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次世代モバイル通信"5G"とは?【第3回】 自動運転の安全性向上の鍵は5G

5Gの商用サービス開始はいつから?

2018年2月26日から3月2日まで、スペイン・バルセロナでモバイル業界最大の展示会「MWC(Mobile World Congress)2018」が開催されました。ここ数年MWCでは5Gの特徴やメリットをアピールするための最新技術の展示や先端的な適用例の発表が目立っていましたが、今回は少し様相が変わっていました。大きな変化は二つあります。
一つは5Gの扱いです。今回は5G商用サービスが始まることを前提に、IoT活用に力点を置いた通常業務への適用例を示す展示が増えていました。もう一つの変化は、「招待客向けの展示/ミーティング」への注力が強まったことです。これは5G関連の商談が本格化している現れと言えます。

この変化を産み出した最大の理由は、2017年12月に5Gの標準仕様が固まったことです。以前のこのコラムで紹介したように、5Gは標準化を待つ状態ではなく、決まった標準に沿ったネットワークをいち早く構築することを競う段階に突入しました。5Gは「ポテンシャルを語り合う次世代ネットワーク」から「LTEとの使い分けを考えながら、料金体系と設備導入を詰めなければならない明日の新サービス」になったわけです。

5Gの商用サービス開始時期についても新しい動きが出ています。商用サービスの前倒し計画がさまざまな形で流れ始めたことです。これまで5Gの商用サービス時期は「2020年を目処に」というお決まりの枕詞がついてまわりましたが、昨年の米AT&Tに続いて、今年になってスイスのスイスコムが2018年内の5G商用サービスの開始を発表しました。これを受けて、MWC会場のキャリア展示説明員の多くは2018年~2019年のサービス前倒し計画を口にしていました。
2018~2019年の商用化を考えると、その前に実際の機器を用いた相互接続実験を済ませる必要があることから、導入機器の候補はすでに絞られていることでしょう。MWC会場の商談スペースでの熱い議論によって、商用サービスの前倒しがさらに進むかもしれません。

いたるところに5Gの文字が踊る「MWC2018」の会場風景

ネットワークリソースの活用方法にも新技術を導入

前回、5Gならではの通信能力の特徴として「超高速」「高密度大容量」「低遅延高信頼」を紹介しました。それぞれの通信能力は、いくつかの特定の適用事例を想定して目標値が設定されています。今回は、これらの多彩な通信能力を効率よく実現するための新技術である「ネットワークスライシング」と「マルチアクセスエッジコンピューティング」を紹介しましょう。

5Gは様々な用途に適した通信能力を提供できるように設計されていますが、それらの通信能力をすべての端末がいつでも使えることを前提に設計すると、大量のネットワークリソースを用意しなければなりません。当然、ネットワーク構築費用は莫大なものとなり、通信料金も高くなってしまいます。そこで5Gのネットワーク構築に当たっては、それぞれの端末やアプリケーションのニーズに応じた通信能力を個別に提供できる仕組みを取り入れました。必要なときに、必要な分のリソースを適切に割り振ることで、コストを抑えながら効率よく多彩な通信能力を提供できるようにしているわけです。

この「用途に合わせて適切な通信能力を提供する機能」が「ネットワークスライシング」です。ネットワークスライシングの作り方はいくつかありますが、端末ごとおよびアプリケーションごとに設定する方法が検討されています。

遅延時間が長いと自動運転の遠隔制御は危険が増大

では、実際の利用場面ではネットワークスライシングはどのように使われることになるのでしょうか。これを、自動運転車のケースで見てみましょう。
自動運転車が求める5Gならではのアプリケーションは大きく二つあります。第一は、集中管理センターから自動運転車の運転制御をオンラインで実行する「遠隔運転」です。この用途では、通信の遅延が許されません。時速60kmで走行しているクルマは0.1秒間に約1.7メートル走ります。仮に通信による遅延時間が0.1秒だとしたら、遠隔でブレーキをかけても、クルマが止まり始めるまでに1.7メートル移動することになってしまうわけです。急ブレーキをかけても間に合わない事態が起こりかねません。ここに5Gの低遅延高信頼モードを持ち込むと、無線区間の遅延時間が0.5ミリ秒以下なので、時速60kmのクルマの通信遅延による移動距離は1cm以下となり、遅延を考慮しないで運転制御できるようになります。
自動運転車が必要とするもう一つの通信アプリケーションは、走行エリアの映像情報や3次元高精細デジタル地図の送受信です。こちらの用途では莫大なデータ量をやりとりすることになるので、高密度大容量通信が求められます。

このように自動運転車は遠隔制御と映像/地図の送受信という異なる通信アプリケーションを実行しますが、それぞれのアプリケーションが求める通信能力は別のものとなります。遠隔制御は少量の通信量ですが遅延の短さと高い信頼性が求められます。一方の映像/地図通信は、大量データの送受信能力が求められますが、遅延に対する要求はそれほど厳しくありません。

このように異なる通信能力を1台のクルマが同時に求めるような場面において、ネットワークスライシングは効果を発揮します。データ送信の優先度を高めたり、ネットワーク帯域の割り当てを調整したりすることで、ネットワークリソースを無駄なく活用して、異なる通信能力を効率よく実現するのです。

