人生100年時代を見据えた「働き方改革」成功のポイント

少子高齢化社会の到来による労働人口の低下が目前に迫っています。政府も生産性の維持向上を目指し「働き方改革」法案の整備に取り組んでいます。富士通ではAI(人工知能)やICTを積極的に推進してきました。ここでは、人生100年時代を見据えた「働き方改革」成功に向けたポイントと社内事例について、様々な観点からご紹介します。
【富士通フォーラム2018 カンファレンスレポート】

人生100年時代を見据えた「働き方改革」基本方針

本カンファレンスは、モデレーターを務める慶応大学 高橋俊介氏による進行のもと、最初に経済産業省の伊藤禎則氏、続いて富士通の林博司、松本雅義による講演を行い、引き続き高橋氏からそれぞれの専門分野に関する問いかけを行い、意見を求める形で進みました。

AIの活用が人間の働き方・学び方を左右する時代に

最初に、経済産業省の伊藤禎則氏が「『AI時代、人生100年時代』における働き方改革と人材投資」というテーマで講演を行いました。

経済産業省 産業人材政策室 参事官
伊藤 禎則 氏

日本は今、人口減少・人生100年時代の到来という「人口動態の変化」と、AIに代表される「第4次産業革命」という2つの構造変化の大波にさらされています。

その中で実際に起こるのは、本質的にはAIが人間の雇用を奪うかどうかという議論ではありません。「AI vs 人間」ではなく、「AIを活用できる人間 vs AIを活用できない人間」の対比なのです。国の役割は、教育と人材育成によってAIを活用して価値を発揮できる人間を育てる社会システムの構築にあります。

働き方改革では「長時間労働の是正」が注目されていますが、本質は、「生産性を上げたい企業の論理」と「エンゲージメント、働く喜びを追求したい労働者の論理」の両立です。このためには、「どれだけの時間働いたか」ではなく、成果とスキルに基づく人事評価と、「時間と場所に縛られない多様な働き方」の実現に加えて、「人生100年時代に求められる社会人の基礎スキルを、何歳になっても学べる」という社会システムの構築が必要です。

昭和から平成に変わった30年間で、働き方は、一本道で上がりを目指す「すごろく」型から、GPSを駆使してスキルや人脈を自ら増やしていく「ポケモンGO」型へと変化しました。企業にとって、競争力の源泉としての人材の重要性が高まり、人材投資の回収速度も加速しています。副業やテレワークなど職場の多様化も進み、AI/プロパー/アウトソースへの「仕事の振り分け」が重要となっています。

1997年にスーパーコンピュータに敗れた当時のチェス世界王者は、後年、人間がAIをフルに活用することでAIに勝てることを実証しました。経営/HRにおいても、従来からの勘・経験・度胸にAIの活用が加わることで、従業員と企業を成長させる原動力を生み出すことができるのです。

人事政策の組織風土改革へ向けて

続いて、富士通執行役員常務の林博司が「富士通の『働き方改革』の取り組み~多様な人材が活躍し続けられる魅力的な会社の実現に向けて~」と題して講演を行いました。

富士通株式会社
執行役員常務 CHRO/CHO 人事本部長
林 博司

働き方改革における人事政策の基本方針は、「長時間労働を前提としない働き方」と「多様で柔軟な働き方」による高い生産性の実現です。2017年から1年間の成果としては、テレワークを導入可能なほぼ全ての職場に取り入れたことや、残業申請システム「IDリンク・マネージャー」の導入による不要な残業の削減などが挙げられます。取り組み状況は、職種によって濃淡がありますが、特に営業部門では、部門全体で改革に取り組んでおり、その中でも強いリーダーシップのもとで職場が主体となって働き方改革が進められている組織は、紙の44%削減、印刷コストの33%低減、会議準備時間の50%短縮、顧客対応時間の30%増加などの効果がありました。

