者情報
林哲史
日経BP総研 クリーンテック ラボ 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。「日経データプロ」「日経コミュニケーション」「日経NETWORK」の記者・副編集長として、通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長を歴任。「ITpro」、「日経SYSTEMS」、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆。2016年12月に「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月に「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。