自動運転車は5Gならではの通信能力を必要とする代表的な5Gアプリケーションである。写真は米ウエイモの完全自動運転実験車「Firefly」(出所:米ウエイモ)

エリア内の通信を効率化するマルチアクセスエッジコンピューティング

もう一つの5G技術「マルチアクセスエッジコンピューティング」(MEC:Multi-access Edge Computing)は、一定エリア内の通信処理の効率化を図る技術です。具体的には、エリア内に通信サーバーを持ち込んで、エリア内通信はトラフィックをエリアの外に出すことなく、エリア内だけで処理します。通常のモバイルネットワークは、端末-無線網-中継網-インターネット-サーバーという形で構成されます。先ほど、5Gの低遅延高信頼モードでの通信遅延は0.5ミリ秒以下と紹介しましたが、それは無線網内での遅延時間のことです。ですから、遠隔運転をインターネット上のサーバーから実行するケースでは、インターネットと中継網での通信遅延が加わるので、全体では0.5ミリ秒以下を実現できません。MECは無線網内にサーバーを置けるので、中継網とインターネットを経由することで発生する通信遅延をカットできるのです。

MECのメリットは通信遅延の最小化だけではありません。例えば、エリア内だけで大容量データを送るときには、その大容量データを中継網やインターネットに送る必要がなくなるので、ネットワーク全体のトラフィック軽減にも効果があります。また、ネットワークスライシングを実行する際も、エリア内だけのネットワークリソースを制御すればいいので、きめ細かな通信制御が可能となり、効果を高めることができます。

MECは5Gの実現技術として注目されていますが、5Gでなければ利用できない技術ではありません。実際に、ドコモのLTE基地局に富士通と富士通研究所が開発したMECシステムを接続した状態で、サービス提供を見据えた実証実験も始めています。実験では、LTE基地局に加えてWi-FiアクセスポイントをMECシステムに接続して高画質動画を配信。富士通研究所が開発した制御技術を用いることで、無線の混雑状況を把握し、より安定した通信を実現しました。その結果、LTEとWi-Fiの接続先を最短0.01秒の遅延で適切に切り替えながら動画配信できました。MECの実証実験はLTEとWi-Fiという現行世代の通信技術で実現しましたが、5G時代には5Gの高速・低遅延・大容量技術を組み込むことになります。そうなれば通信遅延0.5ミリ秒をはじめとする5Gならではの高性能通信インフラを手軽に実現できるようになります。

NTTドコモと富士通が共同で取り組んだMECの実験構成図

MECを活用するための技術開発も進められています。この技術は、様々な現場に蓄積されているデータをクラウドにあげることなく、かつデータの利用者が蓄積場所を意識せずにデータにアクセスできるようにするものです。クラウドではデータの生成時間や生成場所といったデータの属性とデータの蓄積場所のみを管理します。
本技術を活用することで、例えば、雪道を走行したクルマがドライブレコーダー等で撮影した映像を、これからその場所を走行予定の後続のクルマが取得して道路状況を確認することができます。撮影された映像の属性(撮影時間や撮影場所など)と蓄積場所となる映像へのアクセス情報(撮影したクルマの識別子など)をクラウドで管理することで、後続のクルマは蓄積場所である先行車を把握し、先行車で撮影した映像をMEC経由で直接受取ることができます。
このように本技術は、クラウドに全ての映像を集めず、必要な映像のみをMECを介してクルマ間でやりとりするため、トラフィックの削減効果が期待できます。

冬道の安全運転支援のコンセプトのデモビデオ。中央の小さな画面の映像は、他のクルマから取得した走行予定経路の映像。路面に雪が残っているため、スリップする危険性があることがわかる

特定エリアの通信能力を高めるということに着目すれば、空港や工場、アミューズメント施設やイベント会場といった企業施設の通信インフラ構築の場面にもMECは活用できます。MECは5Gを実現するための技術ですが、それと同等の高性能通信インフラを企業内ネットワークに持ち込むためのシステムとしても利用できるわけです。

ネットワークスライシングとMECは、あらゆる場面でネットワークを手軽で便利に使えるために、ネットワークリソースを効果的かつ効率的に使えるようにするための技術です。今後IoT機器は社会のさまざまな場面に組み込まれることになりますが、そのときはキャリアの設備だけでなく、一般企業の設備にもこれらの5G技術が搭載されていることでしょう。

著者情報
林哲史
日経BP総研 主席研究員

1985年東北大学工学部卒業、同年日経BPに入社。通信/情報処理関連の先端技術、標準化/製品化動向を取材・執筆。2002年「日経バイト」編集長、2005年「日経NETWORK」編集長、2007年「日経コミュニケーション」編集長。その後、「ITpro」、「Tech-On!」、「日経エレクトロニクス」、「日経ものづくり」、「日経Automotive」等の発行人を経て、2014年1月に海外事業本部長。2015年9月より現職。2016年8月より日本経済新聞電子版にて連載コラム「自動運転が作る未来」を執筆中。2016年12月「世界自動運転開発プロジェクト総覧」、2017年12月「世界自動運転/コネクテッドカー開発総覧」、2018年6月「Q&A形式でスッキリわかる 完全理解 自動運転」を発行。2011年よりCEATECアワード審査委員。