全体としては、制度面を含めた環境整備は進み、働き方の『形』は変わりつつありますが、一方で、仕事に対する価値観や行動様式が変わるなどの働き方の「質」を変えることが今後の課題です。その解決のため重点施策として、①さらなるICTの活用による「仕事の見える化」の進展、②ミドルクラスのマネジメント力の強化、③お客様も巻き込んだ取り組み、の3つを掲げています。次のステップは、人事の世界で言う「組織開発」、つまり組織風土改革です。職場を巻き込んで新しい働き方を創造し、社員が生き生きと活躍できる職場環境を実現していくためには、「長時間労働=頑張っている人」という意識を変えること等が重要です。

生産性向上と健康経営へ向けたICT活用

続いて、富士通執行役員CIOの松本雅義が、「富士通の『働き方改革』の取り組み~ICT社内実践の取り組み~」と題して講演を行いました。

富士通株式会社 執行役員 CIO
松本 雅義

富士通では、働き方改革におけるICTの活用に関し「従業員の生産性向上」と「健康経営への活用」の2つの観点から取り組みました。

「従業員の生産性向上」に関しては、主に下記の3つです。

①コミュニケーションツールの導入

全世界で16万人以上のグループ従業員の相互コミュニケーションを行うツールを導入。リアルタイム情報共有、オフィス365、Boxなどで、出張費用を20%削減するなどの成果がありました。

②テレワークの推進

テレワークの効果を検証する社内実践を行い、5カ月後のアンケートでフリーアドレス利用率87%、テレワーク実施率61%など、一定の効果が確認できました。

③AIを活用したプロジェクトの始動

2016年から「AI着(あいちゃく)プロジェクト」の名のもとに始動しました。富士通とマイクロソフトの協業により開発したAIデジタル秘書「パーソナルナビゲータ」で、メール解析や会議招集などを行います。2018年からはモバイル版の運用を始めています。

「企業の果たす責任としての健康経営への活用」については、主に下記の2つです。

①長時間労働の防止

PCやスマホを使ってどこでも打刻できる仕組みや、従業員の実労働時間を見える化して警告を出す「IDリンク・マネージャー」を導入し、それらを応用した管理職へのアラーム通知などを行いました。

②AIを活用した健康管理

富士通のAI「Zinrai(ジンライ)」を活用することで、特にメンタルヘルス面で顔の見えない従業員の健康を守り、生産性の向上につなげようとする取り組みです。従業員の健康不安の予兆を早期発見するため、ディープラーニングを駆使した健康不安に至る就業パターン分析とモニタリングを行い、クラウドを活用した産業カウンセラーとの連携システムを構築しました。2017年の社内トライアルでは、健康不安の予測や産業カウンセラーによる従業員の認知ケアに一定の効果があることを確認しました。

富士通では、今後も「ICTを活用した働き方改革」を積極的に進めていく予定です。

働き方改革の「次の一歩」を考える

後半は、モデレーターの慶應義塾大学大学院教授の高橋俊介氏が、長時間労働の是正から始まった働き方改革の「次の一歩」を考えるにあたり、原点に戻って多様な視点から見直す必要があるとして、3つの視点を紹介しました。

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 特任教授
高橋 俊介 氏

第1が「ビジネスモデル自体の視点」です。叱咤激励型リーダーシップと若者の体力・やる気に依存する従来型ビジネスモデルは、顧客に振り回されて生産性が低いにも関わらず多用されてきました。その背景にある「トップライン(売上)重視/ボトムライン(利益)軽視」という考え方の背景には、ボトムラインがトップラインに比べて見えにくいことがあります。

そこで第2の「可視化と仕組化の視点」が重要になります。過度なトップライン偏重を防ぐには、多様なKPIの見える化によりボトムラインに至る複雑なバリューチェーンの中間指標を意識することが重要になります。伝承型(上下型)OJTへの過度な依存は業務の標準化を妨げ、IT投資効率化の妨げとなります。業務を標準化することで社員一人ひとりの仕事が可視化、仕組化され、セルフマネジメント能力を高めやすくなります。

ここで重要なのが第3の「マネージャー教育という視点」です。日本でスーパーマーケットの店長が休めないのは、マネージャーの仕事が明確に定義されていないため下位職代行に逃げているからです。仕事が可視化されていればマネージャーの育成支援が容易になり、マネージャー自身も自己への投資を含めて時間を有効に使えるようになります。

デジタルスキル不足がICT投資の障害に

続いて、モデレーターの高橋氏は、経済産業省の伊藤氏に「国が働き方改革を進めていく上で民間企業に期待したいこと」を尋ねました。伊藤氏は「富士通は人事/HRとICTテクノロジーの責任者が密にコミュニケーションを取れているが、特に中小・中堅企業では、人事労務などの現場とICT部門の関係が希薄なために担当者のデジタルスキル不足でICT投資が進まないところが多い。国としてもデジタルスキルの基礎訓練への支援を強化している。HR部門でICTやAIがより身近になるように、ベンダーとクライアントのコミュニケーションをより緊密にしてほしい」と期待を述べました。

その上で伊藤氏は「テレワークなどのパーソナライゼーションが進んでいる企業では、次のフェーズは『人事評価改革』になる。ここは経営の根幹に関わるので国が直接関与することはないが、一人ひとりのニーズに合わせて働き方の選択肢を広げて行く時、成果をどう評価して従業員のモチベーション、コンペンセーションを維持していくかを十分考慮してほしい」としました。

次に高橋氏は、富士通の松本に「中小・中堅企業がICT投資で生産性向上を進めていく上で何が障害になっているか」を尋ねました。松本は「お客様に対し、IT投資を行うとどれくらい会社の損益に貢献できるのかというKPIをきちんと定めることが難しい。もう少し分かりやすい形のKPIを提示できれば、顧客は自社のケースに当てはめて、これだけ投資すればこれだけ回収できるという絵を描きやすいと思うが、現実にはなかなか納得行く形で示すことができていない」と、問題点を指摘しました。

また、伊藤氏は松本の考えを理解できるとした上で、働き方改革の最大の落とし穴として「改革がもたらす企業の利害と従業員の利害がトレードオフにならないように両立させていくことの難しさ」を挙げました。「ICTベンダーとクライアントの関係では『KPIの見える化』が鍵となるが、企業内部での人事部門と他部門の一般社員の関係も同様で、社員側に多少でも「自分の得になる」ということを腹落ちできる評価がなければICT投資の効率は上がらない」と述べました。

急がれる人事評価改革

次に高橋氏は「これからの企業に必要な人事評価」について富士通の林に尋ねました。林は、「昔の人事の考え方は従業員『管理』であって、社員をあまり信用せずに仕組みを作って管理してきたが、働き方改革では、社員を信用して自律的に働いてもらうという方向に舵を切った」と説明。「しかし同時に、『自律的に働くということには自己責任が伴う』ことも認識してもらわないといけない。そのためには人事制度の見直しが必要」との見解を示しました。

これに対して高橋氏は「テレワークになっても残業代が減っただけだと社員に受け取られるのでは意味がない。例えば残業代が減った分は生産性が上がって利益が増えるわけだから、それがボーナスに反映されるような、企業と社員がWin-Winの関係になる必要がある」と述べました。また、松本の言う「KPIの見える化」については、貸主と借主の相互評価が蓄積されて誰でも見られるAirbnbのようなシェアードエコノミーを引き合いに、「年に1度の評価ではなく、日々の細かい仕事の中で評価を積み重ねることで、『仕事の見える化』をすることが大切」としました。

年齢を重ねた人のセカンドキャリアの枠組みが必要に

高橋氏は続けて「人事の立場から政府に期待したいこと」を林に尋ねました。林は「開発者や研究者からは思う存分やりたい時に働き、アウトプットで評価してほしいという声が多い。一方で企業には安全配慮義務があり、健康管理のために従業員がどれだけ働いているかを把握する必要もある。国際競争力を損なわないためにも、裁量労働やホワイトカラーエグゼンプションを実現できる仕組みを早く作ってほしい」とし、「人生100年時代には1企業が社員の面倒を生涯見ることはできない。個人のキャリアを長い目で見た時、これまで以上に企業やグループを越えた人材の流動性を高めると同時に、年齢を重ねた人のセカンドキャリアの枠組みを国と民間企業が一緒に進める仕組みが必要になる」と述べました。

これに対し高橋氏は、内閣府が進める高度プロフェッショナル人材の地方還流制度を利用して、多くの50代がメーカーや商社から意欲の高い経営者がいる地方の中堅・中小企業へ転職している事例を紹介しました。伊藤氏も「人生100年時代には、何らかの形で80歳前後まで働く人も多く出てくるだろう」とし、「30数年とされる日本企業の寿命よりも個人の職業寿命が上回る時代に向けて、経済産業省でも社会人が様々なスキルを身につけて転職や副業を行いやすくすることを考えている。大企業にも、社会的責任として、従業員が働きながら成長できる機会を用意してもらい、それを国として支援していきたい」と意向を語りました。

次に高橋氏は松本に「政策として国に期待したいこと」を質問。松本は、最近キャリアプランを教える大学が増えていることに触れ、「10年後、20年後の自分を考えさせることが重要ということには賛同するが、その本質を学生がきちんと理解しているかが疑問」と語り、「大学では受け身の姿勢でも通用したことから、社会人になって自分の描いてきたキャリアプラン通りにならないのは会社がそうしてくれないから、という感覚を持つ傾向がある。自分が学んだものを取り込んで自分の価値観を変えていくことが大切だと事あるごとに若い人たちに話しているが、大学でも伝え方を工夫してほしい」と述べました。

人生100年時代を見据え、さらなる学びの機会を

最後に高橋氏は「人生100年時代には70歳、80歳の人が普通に会社で働いている状況がどこでも起こり得る。その時にどう考えるべきか、何を変えるべきか」を全員に投げかけました。

松本は、「これまで年齢を重ねて蓄積してきた経験や知識の殆どが、今はちょっと検索すれば出てくる時代。重要なのは、情報を集めることではなく、そうして集めた情報に対してどれだけの付加価値を与えられるか」であるとし、そういうスキルを普段から養っておくことが大事であると強調しました。また、林は「自分の専門性を長年高めてきた人は、さらに高めるために他のことを学ぼうという姿勢が足りないが、それでは会社を辞めた時に通用しない。もう一度学び直したり、専門性をより価値あるものに変えていく機会を与えていくことが必要」と述べました。

伊藤氏は、人生100年時代に向けた学び改革が政府の重点課題に位置づけられていることについて触れた上で、「それを補完する社会保障、教育、労働、産業政策などのトータルパッケージの立案を急ぐ必要がある」と述べました。また、2018年は働き方改革の軸足が、これまでの「個人」からもう一度「企業」に移り、「人事部改革の年」になるとし、「働き方がこれだけ多様化した中で、企業経営の基盤を担う人事/HRはどうあるべきかという議論が本格化する。すべての企業が、人事はこうあるべきという情報発信をしていかないと人材を確保できず、経営も成り立たなくなる」と述べました。

これらの意見を総括し、高橋氏は「働き方改革を促した要因は、人生100年時代の到来というよりむしろ、特定の環境でしか通用しない日本型ビジネスモデルの限界にあった。多様化するビジネスモデルに合わせて組織モデルやキャリア形成モデルも変化を迫られている。ビジネスモデルの変革が働き方改革の根底にあることを企業経営者はよく認識してほしい」と語り、カンファレンスを締めくくりました。

登壇者

経済産業省
産業人材政策室 参事官
伊藤 禎則 氏

慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科 特任教授
高橋 俊介 氏

富士通株式会社
執行役員常務
CHRO/CHO 人事本部長
林 博司

富士通株式会社 執行役員 CIO
松本 雅義